櫻井よしこ生い立ち父は愛人と生活?兄妹の死別と夫の離婚の理由は

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若い頃からニュースキャスターとして活躍し
現在も言論テレビなどで政治評論家の橋本徹
氏と対等に口論できる櫻井よしこさん。

その華やかにみえる生い立ちには壮絶な過去が
あり、母子家庭や兄弟との死別など実に想定外の
過去がありました。

櫻井よしこさんの父は愛人生活の噂や、兄弟の
死別と夫の離婚や若い頃から彼女を支え続ける
大好きな母親の存在までを追ってみようと思います。

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櫻井よしこプロフィール

氏名:櫻井よしこ(さくらいよしこ)
生年月日:1945年10月26日(75歳)20年10月時点
出身地:ベトナムハノイ
学歴:慶應義塾大学文学部中退
ハワイ大学マノア校歴史学部卒業
職業:ジャーナリスト・ニュースキャスター

櫻井よしこの生い立ち~ベトナムに誕生して

フジテレビ『日曜報道THE PRIME』
『BSフジLIVEプライムニュース』などに
不定期でコメンテーターとして出演する
櫻井よしこさん。

最近では高齢の母親との介護生活の様子が
話題となり家族との関係や生い立ちにも
興味が沸く女性です。

記者、ニュースキャスターなどを務め政治家にも
辛辣な意見を述べる才色兼備の魅力あふれる彼女の
言動は素敵で、日本を代表するジャーナリスト
といえます。

櫻井よしこさんが生まれたのは第二次世界大戦
終結の激動の年で、ベトナム民主共和国ハノイ
ある野戦病院(日本軍がベトナムで使っていた病院)
でした。

当時の父親は再婚でしたが櫻井さんの母親
以志さんと結婚し、櫻井さんの三歳上の昭弘
さんという兄がおり4人家族でした。

父親の清さんは横浜生まれの貿易商であったと
いわれていますが、このベトナムの敗戦にて
全財産を失ったといいます。

その為、家族は着の身着のままでベトナムを
跡にして逃げるように祖国日本に帰国します。

ただ、この後、紹介する事になるのですが
この戦地を共に逃げるように帰国した家族
がありながら日本に帰国した後、父親は家を
出ていってしまったそうです。

櫻井よしこの生い立ち~父は愛人と生活の母子家庭

こうした背景からも、よしこさんの母親の前にも
婚姻歴があり、そして誕生間もない乳飲み子の
よしこさんを抱えた家族がありながら家族を置いて
家を出て行った父親は、どこか奔放で身勝手な
男性だったのかもしれません。

よしこさんの誕生後、日本に引き揚げてきた
櫻井さん一家は大分県で生活をしていました。

そんな中、当時、東京で仕事をしていた父親は
愛人ができ家をあけるようになり、ほとんど帰宅
しない状態で、彼女が中学高校時代は母子家庭
同然の暮らしを送りました。

その愛人との女性の間に子供ができた父親とは
別居生活が続き、そうした家庭環境からお兄さんは
当時グレてしまったそうです。

時代背景もあり、経済的にも苦しく櫻井さんら
子供たちの将来を心配した母親は自らの故郷
新潟に引っ越す事を決意し、またも移住となります。

この母親以志さんこそ、新潟の山間部の村産まれ
でありながら、もっと広い世界が見たい、との一心で
自らが織った着物を売る事で上京した女性です。

櫻井よしこさん自身の発言によると母親の以志さん
は2018年に107歳だったとの事なので、恐らく明治
産まれの女性です。

2020年ご存命なら109歳になるのでしょうか。

明治生まれの女性で、生まれ故郷の村から一人
出る事でさえ物凄い事なのに彼女は、着物を売り
ながら美容師になったというのです。

ベトナムで飢饉や革命が立て続けに起こり死を
覚悟する生活が目前にあった時から、母親は子共らに
「何があっても大丈夫。」といつも言葉にする
愛情あふれる母親だったそうです。
(エッセイ本『何があっても大丈夫』2005年)

そして父親が家を出た時でさえもです。

櫻井よしこ父の無慈悲さ

後に櫻井さんの父親はハワイでレストラン業などを
経営し新しい事業を始めるなどしており、成功して
いたそうです。

彼女はそれを手伝うため慶応義塾大学を中退
ハワイの大学へ進学しました。

恐らく、家族を置いて身勝手にも愛人との生活
を始めた父親の事も、以志さんは子共らの前で
文句を言う事はなかったのでしょう。

子供らの前で父親の恨みつらみを言えば娘が
ハワイの父親を追ってハワイに行ってそのまま
ハワイの大学を卒業してくるのです。

櫻井よしこさんでさえ現在75歳と昭和20年生まれの
終戦後の生まれなので正直若くはありません。

この時代の女性としては、とても驚異的な
環境にあったと言えると思います。

ただ浮き沈みの激しい人物だったのでしょうか
ハワイでの事業撤退で日本に帰国する父親との
意見の衝突があり、それがきっかけで父親は
無慈悲にも娘を異国の地ハワイで放り出すのです。

信じられない事に父親は我が子である娘をハワイ
に、ほとんど身一つで置き去りにした状態で
連絡も支援も切ったと言います。

タイプライターと辞書のみ置いて、まだ学生で
お金も無い彼女を突き放し、その後一切の援助も
しなかったそうです。

それでも怯まなかったのは、やはり母子家庭で
育ててくれた母の以志さんの影響が大きかった
のでしょう。

一度決めた事は貫きとおす、迷わない、と
現代のように情報社会ではない時代に彼女は
奨学金と翻訳のアルバイトをしながらハワイの
大学を見事卒業しています。

櫻井よしこさん18~19歳の時ですから昭和
38年、39年頃の時代です。

信じられませんよね。

ただ、これほどの逆境にあっても彼女が
ハワイから泣いて帰国する事も無かった事
こそ母親の教えが大きかったと言います。

そして、そうした過去が結果彼女のバックボーン
となりその後の人生に大きく繋がっていくのですが…

櫻井さんは語学はじめ世界に視野を広げる学びの
機会を得て日本へ帰国し、ニュースのメインキャスター
やジャーナリストとして人生を歩み始めます。

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櫻井よしこの母の介護生活

2005年母親の以志さんは95歳でくも膜下出血
倒れ、櫻井さんが自宅で介護をしていることが
話題になりました。

その1ヵ月前には、櫻井さんと2人親子旅行に出かけ
倒れる翌日は櫻井さんのマンションに泊まりに来る
約束もしていた矢先の出来事でした。

当時は3歳年上の兄の昭弘さんの家で同居して
いましたが、母親の面倒は娘の自分が見るのが
1番
と考えていた事から、自ら母以志さんとの
同居を願い出ます。

要介護5という重度に加え慣れない介護に悩み、
仕事もセーブしたり大変だったそうですが自身で
早くから母親の世話をする約束をしており自宅も
既にバリアフリーとしていました。

終戦前の、日本で新潟の村に生まれながら広い
世界を夢みて上京し美容師となり、夫不在の中
終戦後の混沌とした時代に子供2人を自らの手で
育てあげた母親。

何かある度に娘である、よしこさんや、その兄に
「何があっても大丈夫、自信を持ってすすみなさい」

こう言い聞かせ背中を押し続けたと言います。

「寂しい想いに沈みこみそうになったら、未来への夢を膨らませなさい。
人間何があっても本当に前向きにさえなっていれば何があっても大丈夫なのだから」

こう言い続けたそうです。

きっと自分自身に、何度もいい聞かせてきたように…

子供達にも何度も何度もそう言い聞かせて
背中を押してくれる母親だったそうです。

この母親以志さんの存在無しにしては
きっと櫻井よしこさんの今はなかった
のでしょう。

だからこそ、母親には精一杯の事をしてあげたい
生きている限り可能な全てを捧げたい、と思えた
のではないでしょうか。

彼女自身が、母親の為に介護技術も学ぶなど
以志さんを懸命に支えているのには胸を打ちます。

2018年には107歳の母親の介護を自宅で、している
と言われていましたが、忙しい仕事の傍ら育てて
くれた感謝をありったけ込めて日々接する姿が
目に浮かびます。

「母のことは大好き。一緒にいるとますます好きになる。母の性格も価値観も大好き」

どんな時でも強く「何があっても大丈夫」と
いい聞かせ背中を押してくれ自分達を守りぬいて
くれた母親の事をそう言っています。

櫻井よしこの兄弟の死別と異母兄弟に絶句

それにしても母以志さんとは対極的な存在の
父親の身勝手なこと…

櫻井さんの父親には前妻との間に2人の異母兄弟
(女子)があり、後につくった愛人との間にも
子供がいた
といい複雑な兄弟関係が存在しています。

また、櫻井さん誕生の前年の1944年に姉京子さんが
生まれましたがわずか10ヵ月余りで亡くなったそうです。

そして日本に帰国後の1948年に弟勇治さんが
誕生しますが、やはり2歳ごろ腸ねん転で亡くなる
と言う悲劇に遭っています。

知的なお嬢様的な雰囲気の櫻井さんですが、兄弟を
早くに亡くしたり異母兄弟がいるなどその生い立ちは
必ずしも順風ではなかったことが想像できます。

自立し、一人で何でもやってきた強い女性の
イメージの櫻井さんですが、このような波乱に
満ちた家族環境もあるのかもしれません。

母親が「寂しい時は未来へ希望を感じ、夢を持ちなさい」

「前向きに生きてさえいれば、何があっても大丈夫」

とポジティブだったことも彼女を支えてきました。

櫻井さんは母親の介護に明け暮れながらも、介護の
プロや周囲に助けてもらいながら自分が疲弊せずに
済むことに感謝し、今になって

「人に頼ることを学んだ」と言われています。

そして人に助けられ自らは母の生を全うしようと
いう深い情愛を注ぎ、穏やかな日常を楽しんで
いるように見えます。

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櫻井よしこの夫との離婚の理由

キャリアウーマンとして華々しく活躍する
櫻井よしこさんは実は過去にオーストラリア人の
一般男性との結婚歴があります。

彼とは3年間、結婚生活があったといいますが、
その後離婚したようです。

櫻井さんは34歳の時から夜の人気報道番組
『NNNきょうの出来事』のメインキャスターを
1996年まで16年間務めましたが、その忙しい間に
わずかの結婚生活があったとは驚きですね。

離婚の理由は明らかになっておらず、結婚に
関する確かな情報もほとんどありません。

キャスター時代の多忙によるすれ違いなのか、
国際結婚にありがちな文化や価値観の違いか
というところでしょうか。

櫻井よしこさんは現在まで再婚はされておらず
子供もないようです。

彼女のように世界情勢を独自の視点でとらえ、
自分の意見をはっきりと出せる人のお相手を
見つけるのはなかなか難しそうですが、素敵で
可愛らしい面も人気となっており恋の縁がある
可能性も期待したいですね。

おわりに

才色兼備の稀有のジャーナリストとして知られる櫻井よしこさんの生い立ちは、父親が愛人生活でほぼ母親との母子家庭生活だったことがわかります。姉と弟と早くに死別しており、異母兄弟もいるという複雑な家庭環境でしたが、母親のポジティブな言葉に励まされ華麗な経歴を築き上げていきました。
櫻井さんはオーストラリア人男性との結婚歴があり、3年間の結婚生活を経て離婚したようです。現在は高齢の母親の介護を長く自宅で行うという、親思いの新たな女性らしい一面が際立っていますが、政治や国際情勢にもまだまだ独自の発言を出し続けてほしいですね。


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