甲斐拓也の生い立ち~母がタクシーと掛け持ちで支えた兄弟の少年野球

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甲斐拓也アイキャッチ

2020年の日本シリーズでは「甲斐キャノン」の
愛称で呼ばれ、第2戦のホームランや正捕手として
大活躍した福岡ソフトバンクの甲斐拓也選手。

球界ナンバーワンの強肩ともいわれる彼の
活躍に期待が集まっています。

甲斐拓也さんは母親思いの野球選手としても
有名で、タクシー運転手として働き女手一つで
支えてきた母親によって彼の活躍が生まれたと
いっても過言ではありません。

甲斐拓也さんの生い立ち、タクシーと仕事を掛け
持ちして兄弟の野球人生を支えた母についてお伝えします。

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甲斐拓也プロフィール

氏名:甲斐拓也(かいたくや)
出身地:大分県大分市
生年月日:1992年11月5日(28歳)21年4月時点
身長:170㎝
体重:84kg
投球・打席:右投げ右打ち
ポジション:捕手
出身高校:楊志館高校卒
愛称:甲斐キャノン

甲斐拓也の生い立ち~2歳で母子家庭と貧困生活

甲斐拓也さんは3歳年上の兄と2人兄弟の
弟として生まれ、彼が2歳の頃両親が離婚
したため、その後は母子家庭で育ちました。

幼い男の子2人を抱えて女で独りでの子育てが
裕福な生活を送れる訳もなく、甲斐選手曰く

「時々水道を止められたりもした」

と当時を振り返っています。

ただそんな状況にも関わらずシングルマザーの母
小百合さんは貧しいながらも2人の兄弟に野球を
させる為に朝早くから夜遅くまで働き

「育児に時間が取れる」からと「ふたばタクシー」
という会社の女性タクシー運転手として働き
兄弟を育て生計を支えました。

必死で一日働き通し、家に帰り兄弟の食事の
用意をして仮眠をする母の顔がかわいそうに
なって泣けてくることもあったと言います。

今でも当時の母の寝顔が忘れられないと
いう程子供心に自分ら兄弟の生活を支える為の
母親の懸命な奮闘ぶりが脳裏に焼き付いている
のでしょう。

元気いっぱいの男の子2人を抱え、彼らの
やんちゃやわがままも聞かねばならず大変な
苦労があったはずで、それを思い返し甲斐さんも
母親を気遣い大切に思うようになったと
言われています。

働きながら貧しくてもかわいい子供の好きな
ことを自由にさせてやりたい、と2人に野球を
させることまで実現し母親の鑑といえる姿が光ります。

甲斐拓也の生い立ち~母の背中

母親

小1の頃から3歳上の兄大樹さんの影響で
野球を始めた拓也ら兄弟2人は中学時代は
「大分リトルシニア」に所属して高校でも
兄を追って楊志館高に進学します。

兄の甲斐大樹さんはこの楊志館高校
エースとして甲子園にも出場し活躍して
います。

才能ある拓也さんのために、毎日野球の
練習の送迎、ユニホームの洗濯などこなす
母小百合さん。

彼女のおかげで拓也さんは好きな野球に
打ち込むことができたのですね。

タクシー運転手として働きながら、試合が
あれば駆け付け必死に応援し、寝る暇も
惜しんで2人の兄弟を支えてくれた母親。

ですが当然ながら弟の拓也さんの高校進学に
兄の大学進学前と兄弟らの成長と共にタクシー
運転手だけでは兄弟2人の養育や野球に通わせる
ことが難しくなります。

そこで母親の小百合さんが取った行動が、なんと
早朝から夕方までタクシーの仕事がすむと一旦
子供らの夕飯の用意をしに帰宅。

その後、数時間の仮眠の後、掛け持ちで深夜23時
からのパチンコ屋の清掃アルバイトにも出て、また
そこから別の仕事をして帰宅するのは深夜の2時や3時。

そしてまた翌朝、早起きしての生活をずっと
続けていたと言います。

甲斐さんは当時を振り返り
「狭い団地の部屋に親子3人で住んで子供だった僕や兄にとっては一番幸せだったと今も感じる日々だった」

そして子供ながらに馬車馬のように働く母の姿を見て

「(母が)こんなに働いてるのにこれだけしかもらえない。数十万円とか。」

と嘆くほどハードな生活で母が支えてきた
ことに感謝がつきないようです。

母親は近年も地元大分県で個人タクシーを経営
しており、試合がある日には自宅のテレビ観戦を
楽しんでいるといいます。

すごいのはこの母の個人タクシーのナンバーが
以前の甲斐さんの背番号と同じ「62」だったとか。

息子の応援をするために同じナンバーを
つけたというから泣けますね。

彼同様母の息子思いにも感動します。

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甲斐拓也のプロ野球を目指したのは母の為

貧しいながらも女手ひとつで兄弟を育てて
くれた母親に感謝で恩返ししたいと思い、メキメキと
上達する少年野球時代から高校進学する事には既に
プロ入りを意識していたと言います。

「母親に楽をさせてやりたい」

その想いから甲斐拓也さんは日頃努力を
かかさないのだそうです。

高校での甲子園出場はかないませんでしたが
高校通算40本本塁打の成績を残し、2011年に
ドラフト育成選手6位指名で福岡ソフトバンクに
プロ入りします。

支配下登録されたのは13年のシーズン後でその
育成時代には想像以上の練習のキツさとプロ入り
したとはいえ、苦労をし、働き儲けることの
難しさを実感した拓也さん。

現在立派なプロ野球選手として活躍していますが、
彼は「まだ恩返しできていない」と謙遜しこれまで
かけてきた苦労の大きさを、自身の明るい活躍ぶりで
返していくことを誓っています。

「高校時代はやんちゃな時期もあり、本当に迷惑をかけ続けてきた、だからずっと母ちゃんのためにという思いでやってきた。これからもずっと喜ばせていきたい。まだまだ数字も残せてないし。」
(西日本スポーツ:引用)

生活を身を削りながら支えてくれた母のために、
稼げてみんなの夢となるプロ野球選手になりたい
という思いを貫き、なった後もまだ謙虚に前進する
彼に尊敬の視線が集まります。

甲斐拓也のプロ野球入り支えた恩師

高校時代に甲子園球児としてエースを張った
兄の大樹の時とは違い拓也さんは寸での所で
2年時も3年時も甲子園出場は叶いませんでした。

その為7月下旬には野球部を引退。

プロ野球入りなど選択できる状況では
なかったのは誰の目にも明白でした。

ただそんな状況の中でも見捨てずに一縷の望みを
かけて動いてくれたのが当時の楊志館高等学校
野球部の監督宮地弘明氏が知り合いのソフトバンク
九州担当のスカウトに連絡を入れてくれたのです。

『一度甲斐のプレーを見てやって欲しい』

この一声があったからこそ、スカウトの
福山龍太郎氏がテストをしてくれ視察。

当時の甲斐拓也氏のスローイングを評価してくれた
事とソフトバンクの3軍制度を導入する時期とが
重なり2010年10月28日に育成6位指名を受けソフト
バンクに入団
する事が決定したのです。

当時の背番号は130番。

入団発表は12月11日になりました。

登録名は拓也です。

ここから甲斐拓也の育成生活が始まるのです。

甲斐拓也の育成時代と苦悩

育成
しかし2010年にスタートさせたプロ野球
育成3軍生活は、野球少年時代を振り返っても
かつてない程の壮絶なプレッシャーとプロの
厳しさをとことん身に沁みる経験となります。

2011年:三軍のみ出場
2012年:二軍公式戦20試合出場 
2013年:三軍で83試合出場、二軍公式戦には4試合のみ
2013年11月支配下選手に登録:背番号130から62になる
2014年:開幕一軍で登録するも捕手2人体制により抹消
二軍58試合出場
2015年:開幕一軍登録で1試合出場4月に抹消、二軍54試合出場
2016年:6月一軍登録九月の登録抹消まで3番手捕手として13試合出場
二軍42試合出場
2017年:開幕一軍入り公式戦でのスタメン出場を果たす、過去最高の103試合出場
同年11月には育成選手出身の捕手初のゴールデングラブ賞を獲得
2018年:133試合出場、育成ドラフト出身として初の最優秀選手賞MVPを受賞
2019年:137試合出場の自己最多を記録、うち133試合スタメン出場し正捕手に定着
2020年:正捕手として起用チーム12連勝にも貢献、12月7日4年連続ゴールデングラブ賞
3年ぶり2度目のベストナイン、千葉滉大と最優秀バッテリー賞を初受賞

このように着実に苦しみながらも正捕手の
座を自らの手にした甲斐拓也さんですが
負けず嫌いの性格が災いして思うような
プレーが出来ずファンからの批判の手紙に
泣いた事も多々あると言います。

育成選手としてソフトバンクに入団できた
ものの、結果が全てのプロの世界で
「結果が残せない」と悩んだといいます。

そこで母の小百合さんに悩みを打ち明け毎日
電話した事があったそうですが、育成時代に
目が出ずひどく苦しむ彼の姿に

「もう帰ってきたら」

といったこともあるとか。

小百合さんは色々な話をしながら頑張る息子に
アドバイスを送り、拓也さんを全力で支えると
言い励ましてきたそうです。

2017年1軍の試合に103試合出場、2018年には育成
ドラフト出身選手として初の最優秀選手賞(MVP)を
獲得と快進撃したのもこの母のおかげといえるでしょう。

「二度と育成からやりたくない程の苦労だったが、どんなにしんどくても母ちゃんの苦労を思えばことを思えば耐えられる。ずっとその思いです。」

「大好きな野球を頑張るなんてなんでもない、自分の母親と比べたら全然たいしたことだと思いません」

と話し、今も恩返しの道半ばという意思は
変わっていません。

新型コロナ感染拡大のため、小百合さんは現在
経営する個人タクシーの仕事を休まざるを得ない
時もありましたが(2020年5月)、甲斐さんは

「本当に体が一番。」と母を気遣いまだまだ
日本シリーズのMVPにも甘んじず、もっと恩返しを
続けていきたいと誓っています。
(西日本スポーツ:引用)

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おわりに

福岡ソフトバンクの育成選手出身の正捕手として話題になり活躍する甲斐拓也さん生い立ちは、母子家庭で貧しいものでしたが、負けずに兄弟を養うため仕事を掛け持ちして苦労した母親の恩に報いるためプロ野球の道に進みました。
甲斐拓也さんの現在の大活躍には母親の支えがあり、つらい育成時代をも見守ってくれたことへの感謝の念は大きく、今もまだ恩返しの最中であると肝に銘じ黙々と努力する彼の姿が感動を呼びます。母親の力の凄さを改めて感じ、拓也さんの母親を気遣う一人の若者としての姿がとても印象的です。


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