逸ノ城の生い立ち~現在も遊牧民の家族や体重への拘りがかわいい?

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逸ノ城アイキャッチ

夏場所の名古屋でも体重増加が腰痛の原因となり
不調で休場となってしまった逸ノ城。

日本相撲協会一の巨漢と言われる逸ノ城の不調と
好調の分かれ目は体重増加がかなり左右しているようだ。

そんな逸ノ城は知っての通りモンゴル人だが彼の場合
多くのモンゴル人の中でも現存する遊牧民が少数派
している中での遊牧民として幼少期を過ごし現在も家族は
遊牧生活を送っている事で知られている。

そう考えると生活全般の全てが自給自足が当たり前の
遊牧民として育った逸ノ城の生い立ちは私達の生活とは
明らかに違う次元でその幼少期を送ってきたとの事。

改めて逸ノ城の生い立ちとその生活から出たのだろうと
思う名言など現在も遊牧民族として生きる家族を持つ
逸ノ城の今を追ってみよう~

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逸ノ城の生い立ち~現存する遊牧民族として

今や日本相撲協会でもモンゴル力士無くては語れない
状態の多勢となったモンゴル力士の中でも初の遊牧民族
として祖国の草原で羊やヤギなどを飼いながら季節ごとに
移動して暮らしていた逸ノ城。

彼の生い立ちは多くのモンゴル力士やモンゴル勢を象徴する
横綱白鵬や鶴竜などのようにウランバードルの首都で育った
町のお坊ちゃまとは、生活そのものが大きく違うのです。

逸ノ城は学校がある時期だけ自宅のゲルから20㎞離れた
学校のある村で共同生活を送りそれ以外は首都ウランバードル
から400㎞離れた草原で馬を駆けて家畜である羊を襲う狼から
守為に夜中に寝ずに狼の番をしていた事もあったという。

遊牧民生活の為、教育環境が万全とは言えない状態で
育った為モンゴル語でも標準語はあまり話せなかった
日本への手招きとして逸ノ城をスカウトした鳥取高校の
石浦監督が話しており、現代人の中でもいかに逸ノ城が
どちらかというと特殊な環境で育ったのかが垣間見える
事実でもある。

モンゴル人の英雄として語られる人物チンギスハーン
の時代からそうだったように古くは遊牧民族が主だった時代
から誕生から3歳にもなれば母親の手ほどきで乗馬を教わり
4歳や5歳にもなると弓と矢を与えられそれを扱えるが如くを
目指すのがモンゴルの遊牧民だった。

だが多くの首都ウランバードル出身力士含めモンゴル人は
馬など乗った事も無いという人も珍しくない中逸ノ城は
少年時代を『馬の乗って走る事が楽しかった』と話している。

他のモンゴル人力士と同じく幼少期からブフ(モンゴル相撲)
に馴染みがあり14歳の時アルハンガイン大会で優勝した経験が
ある。

逸ノ城の家族が素朴で素敵過ぎ!

以前番組の特集で日本へと招待された逸ノ城の
家族が日本へ来日した時の記憶が結構衝撃的で
鮮明に覚えている。

家族

まだ40歳とかなり若い時に長男の逸ノ城を
出産している母親は逸ノ城の歳の母親にしては若い
お母さんだった。

だが白鵬や例えば他のモンゴル力士の妻や母親の
ように豪奢で金持ち風のイメージは皆無。

白鵬の母親などより当然娘でもおかしくないほどの
逸ノ城の母親は化粧は全くしてない状態でファッションも
上下黒のジャージと言ういでたち。

全くおしゃれや美容とは無縁の生活を送っており
それが、息子が待つ日本へと来日するのだから
少し格好付けて良い所を見せようとかそうゆう目論見は
全く皆無なのが見て取れる程素朴は母親と父親に家族
一同だったことに衝撃を覚えた。

弟
2015年の放送だったから当時の逸ノ城は21歳で
彼が長男だったから末っ子の弟ムンクドルジ14歳(当時)
やとても若い家族との最後の別れを忍姿もっとても
素朴で素直な大自然の中異国の国日本で活躍する息子に
会いにきたのだな~と言う逸ノ城の家族に感激をして
しまいました。

「もっといい成績を残して又家族を日本に呼びたい」
言う逸ノ城に対して

とっても素朴なでも綺麗で若いお母さんが
『日本は素敵な所、また呼んで欲しい』
にっこり笑って別れを惜しんだ母親。

でもいつか新聞記者が
「逸ノ城は稼いでウランバードルに家を買ってくれますよ」

と話すと母親は
「私たちは、そういう生活はしたくありません。遊牧民でいいのです。私たちの望みは、息子が人から愛される人になることです」

こう語ったと言います。

有り余る情報社会と欲しいと思えばお金さえ
あれば何もかも(大半)のモノがお金で買える
現代人にとっての幸せと、大草原で遊牧民族と
して生きる人との価値観の違いなのかもしれませんね。

とにかく今では滅多にみる事の出来ない程素朴で
素敵な家族だったのが記憶に鮮明に残っています。

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逸ノ城の体重への拘りがかわいい?

最重量として知られる逸ノ城のベスト体重は
200㎏以下と言われています。

やっぱりそのベスト体重をオーバーすると一気に
動きが鈍くなり取り組みも不調モードとなる逸ノ城の
テーマはとにかく体重コントロールが最重要なんだとか。

来日当時は日本食に苦労したらしい逸ノ城ですが
今ではすっかり日本職になじみ逆に母国モンゴルに
帰国して向こうの食事を数日取るとお腹を壊す程
既に日本食に馴染んでいる逸ノ城。

そんな逸ノ城曰く体重に関しての名言がこちらです。

「198キロにする。200キロは嫌。やっぱり動物が200キロ
300キロあるじゃないですか。牛とか馬とか。人間は200キロの中だと思います」

なんか如何にもこの発言自体が遊牧民族って感じで
凄い可愛いですよね。

ちなみに最低でも200㎏までで、ベストとしている
理想の体重が175㎏との事らしいです・・・汗

18年の名古屋場所では220㎏だった体重が更に10㎏オーバー
230㎏となった事が腰痛の原因となり、途中休場へと
なった一番の原因だったみたいです・・・

だって200㎏どころか230㎏って本当馬とか牛レベルに
なりつつありますよね・・・

日本食が美味しいのかな?

幾ら相撲取りとは言え230㎏はかなり健康被害も心配な
レベルですよね~

若いんだからちょっとやる気だして来場所は減量して
頑張って欲しいですね。

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おわりに

逸ノ城の遊牧民生活もじっくり調べてみると本当に素朴で可愛らしい人なんだな~って言うのが凄く分かります。彼を見出した鳥取高校の校長兼相撲部監督の石浦監督曰く本当に大人しく優しい性格なんだそうです。モンゴル人と言うとどうも朝青龍や白龍などの喧嘩番長みたいな気の強い力士のイメージがチンギスハーンと重なりますが元祖遊牧民の逸ノ城が優しい大人しい青年だなんて・・・益々応援したくなってしまいます。是非やる気だしてもっと出世してまたお母さんら家族を呼んであげて欲しいですね。

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