ドリューバリモアの生い立ち~母親は毒母?異常な子役時代に絶句

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ドリューバリモアアイキャッチ

7歳の時に大ヒット映画『E.T.』(1982年)で
子役デビューして以来キュートな笑顔と自由奔放な
明るい生き方が話題のハリウッド女優ドリューバリモア。

彼女は5歳と7歳の娘をもつシングルマザーで、45歳の
今も変わらず美や人生に持論を追究し続けておりファンを
惹きつけています。

そんなドリューバリモアの壮絶な生い立ちにも
注目が集まっています。

現在も素敵な女性として活躍するドリューバリモアの
生い立ちや毒母、絶句する異常な子役時代について
お伝えします。

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ドリューバリモアプロフィール

氏名:ドリュー・バリモア
生年月日:1975年2月22日(45歳)20年10月時点
出生地:アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス
身長:168㎝
職業:女優、映画監督、プロデューサー
著名な家族:ジョン・バリモア(祖父)
ジョン・ドリュー・バリモア(父)・ジャイド・バリモア(母)

ドリューバリモアの生い立ち~子役時代

子役時代
ドリューバリモアと言えば子役がデビューで
しかも世界的に大ヒットした映画「ET」が初
主演作、若い頃にはチャーリーズエンジェルと
日本でも話題になった作品に出演する有名女優です。

実力も運も持ち合わせたかに見えるドリューバリモア
ですが、彼女の生い立ちには目に見えない壮絶な子役
時代があって現在に至っているのです。

そう普通ではない子供時代を送ったドリューバリモア
には、子役でデビューするルーツでもある家族の
紹介が欠かせません。

ドリューバリモアはハリウッド創成期に活躍した
名優ジョン・バリモアで、祖母や大叔父・大叔母
父ジョン・ドリュー・バリモアも俳優という名優一族の
出身だそうです。

この辺りは日本では、あまり知られてないと思います。

ただ、色々な背景から彼女の両親はドリューが幼い頃
離婚しており、離婚後は母親に育てられています。

とはいえ、映画「ET」でのイメージが強いドリュー
ですが実際に芸能活動をスタートしたのは驚きの
生後11か月で早くもCM出演。

その後、映画『アルタード・ステーツ/未知への挑戦』
でが初デビューなのです。

ドリューの人生の転機となったのがスティーブン
スピルバーグ監督の映画『E.T.』で、主人公の妹
エリオット役で愛らしい天才子役として一躍スター
ダムを駆け上がる事になります。

でも、世界的大ヒット作「ET」に出演する前に
既に、あらゆるエンタメ界での出演で足場は
固められていたと言うのが事実のようです。

そして、それをよくも悪くも目論んだ人こそが
両親離婚後ドリューを引き取った母親なのです。

世界的大ヒット作での演技が高く評価され、
人気子役にたちまち躍り出ることになります。

その後も1984年の映画『炎の少女チャーリー』、
1992年の映画『ボディヒート』でも魅力ある
演技を見せ注目女優となります。

ただ、子役から大人になる背景にはファンには
分からないだろうドリューは人知れず壮絶な
思春期を送っていたのですが…

ドリューバリモアの母親の異常過ぎる毒母ぶり

ドリューバリモアの母親ジャイドの異常すぎる
毒母ぶりにも注目が集まっています。

母親のジャイドは売れない女優だったため、自分の
できなかった夢を娘にさせるなど次々に仕事を持って
くるだけで、彼女に優しい母の姿はなかったといいます。

ドリューの母親は彼女が本当に幼い頃から、しょっちゅう
街に出てパーティーなどに娘を連れまわしていたといい、
家の中で撮った写真もないほどだったそうです。

ドリューバリモアの回想録によると

「私には家族がいなかった。覚えている限り、私はずっと働いていたわ。」
(MOVIE WALKER)

と語り、母子の幸せとは無縁であった
少女時代の苦悩の大きさを感じます。

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ドリューバリモアのリハビリ施設時代

1990年ドリューバリモアが15歳で発表した自伝
『ハリウッドエンジェル』には、彼女が幼い頃から
アルコールドラッグ依存でリハビリ施設に入所
していた衝撃の事実が綴られています。

『E.T.』で有名になったことで学校でイジメに遭い
登校拒否になった彼女は母親と一緒に連日パーティー
に行き、8歳でニューヨークの伝説のクラブ
「Studio 54」常連になります。

9歳で飲酒に喫煙、10歳で大麻、12歳で違法薬物
コカインに手を染め、13歳でリハビリ施設に入所
しています。

14歳では自殺もはかるなど重度の薬物依存で、
15歳で社会復帰し数年後、再びオーディション
などを受けショービズ界に復活します。

重篤な薬物依存から見事、復帰する奇跡を自力で
つかみ取ったそのパワーには驚くばかりです。

英メディア『The Sun』のインタビューでは、

「私自身どうやってこの業界に戻ってくることができたかも分からない。それでも自分が『ラッキー』だったということは忘れないわ。12歳でブラックリスト入りしたけど、今あるすべての仕事に感謝しているの。」
(エキサイトニュース:引用)

困難なリハビリ時代を克服し、成功を収めている
彼女のせきららな告白が話題ですが、世界の
薬物依存のセレブや芸能人たちに向けられた
励ましなのかもしれません。

ドリューバリモアの毒母との決別

ドリューバリモアは自分が薬物依存になった
原因は母親と判断し、依存症を克服した15歳で
毒母と決別する決意
をします。

毒母ジャイドからの独立を求めて裁判を起こし、
勝訴したのでした。

彼女はその後、一人暮らしを始めアルバイトを
しながらオーデションを受けるという、普通の
夢見る女の子としての自由を勝ち取り自力で
女優への道に向かい努力を続けます。

母親とは複雑な関係が続いていましたが、後に
和解し2017年の母の日のインスタに母と一緒に
笑顔でのツーショットが投稿されています。

年齢を経て紆余曲折はありながらも親子らしい
関係を育みつつあるのかもしれませんね。

ドリューの生後半年で家を出た父親とも
疎遠でしたが2003年に当時ホームレス状態の
父を自宅近くに住まわせ翌年72歳でガンで
亡くなる最後まで面倒を見たそうです。

不遇な生い立ちでしたが両親を大事にする
慈愛あるドリューバリモアには感服します。

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ドリューバリモアの母となって

子供の存在
ドリューバリモアは今や5歳のフランキーと
7歳のオリーブという2人の娘を持つ母親と
なっています。

彼女は2012年シャネルの元CEOの息子ウィル
・コぺルマンと3度目の結婚
をし、この娘たちを
もうけたのですが、2016年に離婚しており現在は
シングルマザーです。

ドリューバリモアは恋多き女優としても有名で、
婚約も数回しては破局を繰り返し、共演俳優との
交際も短期間で破局と大荒れ。

1994年にバーのオーナーと最初の結婚をします
が2ヶ月で離婚、2回目の2001年コメディアンの
トム・グリーンとの結婚はなんと5か月で離婚で
話題を呼びました。

3度の離婚を経験していますが、現在のビジネスマンの
恋人と幸せな関係のようです。

母となったドリューはリハビリ施設時代には暴走し
反抗的だったという自戒を述べていますが、今は
娘たちがそれを止めてくれているといいます。

「子供たちは私がずっと知らないでいた“愛”そのもの」

今年4月にアメリカの番組『Today』にビデオ通話で
出演したドリューはコロナで自粛生活する中で、子供の
面倒や宿題の手伝いの大変さについて語り子育てにも
一生懸命向き合っており話題になりました。

明るくこう結ぶ言葉がポジティブな
彼女らしいですが。

「みんな自分に合った(自粛中の子育て)方法がきっと見つかるわ。私達は適応できる生き物だから。」

困難を幾度も乗り越えてきた彼女の発言は
いつも前向きでさっそうとしていて
かっこいいですね。

おわりに

子役として成功し演技派女優として有名になりマルチな活動をするドリューバリモアですが、彼女の生い立ちは薬物依存の暗い過去があり、壮絶なリハビリ施設時代を過ごしているのには絶句します。その暗い時代の根源は毒母であり、彼女は15歳で裁判で母親と決別、再び女優など多方面で活躍する姿が脚光をあびています。
私生活ではシングルマザーとなり2人の娘の子育て奮闘中ですが、栄光と挫折をこれ以上ないほど味わっってきた彼女の自分らしい生き方はこの困難多い時代に人々の心をとらえ、明るく生きる方法を示してくれているといえるでしょう。


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