事件

林真須美の生い立ち~子供時代の性格や夫殺しの目論見と現在まで

林真須美アイキャッチ 事件

林真須美は、1998年7月25日夕方に起こった
和歌山県毒物カレー事件の犯人として逮捕
された人物です。

和歌山県で夏祭りにおいてカレーに毒物が
混入され4人が死亡、67名が負傷を負った
事件の犯人で、2009年5月18日には最高裁判所で
死刑が確定してます。

主婦が犯人でその場に居た人間が犯人だったことは
世の中を驚愕させた。

その狂気的な林真須美の子供時代の性格や生い立ち
夫殺しの目論見、林真須美の現在までを見てみよう。

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林真須美の生い立ち~子供時代

林真須美の出生

1961(昭和36)年7月22日生まれ。

和歌山県有田市で生まれたという説が強い。

他には、富山県で生まれたとされたり
韓国や北朝鮮で生まれたという説もある。

和歌山県の小さな漁村で育ち経済的には
裕福な家庭だったようだ。

林真須美の両親

父親は地味な性格?

母親は社交的でまめな性格。
保険の外交員であったようだ。

経済的に裕福だったことから父親の職業も
いいものだった事が推測される。

歩合制でもある保険の外交員だった母親も
社交的な性格で顧客が多かったことが想像され
収入も多かったのではないだろうか。

真須美は小さい頃にピアノを買ってもらい
練習に励んでいたという。当時、小さな漁村で
ピアノを買ってもらうという事は大変な事で
あまりない事であった。

このことからもかなり裕福な家庭で
あったと言えよう。

林真須美の兄弟

林真須美は三人兄弟で、兄2人と
真須美である。

末っ子でひとり娘であった。

一説では、料理人の神田川敏郎
兄弟なのではないか?

とされているが神田川は1939年生まれで
年齢差からみても信憑性はなんとも言えない・・・

両親との関係

両親にはあまり構って貰えなかったようで
ピアノを買って貰ったり十分な小遣いを
貰っていて物には不自由なく育ったが
心が満たされていたとは言い難い家族関係
だったのかもしれません。

心理学用語でアタッチメント(愛着形成)
という言葉がある。

簡単にいうとその対象に愛されていると感じ
心理的安定が持たれるというもの。

そのアタッチメントは幼少の頃の
経験によって形成される。

アタッチメントが形成されないと人を信じたり
精神的な安定を持てず人格形成に支障を来すと
言われている。

果たして林真須美は両親との間にアタッチメントは
形成されていたのでしょうか・・・

物を与えるだけで心理的に愛情を感じられずに
いたのではないかと思ってしまいます。

林真須美の子供の頃の性格

特段目立った所はないようだ。

明るい子供だったようだ。

ピアノの練習に励んだり、進んでお手伝いを
する俗にいう「いい子」だったようだ。

これは憶測だが、いい子を演じていたのでは
ないか?後の彼女の歩んだ道や犯した犯罪との
因果関係もないとは言えないと感じる。

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林真須美の少女時代

学生時代の評判で通学していた学校の教師や
近所の大人からの評判は上々だった。

同級生からも優秀であったと言われている。

一見優秀である林真須美には別の顔が
あったとも言われている。

小学校の時にピアノを披露した際に失敗を
したのだが、それをクラスメイトに笑われ癇癪を
起したそうだ。

それもピアノの鍵盤を思い切り叩くというもので
尋常ではない悔しさの表出方法で周りを驚愕させると
言うエピソードがあったとされます。

負けず嫌いの域を超えて異常なヒステリックさが
あったと思われる。

易怒性、衝動性という性格を持ち合わせて
いた事がこの過去のエピソードからも分かり
ますね。

また逮捕時のややポッチャリな体系とは違い思春期は
痩せていたそうです。

どちらかというと内向的で恥ずかしがり屋という
一面も持ち合わせていたそうです。

やはりこの頃も怒ると手が付けられなくなるほどで
近所の住民と激しい喧嘩をすることもあったと言われて
います。

周囲にいたら決して関わりたくないタイプですね。

成績優秀であった林真須美は、高校卒業後、大学付属の
看護学校に入学する。

当時寮生活を送っており、そこは規律の厳しい
場所であり、窮屈さを感じていたという。

早く自由になりたい。

自由を臨みつつ学生生活を送っていたようだ。

林真須美~夫 健治との結婚

林健治と真須美は真須美が19歳、健治が
35歳の時に出会ったそうです。

当時健治は結婚しており、ふたりの関係は
不倫関係から始まっています。

高級外車で迎えに来てくれ、20万円もする
ネックレスをプレゼントするなど、真須美にとって
健治は白馬に乗った王子様と移ったようです。

自由を夢見て、お金に執着があった真須美にとって
健治は魅力的で、当時会社経営をしていた事も健治に
惹かれたことのひとつであったと言われています。

健治はシロアリ駆除をする会社を経営してました。

健治はその後離婚をし、真須美と1983年結婚。

その後3人の子供に恵まれます。

新築一軒家を購入するなど幸せな結婚生活を送って
いました。

林真須美~夫殺しの目論見

大きな誤算として林真須美にとっては、自由とは~
幸せとは=大金を手にすることだったことです。

会社経営をする裕福で、自由に生きる
尊敬する人であった健治。

だが健治の経営する会社は倒産し、裕福な
生活は一転転落した。

健治は無収入な上、ギャンブルに狂った。

真須美にとって健治との結婚は誤算であり
失敗であるという気持ちに代わっていった。

保険金による収入で生活していたという噂もあり
健治は用なし。目障りな存在となっていき、周囲
に健治が早く死んでくれないか。

と漏らし出していたそうです・・・

シロアリ駆除で使うヒ素が自宅にあったことから
ヒ素で健治を殺め保険金を受け取ろうという殺意
が沸き起こったとも言われています。

林真須美の現在

林真須美は、現在大阪拘置所に収監されています。

2009年に最高裁判決により死刑が確定。

しかしその後も無罪を主張し、再審請求を。

2017年3月29日に再審請求は棄却された。

自宅にあったヒ素と事件現場にあったヒ素が
違うものであるという事から再審請求をしたが
棄却された。

ヒ素の再鑑定が行われる事はなかった。

拘置所の林真須美は、歯が抜け落ちており
減塩のお粥を食べているという。

車椅子生活になった夫、健治が面会に来ない事を
不満に思っているという。

一方、面会に行った長男には

「死ぬまで闘う」
と話したともいわれている。

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おわりに

一見、恵まれた家庭に育ち、一見何の問題もないように過ごした幼少時代。物は与えられても愛情は与えられてこなかった林真須美は、歪んだ人格形成がなされたのではないのだろうか。お金万能主義。裕福な育ちからくるお金への異様な執着を感じる。林真須美も母親と同じく保険外交員の経験があるという。保険金のしくみには詳しいだろう。
利発さゆえ、自宅にあったヒ素を巧妙に使い殺人し、巨額の保険金で莫大なお金を得て固執するお金=幸せという歪んだ構図を手に入れようとしたのだろうか。今や真相は闇の中ですね・・・


コメント

  1. […] 林真須美の生い立ち~子供時代の性格や夫殺しの目論見と現在まで […]

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