加山雄三の生い立ち~若い頃の不遇時代と父親の再婚と離婚と妹と

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加山雄三アイキャッチ

今年の春には自身の船「光進丸」が原因不明の
火災となって世間でもニュースとなった加山雄三さん。

彼の生い立ちは父に二枚目俳優の上原謙を持ちその
義理の母や妹らの関係が取りざたされる事が多く
確執も噂されてきた。

確執の原因や彼の華麗なる生い立ちに若い頃の不遇の
時代や父親のスキャンダルなど同時に追ってみよう~

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加山雄三の生い立ち~俳優の父親と華麗なる血筋

今や芸能界でも完全に大御所な加山雄三さんと
言ったら実の父親も二枚目俳優の上原謙さん
持ち芸能一家で合った事でも知られた人物です。

両親
この時代にて両親の超絶な美形ぶり・・・凄すぎます・・・

母親の小桜葉子さんも女優祖母の青木しのぶ
さんも女優
と言う華麗なる芸能一家に誕生されています。

ご兄弟は実の両親の間にはおらず、後に母の小桜葉子
さんが亡くなった後父親の上原謙さんが再婚された
相手女性との間に腹違いの妹が誕生されています。

現在81歳の加山雄三さんのお父様ですので
既に他界されてますが上原謙さんも昭和を
代表する映画スターとして活躍された方。

息子の加山雄三さんとは、タイプが事なりますが
正統派二枚目スターとして活躍されたのだそうです。
父親
晩年の上原謙さんです。

そして、映画スターと言うでかあって実生活でも
賑わしい女性関係やかなりの年齢差のある再婚歴など
最後までプライベートでも世間を賑わせた人物でも
ありました。

参考までに代表作は「浅草の灯」「愛染かつら」
との事。

加山雄三さんの母親方の祖父にはあの歴史に名を
残す幕末から明治に活躍した政治家の岩倉具視
居り教科書にも載っている人物ですがその岩倉氏の
玄孫にあたるのだそうです。

ちなみに父親の上原謙さんも鹿児島県出身で
本名を池端清亮氏と言い室町時代からの豪族で
あの歴史に名を残している篤姫に使えた人物
池端喜八郎が祖父ではないか~と言われている
のだとか・・・

とまぁ~由緒正しき御家柄なのは間違いなさそうだ
と言う事で現在の加山雄三さんのイメージに
ピッタリで何の異論もないのですが・・・

彼自身は実の父上原謙さんの女性関係の華やかさで
少々かき回された感が否めない過去があったのです。

加山雄三さん自身は神奈川県横浜市に誕生し、その後
東京田園調布に1歳9ヶ月まで過ごすも、幼少期に大腸
カタルを患い病弱だったことを父の上原が気にして田舎で
自然環境の良い神奈川県芋ヶ崎へ引っ越し平屋の日本家屋
の実家で31歳で結婚するまで過ごしたという。

父親が当時既に売れっ子スターだったことも関係あると
思うが常に実家にはお手伝いが2人は居る状態で育った
との事。
本人
どう転んでも先ほどの両親からは普通にこんな男前しか出るわけありません・・

完全なるお坊ちゃまでその後『若大将シリーズ』の大ヒット
でスター街道を駆け上がり俳優としても歌手としても活躍
する事となる。

加山雄三の生い立ち~経歴と挫折と

地元芋ヶ崎で幼少期を過ごした彼は小学校は
茅ヶ崎市立茅ヶ崎小学校、茅ヶ崎市立第一中学校
へと進学して高校から慶応義塾高等学校、慶応義塾
大学法学部へと進学
されています。

また小学校から家庭教師を付けられ当時の家庭教師が
東京商船大学(現在の東京海洋大学生)だった事から
船の設計図を見せてもらったりするうちに船に興味を
持つようになる。

14歳で最初のカヌーを作りその後10隻の船の設計を
作っており当時から船への情熱を持ち後にその夢の
対象として『光進丸』を持つ事となる。

18年4月に火災に見舞われた「光進丸」の設計も加山雄三
氏本人が行い光進丸を運転するために小型船舶免許や
5級海技士免許を所持している。

加山雄三代表作の「若大将シリーズ」の『海の若大将』には
初代の光進丸が登場しているとの事・・・

芸能一家と恵まれたビジュアルから必然的に映画に出演し
見事スター街道を駆け上がった加山雄三氏だが、それでも
彼の人生にも挫折はあったようです。

自身が育った神奈川県芋ヶ崎に愛着のあった彼は1965年に
パシフィックホテル芋ヶ崎を開業。

だがこの運営は当時の高度経済成長を持ってしても
上手く行かなかったようで僅か5年の1970年3月に
23億円負債となり倒産する。

すぐさま18億で売却するも、残りの5億の返済の為
その後はキャバレーやナイトクラブなど不遇の時代として
ドサ周りをして10年かけて返済している。
嫁
こちらも絵に描いたような美男美女・・・1970年ですから・・・

この時期に女優の松本めぐみとの結婚が世間を
騒然とさせたとの事。

この莫大な借金を抱えた状態での結婚生活で当時は
一つの卵を夫婦二人で分け合って食べた事もあるほど
生活は過去最大に困窮していた時代でもあったという。

1970年当時の5億の負債は流石の加山雄三さんでも
10年の歳月をかけて返済されていたのですね・・・

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加山雄三の父の再婚と離婚と妹と

そして避けて通れないのが加山雄三さんの父
上原謙さんの華麗なる再婚劇でした。

雄三さんの母小桜葉子さんが1970年に死去された
パシフィックホテルの倒産と母親の死亡と加山家は
負の連鎖状態となります。

再婚
一応日本一の悪女と言われたりもしてました・・・

そんなさ中上原謙さんが妻亡き後に選んだ女性が
38歳年下の当時クラブ歌手をしていた大林雅美さんと
再婚した事で当時はかなり話題となりました。

大林雅美さんとの間には娘が誕生し、その娘こそ
加山雄三さんの腹違いの妹芽英子が誕生。

妹
こちらが妹さんですが腹違いとは言えこうも似てないとは・・・

しかも覚せい剤って・・・寒いです。汗

後に女優として上原芽英子としてデビューするも
その後結婚再婚と繰り返し、しかも、夫婦で薬物逮捕
という体たらくで世間を騒然とさせています。

そして38歳年下妻の大林雅子との再婚も、あれほど世間を
騒然とさせたにも関わらず、その後は喧嘩が絶えなくなり
1991年に夫婦は離婚。

離婚後は長男の加山雄三氏宅に身を寄せてひっそりと
暮らされておりました。

だが同年の11月上原謙は風呂場で倒れて急性心不全で
帰らぬ人となる。

享年82歳でした・・・

父親上原謙亡き後の会見で
『この1年半は心労が続き、静かな老後を過ごさせてあげたかった』
と涙の会見をしたが、これは同年の離婚相手大林雅子との
泥沼離婚劇の事を暗に指して言っていたことなのかも
しれませんね。

それほど高齢だった上原謙にとっての高齢での
離婚騒動は答えていたようです。

現在大林雅子さんは何をされているのでしょうね・・・

娘さん(加山氏の妹)は確かまだ懲役かな・・・汗

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おわりに

若大将加山雄三氏も父の上原謙の亡くなった年歴まで後1年です。とても80代には見えない若々しい加山雄三さんの益々のご健康と今後の更なる活躍に期待したいですね。

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