野村克也の生い立ち~母子家庭の貧困生活兄との40年に及ぶ確執

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野村克也アイキャッチ

名監督であり野球評論家としても活躍する
野村克也さん。

昨年末最愛の妻、野村沙知代さんを亡くし
余程相性が良かったのか意気消沈の野村克也さん。

そんな彼のルーツとも言える生い立ちと
母子家庭で貧困生活だったと言われる幼少期を
支え野球人生の切っ掛けを助けてくれた兄との
確執の原因などを調べてみました。

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野村克也の生い立ち~父の死後母子家庭として

野村克也さんは、南海ホークス、ロッテオリオンズ
西武ライオンズで27感に渡り活躍した元プロ野球選手であり
その後は社会人野球の監督、また東北楽天ゴールデン
イーグルスの監督を経て野球評論家として活躍しています。

野村克也さは、1935年に京都府に生まれます。

父親は食料品店を営んでいました。

しかし日華事変で戦病死されたため、店を売ることに
なってしまいます。

その後は母が働き始めますが、母親も身体が弱く
小学生の頃に母親が2度ガンを患い、一家はどん底の
生活になったそうです。

住んでいた家も、家自体が傾いているため窓を閉めても
どこかに隙間が出来、冬はそこに新聞紙を挟んで寝て
いた程家庭は貧しかったそうです。

とは言えこの時代(昭和初期)の戦前戦後生まれの人では
圧倒的に貧しい家庭が大半だったと思いますが・・・

やはりそこは母子家庭だった事と極度に身体の弱い母親と
いう事で幼少期の野村克也さんの貧困は壮絶なレベル
だったのかもしれませんね。

野村克也の貧困生活兄が支えて

そんなどうしようもない貧困生活を支えたのが
2人兄弟の兄と二人三脚で母を支えるべく幼少期から
様々な事をして母親と自らの生活も支えます。

小学3年生の頃から生活を支えるため、3つ上の兄と
一緒に新聞配達や農家の手伝いを始めたそうです。

学校が終わっても早く帰って畑仕事などを
していたといいます。

小学4年生で終戦を迎えて、貧しい生活では
あるものの、夢を大きく持つようになります。

「絶対金持ちになって母に楽をさせたい」

と、心に決めたと語っています。

金持ちになる方法として、俳優や歌手を夢見た事もあり
コーラス部でトレーニングしたりもしてみたものの、
素質が無いと感じ断念。

中学の野球部時代でも働かねばならず、トレーニングも
ままなりませんでした。

母親からは中学卒業後は働いてほしいと
熱望されますが、そこでバックアップに
回ってくれたのが兄でした。

「男なら高校出ていないと後に苦労する」
母を説得し、自分の大学進学を断念して
野村克也さんを高校へと行かせてくれたそうです。

兄の支えがあって入った高校ですが、最弱高校で
あったため京都予選はほぼコールド負け、3年間で
1度しか勝てなかったそうです。

プロ入りは絶望的だと思っていたところ
配達するための新聞を見た時に、ある記事を
見つけます。

それが「南海の選手募集」記事でした。

野球部の先生に相談したら、背中を押して
くれただけでなく、お金が無い野村克也さんに
電車賃を出してくれて、無事テストを受けられたそうです。

 
テストは300人以上集まったそうですが
打撃を買われて無事に狭き門を突破したそうです。

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野村克也の兄との40年の確執の理由は妻?

そんな野球人生の切っ掛けを助けてくれた兄と
40年確執があったというのです。

 
どうやら再婚相手であった沙知代夫人
関係しているようです。

 
野村沙知代さんと野村克也さんのW不倫疑惑の上で
結婚したという話がありました。

1978年頃の世論というか風習では、子持ちの妻とか
不倫だとかいうものに対して世間体を気にする方が
今より多かったのは想像にたやすいでしょう。

当時野村克也さんも妻子ある身。

兄は「妻と子供を捨てるなど言語道断」
語っていたといいます。

それに当時から既に沙知代さんの噂には良い噂も
在るわけがありませんし・・・汗

昔気質の性格で兄であるとはいえ律儀に弟の教育を
受けさせるべきだ~と自分が犠牲になって支えた性格の
持ち主である事を考えると当然許容できない事だったのでしょう。

そして野村克也さんも兄に対して、誤解だという
説明をしたくて電話しても取り合ってもらえず
絶縁状態になってしまったといいます。

昨年末沙知代さんが亡くなってようやく長すぎる兄弟
の再会が叶い40年ぶりの母のお墓参りで兄に再会したのです。

当時の真実を告げることができたといいます。

当時の野村克也さんは沙知代さんと恋愛関係に
あった時に「最初の妻と子供を捨てた」
言われていましたが、実際は妻の方から「出ていけ」
と言われ、そのまま家を出たそうです。

1人目の妻の名誉のために、存命中には
語らなかったという事だそうです。

 
兄は不倫報道に激怒していたものの、その後に
テレビで見る二人の様子や、沙知代さんが
支えての野村克也さんの活躍ぶりを目にするたびに
「自分が間違っていたのか」

と思うようになったそうです。

その後沙知代さんが亡くなる前に会いたかったと
話していたそうです。

野村克也さんも

「天国で喜んでいると思う。誤解が溶けて良かった、あの世に逝く前に本当の話が出来て良かった」
と涙を浮かべて語っていたいいます。
 
沙知代さんが原因で生まれた確執だったのかも
しれませんが、再会のきっかけになったのも
沙知代さんだったという事ですね。

それにしても40年は長すぎます・・・

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おわりに

 沙知代さんが亡くなってから、やもめ生活が続いて元気をなくしているという話もありますが、お兄さんとの確執もとけて少しは元気が出たなら良いのですが。まだまだお元気な姿で野村節を見せて欲しいですね。

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