石田純一生い立ち~父親はアナウンサーの子供時代と若い頃の逸話

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石田純一アイキャッチ

若い頃から華やかな女性遍歴で知られ過去には
数々のスキャンダルと現在までに3度の婚姻歴が
ある石田純一さん。

元カノに長谷川理恵を現在の嫁に年の差を物とも
せず東尾理子との間に3人の子供の父親に。

モデルのすみれや俳優の石田壱成の父でもある
石田純一さんの生い立ちとは一体どんな家庭で
育ったのでしょう。

現役感満載の石田純一さんの若い頃や希代の色男と
しての名言も追ってみようと思います。

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石田純一プロフィール

芸名:石田純一
本名:石田太郎
出身地:東京都目黒区
生年月日:1954年1月14日(66歳)20年3月時点
学歴:早稲田大学中退
身長:177㎝
血液型:A型
家族:子供~いしだ壱成・すみれ妻~東尾理子(子供3人)
趣味:読書・音楽鑑賞・観葉植物栽培・スポーツジム・サッカー観戦・お酒など
特技:英会話・暗記・ピアノ・ゴルフ・料理など

石田純一の生い立ち~父親は元アナウンサー

かつてトレンディー俳優として活躍し、一世を
風靡した俳優の石田純一さん。

「不倫は文化」といった言動や素足に革靴という
独特のファッションセンス、さらには元プロゴルファー
東尾理子さんとの結婚も大きな話題となりました。

若い頃から多くの女性と浮世を流した石田純一さんの
生い立ちは、なるほどの幼少期を過ごしていたようです。

父親
石田純一さんの父親、石田武さんは元NHKアナウンサー
だったそうで、ケネディ大統領暗殺やアポロ11号月面着陸、
昭和39年の東京オリンピック陸上の実況などを伝えた
テレビ業界では有名な人であったのは驚きです。

歴史的なニュースをリポートするエース級キャスターで、
その後はNHKの報道主幹を務めるなど優秀な方だった
といいます。

石田さんが幼い頃はよく一緒に映画に連れて行って
くれたそうで、映画の解説をしてくれるなど優しく
教育的な父親であったようです。

ですが、大正生まれの一家の主らしい厳格さでも
知られ時には殴られたこともあり、血を見て泣いたら
「男のくせに泣くな!」とまた殴られたそうです。

そんな石田純一さんの父親、武さんは54歳で脳梗塞、
63歳で亡くなりますが、とにかく働きづめの父親だった
そうです。

その家系をたどると祖父も日本経済新聞の記者で
あったそうで2人についてインタビューなどで

「弱者に優しい、素晴らしいジャーナリストだった。」

と言われています。

石田純一さんは役者になる前はジャーナリストを
目指していたといい、キャスターを務めたことも
ありますから親子の縁を感じますね。

母親は音楽家で4歳までワシントンD.Cに住んで
いたそうです。

帰国後は高級住宅街の目黒、世田谷に移り住みます。

そんな環境で育った東京生まれの現在66歳の石田純一
さんですが、なるほど生粋のお坊ちゃまという雰囲気は
そうした生い立ちの背景にあったのですね。

正直、時代が違うとは言え、昭和20年代に誕生した
人物としては、かなり恵まれた環境の街の青年だった
というイメージそのまんま、という感じです。

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石田純一の子供時代、若い頃

若い頃
それにしてもモテるのも納得の二枚目ぶりです…

石田純一さんは、東京目黒区出身で2人姉弟の
長男として生まれました。

4つ上の姉はピアニストでもあり、歌手でもある
静枝さんで、お母さんも大のピアノ好きでした。
(母親は石田さん53歳の時亡くなっています。)

中学校と高校では野球部で、高校ではエースで
4番と活躍します。

高校は東京都立青山高校で屈指の進学校ですから
優秀だったのですね。

早稲田大学商学部に入りますが、演劇に興味を持ち
アメリカに留学します。(大学中退)

石田さんは帰国後「演劇集団 円」で研究生となり
下積み時代を過ごし演技力を磨きます。

本格的に演劇を学びたいという思いから入った
世界であり、1979年にNHK「あめりか物語」
デビューしています。

1984年の昼ドラ「夢追い旅行」で準主役、1988年
「抱きしめたい!」で主役となり一躍有名になりました。

トレンディードラマ全盛期に大人気となったのはアラフォー
からアラフィフ世代には記憶に残られているのでは無い
でしょうか。

石田純一の逸話・名言が深イイ?

名言

現在でも芸能人の不倫には世間の厳しい意見が
飛び交うこの頃ですが、石田純一さんならではの
この名言が有名ですね。

「不倫は文化だ。」

昭和から平成のモテ男として数々の浮世を流した
石田純一さんですが石田さんは現在まで3度の結婚
しています。

最初の結婚(学生結婚)で授かった子供(いしだ壱成)
を長く公表しておらず、スクープされています。

2度目の結婚で女優松原千明さんとの結婚の時に、当時の
人気モデル長谷川理恵さんとの不倫がまたまたスクープ。

「文化や芸術といったものが不倫という恋愛から生まれることもある」

と石田ワールド全開の発言に発展。

周囲の猛バッシングに対抗しこの名言が生まれたのでした。

後には娘(すみれ)の私立小学校受験にも波紋が及び
なんと不合格、離婚にまで発展する大騒動、石田さん
不遇の時代の幕開けとなりました。

名言が深イイということで石田純一名言集なるものが
ネット上にあがっており、まだまだ時代を超えるモテ男
としての哲学を行く先々で残し支持されていることがわかります。

最近も恋愛について語る中で

恋愛は「2兎を追う者には3兎が出てくる。」

(2019年新R25インタビュー記事)の新たな名言が。

一人に執心するとこちらを向いてくれないと不安になるが、

「A子もB子も追いかけるとつかず離れずにいい関係になって、余裕ができC子まで呼び寄せる。」

という理論のようです。

他にも

「判断力を無くして結婚し、忍耐力を無くして離婚する。そして記憶力を無くして再婚する。」
(2015年Smartlog 心に響く言葉10選)

個人的に刺さった名言が

『婚活は人生で一番大切な営業』

プレイボーイでモテ男と言われた石田純一ならでは
の名言の数々です。

もうここまでくるときれいにいざこざが昇華されて
しまって、結婚も離婚も再婚も無の境地に近い
恐ろしいまでの世界に到達されていますね。

プレイボーイならではの人生が作った前向きすぎる
名言の数々に、世間の男性たちは結構救われるかも
しれませんが、女性にとってはちょっと難しい
ところでしょうか。

でも確かに名言に裏打ちされた魅力があるのは
認めますが…

なかなか貴重な存在なのは確かではないでしょうか。

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おわりに

トレンディー俳優として有名になり、恋愛スキャンダルでも話題の絶えない石田純一さんの生い立ちを見ると、優秀な元アナウンサーの父親と音楽家の母の間に生まれ、野球や勉学に優れた幸せな学生時代だったといえます。
若い頃演劇に興味を持ち、下積みの苦労もしながらテレビドラマなどでもデビューを果たし、トレンディー俳優の先駆けとして有名になりました。
3度の結婚歴にプレーボーイとも言われますが、「不倫は文化」などに代表される独特の名言を発信しており、タレントとしての活動を広げています。
逆境をも格言にしてしまう賢さと、何か人を惹きつけてしまう魅力はまだまだ衰えず、3児の良きパパとなった石田さんの新たな動きを見守りたいですね。


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