セリーナウィリアムズ生い立ち~両親と姉妹の驚愕の多さと姉の不運

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セリーナウィリアムズアイキャッチ

現代の「テニス界の女王」として不動の人気で
インスタでのフォロワーの人数の多さが話題の
セレーナ・ウィリアムス。

強靭な体と力強いボールさばきで、これまでに
WTAツアーでシングルス72勝、ダブルス23勝
自己最高世界ランキングはシングルス・ダブルス共に
1位の記録を持っています。

生涯年収も8000万ドルと頭一つ飛び抜けており
WTA歴代最年長のナンバーワンプレイヤーとして
今も衰えないセリーナ。

最近では大坂なおみとの色んな意味で白熱した戦いが
話題を呼んでいますが、そんな彼女の生い立ちを
調べてみました。

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セリーナウィリアムズの生い立ち~両親と5人家族として

1981年9月26日、アメリカミシガン州で
生まれたセリーナウィリアムズ。

父、リチャード・ウィリアムズと母、オラセン
プライスの間に5人姉妹の末娘として生まれました。

5人姉妹と言っても異父姉妹で、上の3人と
下の2人で父親が違います。

姉妹
この夫婦の間に生まれたのは、4番目の姉ビーナス
ウィリアムズとセリーナ・ウィリアムズ
という
ことになります。

あることをきっかけにふたりはテニス選手に
なるのですが、後に“ウィリアムズ姉妹”と呼ばれ
テニスの天才として広く名が知れ渡る程に
有名になっていきます。

セリーナウィリアムズの生い立ち~父からの手ほどき

セリーナがテニスを始めたきっかけは、姉の
ビーナスウィリアムズが生まれる2年前、父の
リチャードがテレビで、テニスの試合の勝者が
4万ドルの小切手を受け取るところを見かけたことから。

リチャードは、新妻のオラセンと、テニスの
チャンピオンを生み出そうと決意したそうです。

そして、ヴィーナスが1980年6月17日に生まれ
セリーナが1年後の1981年9月26日に生まれます。

本格的なトレーニングが始まったのは
ヴィーナスが4歳、セリーナが3歳の頃。

リチャードとオラセンは、有名な選手のビデオを
観たりテニス雑誌を読むなど、コーチにも話すなど
して独学でのテニスの教え方と技術を身につけたそうです。

一家はロサンゼルスのワッツから
コンプトンへ移り住みます。

そこは、経済的に低迷していて治安は悪く
銃撃を目にすることもあるような土地でした。 

テニスコートは穴だらけでまわりはギャング
ばかりでしたが、父にあのギャングのように
落ちぶれたくないなら練習しろ、と言われ
姉妹は一生懸命練習するように。

リチャードは警備会社で、オラセンは看護婦として
働きながら娘たちを有能なテニス選手にすべく
熱心に教えます。

トレーニングの一環として、野球のバットを
握らされたり、腕が痛くなるまで交通整理の
仕事をやらせるなどしていたそうです。

リチャードがコートの片方に立ち、ショッピング
カードに積み上げた550個ものボールを次々と
投げ打たせる。

それが終わるとボールを拾ってはじめから
もう一度、といったトレーニングもあったそうです。

学校が休みの時は朝8時から午後3時までひたすら
練習ということもあったそう。

姉妹はこれを苦に感じることはなかったそうで
いつも練習を楽しみにしていました。

セリーナがはじめて試合に出たのは、4歳半の時でした。

その頃からジュニアトーナメントへ参加し始め
5年の間に49試合中46試合勝利するという大きな
成果を残しています。

しかし人種差別を受けることもあり、父は娘たちを
大会に参加させる事を取りやめ、自宅でプロの
テニスコーチ、リック・マッシー氏を雇い
トレーニングさせました。

姉妹の技術と技量に感心したコーチは、フロリダ州に
ある自分のテニスアカデミーで学ぶように勧め
家族ごとフロリダ州に移住しました。

この時点で姉妹は既に数千時間の練習を
積んでいたといいます。

セリーナウィリアムズの姉妹の多さが驚愕!

セリーナとヴィーナスは、テニス選手として大きな
結果を残しているので突出していますが、実際は
他にも姉妹がいます。

母オラセンの前夫との間に3人の娘がいて、当時は
連れ子として一緒に暮らしていたみたいです。

父のリチャードも過去に一度結婚しており、3男3女と
生まれていますので、こちらは異母兄弟となります。

共に暮らしているのがオラセンの連れ子3人と
セリーナとヴィーナスなので5人姉妹と言われますが
父の子供も含めると9人姉弟ということになります。

リチャードの一度目の結婚が1965年、オラセンと
結婚したのは1980年なので、セリーナとヴィーナス
以外は結構歳が離れてそうですね。

両親はセリーナとヴィーナスに熱心にテニスを
教えていくうち、互いの考えがすれ違うように
なり後に離婚してしまいます。

そして、父のリチャードは67歳の高齢にして37歳
年下のレイクイシャ・グラハムと出会って結婚。

2012年にまたもセリーナ姉妹に新たな兄妹ディラン
スター・ウィリアムズが生まれました。

凄いアグレッシブです・・・汗

と言う事で、厳密には10人姉弟ということになります。

これだけバラバラだと家族内で揉めそうですが
姉のヴィーナスは新しく生まれた弟を溺愛
しているそうです。

父の新しい妻、レイクイシャとウィリアムズ姉妹も
歳がそう変わらないので驚きです。

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セリーナウィリアムズ姉の不運も乗り越えて

3人の姉のうち、リンドリープライスは現在
ウェブデザイナーで、イーシャプライスは
弁護士として活動しているそうです。

そして、もうひとりの姉イェツンデプライスですが
2003年9月ロサンゼルス郊外で銃で撃たれて死亡しています。

看護師の資格を持っており、姉妹のマネジメントにも
かかわっていたそうです。

事務所によると、男友達と車に乗っていた際に
トラブルに巻き込まれたようで、周辺の住民は
6~20発もの銃声を聞いたそうです。

犯人は25歳の青年で、2006年から禁錮
15年の刑に服しています。

プライスには当時3人の子供がいて
セリーナは当時のことを

「私が考えるのは彼女の子どもたちのことだけで、つらい経験だった」

「善行を積んでも姉が帰ってくるわけではない。姉がもう私をハグしてくれる機会がないのは不公平だ」

と語っています。

この事件が原因となって当時絶好調だったセリーナ姉妹は
2003年後半には姉妹揃って体調を崩し、試合を欠場しています。

この事件が原因なのは間違いないでしょう。

セリーナはその後、2004年のウィンブルドン選手権でも
17歳のマリア・シャラポワに負けてしまいますが、2005年に
全豪オープン決勝でリンゼイ・ダベンポートを破って
2年ぶりに2度目の優勝を果たしました。

2007年には全豪オープンで過去に破れたマリア・シャラポワに
勝ち、3度目の優勝を達成し再び世界ランキング1位に輝き
テニス界の女王として確固たる地位を確立します。

プライベートでも、2017年には命がけで子供を出産し
持病の肺塞栓症の悪化で咳が止まらなくなり手術を
受けるものの、わずか5ヶ月で復帰。

全仏オープンで準優勝と大きな結果を残しています。

その力強いスイングは衰えることを知らず
国内外から変わらず最も期待され続けている選手です。

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おわりに

37歳にしてなおもベテラン選手セリーナウィリアムズですが、悲しい過去を乗り越えて史上最高のテニス選手とも言われる程になりました。彼女のプレイはパワーテニスを主力として女子テニス界に持ち込んだ選手でもありとってもパワフルで他のどの選手とも比較できません。サーブは目にも留まらぬ速さで、幼い頃の練習が生きているのがわかります。今回9月の4大会で大坂なおみに奇しくも負けた事で世代交代とも言われる彼女ですが、個人的にはまだまだこれからも女王としても世界的アイコンとしてもテニス界を支えていってほしいです。


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