星野仙一の生い立ち~尊敬する母、姉、嫁の家族を愛した闘将の生涯

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星野仙一アイキャッチ

選手としても監督としても闘将と呼ばれ
最後まで野球界の重鎮として活躍しこの
18年1月に惜しまれつつすい臓ガンで
この世を去った星野仙一さん。

最後は愛する娘2人に看取られ短い生涯を
閉じられた。

そんな星野仙一のルーツとなる家族の秘話と
尊敬して止まず生涯を通して彼を支えた母親や
姉の存在。

そして最愛の嫁との結婚まで生い立ちを通じて
おってみようとおもいます。

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星野仙一の生い立ち~父親を知らずに

星野仙一さんのイメージと言ったらもう現役選手
時代から激しい気性で知られる人物で、それゆえに
監督となっても時に選手に鉄拳を与えつつ、選手の
嫁には必ずプレゼントを贈るなど気遣いと優しさの
ある監督としても有名な監督でした。

そんな彼は岡山県児島群福田町で誕生します。

星野家待望の長男として上の姉2人の末っ子
として1947年1月22日にこの世に生を
受けるのです。

ただ彼が誕生した時既に父親であった仙蔵さんは
この世にはいなかったのです。

星野さんが母のお腹の中で7ヶ月目で父の仙蔵さんは
48歳の若さで脳に出来た腫瘍が原因となり亡くなった
そうです。

という事で彼は生まれた時から父親の顔を知らずに
この世に生を受けているのです。

生前父親である仙蔵さんは航空技術者として三菱工場名古屋
航空機製作所に勤務する技術者だったそうです。

それにしてもこの1947年という戦後の混沌とした
時代にまだ見ぬ子を残してこの世から去ってしまった
父仙蔵さんと残された家族はこの後壮絶な貧困の中
逞しくも母子家庭の女の細腕でしっかりと後に『闘将』
と言われる息子星野仙一を育て上げるのです。

星野仙一生い立ち~尊敬する母

星野さんの良い相談者でもあった姉の美和子さん
曰く仙一さんが3歳頃まで幼い乳飲み子を抱えて
まともに働けなかった母敏子さんは家にあるもの
ありとあらゆる物を売って食いつないだそうです。

旦那が居ても食べるに事かく時代です。

3人の子供に生まれたばかりの乳飲み子を
抱えての暮らしは現代では考えられない程
の苦労だったと思います。

仙一さんが小学校に入学した頃に、敏子さんは
三菱の厚生施設水島クラブの管理人として勤務。

星野家は家族総出でこの私設で暮らすことになります。

ただ父親が居ないからと母親の敏子さんは手抜きする
事なくいつも子供の将来を思い当時の大金だった1000円
を出し星野仙一さんにグローブを買い与え野球へと導き
ます。

工場で寮母として働きながらも星野さん含む上の姉
の3人の子供も大学まで進学させているのです。

そんな母親をどれほど尊敬していたか・・・

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星野仙一の相談役として支えた姉

そして彼を支えたもう二人の姉の存在もかなり
大きいと思います。

長女の美和子さんと次女の須恵子さんと末っ子で
大事な大事な当時からちょっとやんちゃで人情派
だった弟星野仙一を家族3人の女達が文字通り
支えて育てていったのです。

以前星野仙一さんの学生時代の同級生のエピソードが
放送していて既に超有名な監督だった星野さんとあり
見て感動したエピソードがあります。

同級生で身体が不自由だった○○君がいました。

どんどん病状が悪化して最後は歩いて学校に
通う事さえ困難な状態となります。

でもその時星野さんは中学か高校生?(どちらかです)汗

何とその○○君の為に『俺が背負ってけば学校に行ける』
言い張り卒業まで毎日○○君を学校まで背負って通った
というのです・・・

もう感動して泣けて泣けて・・・

凄くやんちゃで負けず嫌いな青年だけど、こんな
強烈に優しい一面がある。

そんな青年だったそうです。

凄すぎますよね。

全然当時から普通じゃなかった!

星野仙一闘将と呼ばれた男が愛した嫁

そんな男星野仙一さんが愛した女性は慶応大学の
マドンナ的存在だった嫁の芙紗子さんです。
嫁
在りし日の二人。若い!そして二人とも素敵!

当時芙紗子さんが慶応大学のマドンナだった時
星野仙一さんはプロ1年目。

出会いは星野仙一さんが明治大学1年生の時
慶応大学2年生だった芙紗子さんは知人の紹介で
神宮球場にお饅頭を差し入れに行きます。

そこで出会い恐らくは星野仙一さんの一目惚れ
だったのでしょう。

何と言っても慶応大学のマドンナと言われた奥様
血気盛んな若かりし頃の星野仙一です。

速攻交際が始まり明治大学1年生から卒業して
プロ1年目にプロポーズ。

『もう決めた。お前に決めたから!』そう
プロポーズしてプロ1年目にしてシーズンオフの
1969年に結婚されました。

結婚後は2人の娘も授かり順風満帆な野球人生の
中またしても星野仙一に悲劇が、奥様は1997年
わずか51歳で肺出血で亡くなられています。

最初は悪性リンパ腫が見つかり1990年には
医師にもって2年と言われた芙紗子さん。

51歳という若すぎる死をどう受け止めたのでしょう。

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おわりに

星野仙一さんの生涯を通して支えた母に姉に愛する嫁。この3人の女性の存在あってこその星野仙一の現役時代から監督時代の活躍があったことは言うまでもありません。そして自身も70歳という若さで愛する嫁の残した娘に最期を看取られ最後は静かにこの世を去られました。親しい関係者にもかなり悪い体調だったにも関わらず誰にも言われず娘家族に看取られて最後息を引き取った星野仙一さんのご冥福をお祈りしたいと思います。

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