新庄剛志・姉の病名と意外な生い立ち~破天荒な両親と貧困子供時代

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元メジャーリーガーとしても活躍した新庄剛志が現在、球界への現役復帰を目指して話題となっています。

かつては日本球界の異端児として活躍しメジャーリーグでも成績を残した新庄氏、が48歳の今何故現役復帰を目指すのか?

生い立ちから姉の病名まで想定外の貧困子供時代のルーツを追ってみようと思います。

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新庄剛志プロフィール

氏名:新庄剛志(しんじょうつよし)
生年月日:1972年1月28日(48歳)20年5月時点
出身地:長崎県対馬市、福岡県福岡市南区育ち
身長:181㎝
体重:76kg
投球・打席:右投げ右打ち
ポジション:外野手(主に中堅手)・内野手
学歴:福岡市立長丘中学校・日本短期大学付属高等学校卒
経歴:阪神タイガース、ニューヨーク・メッツ、サンフランシスコ・ジャイアンツ、北海道日本ハムファイターズ

新庄剛志の姉の病名

新庄剛志さんには二つ年上に姉が一人の二人兄弟でした。

その姉の名前は真由美さんといい、現在50歳ですが、2020年4月16日放送の『直撃シンソウ坂上SP』
で難病闘病中であることが明かされ話題になりました。

「姉ちゃんいます。難病なんです。」

新庄さんの、いつもの明るい調子での告白でしたが、真由美さんの症状は、体を動かすと筋肉が委縮し、ほとんど動けず、体が黒くなっていくなどのかなり深刻なもののようです。

ただ新庄氏が激白した症状からすると筋委縮性側索硬化症ALSと言う難病ではないでしょうか…

指定難病に認定されている難病なので新庄さんが、激白された内容なら、その可能性は高いかもしれません。

新庄さんの父親が食道がんで亡くなっており、遺伝性の、がんという噂もありますが、はっきりした病名は
伝わっていません。

真由美さんは、子供の頃からスポーツ万能で頭脳明晰、偏差値76もある高校で成績トップと非の打ち所がない人でしたから、難病発病で家族みな大変なショックを受けたことでしょう。

新庄さんは、2歳離れた姉が

「95歳みたいな体になってる。」

「(野球を)姉ちゃんに見せたい。」

など語っています。

2006年プロ野球を引退し、現在48歳の新庄さんが2019年突然の現役復帰を宣言し、日々トレーニングに励んでいるというのも姉真由美さんへの励ましだったのかもしれませんね。

真由美さんの病状が今後少しでも回復していくことを願いたいですね。

新庄剛志の生い立ち~破天荒な両親の元

生い立ち
破天荒なイメージが強い新庄さんですが、新庄さんは福岡県で造園業を営む家の長男として、母親の実家で生まれています。

新庄さんの父親は2011年に食道がんで他界していますが、新庄さんに父親自身の夢でもあった野球を教え、彼の俊足強肩をこの頃養ったといいます。

両親のエピソードも新庄さんの告白本『わいたこら』(2018)で語られており、破天荒な父親や気性の激しい母親の姿がほほえましく描かれています。

父親は立ち飲み屋が好きでしたが、喧嘩っ早い性格でお客さんとも、よくもめごとがあり、暴走族が走っているところにまで乗りこんでボコボコにされたとか。

そんな中でも父親は何があっても仕事は休まず、新庄さんの高校時代の野球の練習までよく見に来るなどしており、彼はそんな父親の後ろ姿を見て最後までやり抜くことの大切さを学んだと言っています。

母親も気が強くて、明け方父親が飲んで帰ってきて「おい、起きろ。」と言ったのに立腹し、台所から包丁を持ち出して父親を刺そうとした事もある程、気性が激しい女性だったようです。

びっくりした父親もしばらくは大人しく、していたそうですから、かなりのものです。

思い込んだら真っすぐに向かい、後先考えず行動にしてしまう両親のぶつかり合いを目の前で見ながら育った新庄さんにも、この両親の遺伝子が流れているような気がします。

個人的には野球の事が詳しくないものの球界のスーパースターな存在だった新庄剛志さんの事は、さすがに知っていましたが野球の才能ありきでトントン拍子でプロ野球入りしたのかと思いきや、彼は子供時代から相当な負けず嫌いの努力家でもあったようです。

やはり一角の人物になる人は、どこかで人一倍の努力を重ねていると言うのが現実なのかもしれませんね。

子供時代から試合に負けたり微妙な審判の采配で負けが決まると彼一人だけ泣いて審判に抗議したと言う、エピソードもあるので尋常ではない負けず嫌いだったようです。

実際、負けの采配に泣きながら講義する子供って、そうはいないのでしょうが一流のプロスポーツ選手の生い立ちを追うと、このような超の付く負けず嫌いと言われる人が多いのは確かなようです。

全然普通の負けず嫌いとかのレベルでは無いのかもしれません。

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新庄剛志の貧困子供時代が想定外

現役プロ野球選手時代は高級マンションに住み、プレースタイルも派手な事で球界でも目立つ存在だった新庄剛志。

現役時代も車を何台も持っていた新庄さんでしたが、子供時代は想定外の超貧乏であったことが伝えられています。(『わいたこら』)

朝ごはんがなく、昼は給食をしっかり食べるのですが、夜ごはんのおかずがゆで卵一個だけ。

家の窓ガラスが割れても入れなおすお金がないからビニール袋で補修。

車の窓も同様で、新庄さんは

「なんでうちだけ、車が走る時にバタバタ音がするんだろう?」

と思っていたそうです。

彼の子供時代はスパイクどころか、まともな運動靴も買えず、野球の練習に学校のゴム製の上履きを使用したといい、小学生の時運動靴をやっと買ってもらえたのがとても嬉しかったそうです。

また子供時代に既に懸命に野球に取り組んでいた彼は、高校時代に寮に入るも父親がしょっちゅう息子の練習を身にきていたので、練習用の手袋が欲しいと頼んだそうです。

冬場に手袋無しで練習すると、とても手が荒れて痛かったとの事。

それを頼まれた父は二つ返事で野球用のレザーグローブを購入してくれた、その手袋を買ってくれたのがとても嬉しかったそうです。

でも家に帰ってある時父親の手を見たらボロボロで驚いたそうです。

するとその様を見て母親が「お父さん自分の仕事用の軍手を買うお金であんたに野球の手袋買ってくれたんや」と聞いたそうです。

それがとてもうれしかったと語っています。

1971年生まれで、何故そこまで貧乏だったのかは、定かではありませんが、父親は毎日居酒屋に行って飲み食いはする人だったようなので、お金の使いどころが違ったのもあるのかもしれません。

高度経済成長後のバブル真っ只中の世代なので、そこまで貧困と言うエピソードには少々困惑してしまいますが…

あの派手でゴージャスな新庄さんのイメージとはギャップのあるエピソードですね。

でも、そうした生い立ちだったからこそ自らが稼ぐようになって人を圧倒するような派手な生活を好んだのもあるのかもしれません。

一番物欲があり、わがままを言いたい時期にも、反抗的にならず、現状を受け入れて生活していたことは立派で、両親への愛情も感じます。

現在バリ島でトレーニングに励む新庄さんも、家賃3万の6畳ワンルーム、バスタブなし、キッチン、冷蔵庫共同というまさに貧困生活を送っていると言いますが、貧困をも明るくポジティブに捉える彼なりの美学が実践されているといえます。

新庄さんの懸命なトレーニングの成果でかなり体も出来上がっているといいますから、現役復帰への並ならぬ意欲が十分に感じられます。

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おわりに

破天荒な新庄剛志さんは日本野球界で活躍していた当時から派手なイメージが強かったので今回調べるまで結構なお坊ちゃんだったのかな、と言う印象でした。所が実際は真逆の貧困家庭に育ったとの事驚きましたが自らの才能で人生を切り開き成功者となり、また全てを無くした現在も悲壮感なくケロリとした彼特有の明るさで難病の姉を支えるべく現役復帰を目指す新庄剛志さんは、やっぱり破天荒な存在なのは間違いありません。異端児な存在だっただけに何かしらやってくれそうな独特の雰囲気を持っている新庄剛志さんなので今年は現役復帰の姿が見られるかもしれませんね。益々の活躍に期待したいと思います。


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