宅間守の生い立ち~母親は望まない子供で父親の現在や兄は自殺の闇

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宅間守アイキャッチ

2001年平成13年に起きた残忍な事件として今も尚かなり継がれている附属池田小事件を起こした犯人宅間守死刑因。

自暴落で身勝手な自身の投げやりな気持ちから死刑を望んで起こした事件と言われた、この事件の首謀者宅間守の生い立ちは、それを予想したかのような母親の願いがあった。

宅間守を身ごもってから『産みたくない』と言った母親と父親の現在や実の兄が自殺するという悲惨な状態となった宅間守の生い立ちを追ってみよう~

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宅間守の付属池田小事件とは

2001年平成13年6月18日大阪府池田市で起こった凄惨な事件。

附属池田小事件として首謀者の宅間守が単独犯で同学校に乗り込み突然学校に乱入して約15分の間無言で凶行に及び児童8人が死亡。

教職員含む15人が重軽症を負った悲惨な事件を起こす。

宅間守の生い立ち~母親は産みとうないと予言した

1963年11月23日兵庫県伊丹市で行員として働く父親の元上に兄がある家庭で次男として宅間家に誕生する。

ただ彼をお腹に宿した時、実の母親は夫(宅間守の父)にこういったと言われている。

『あかんわ、これ、堕ろしたいねん、私。 あかんねん絶対』

何かを察するように彼女は妊娠を喜ぶ夫を前にして、自身の中に身ごもった命を否定したと言います。

生まれてからも母乳をあげる事も嫌がっていた程、次男の守を毛嫌いしていた傾向が強く出ていたそうです。

その上、家事や料理が苦手で一種のネグレスト的傾向の強かった母親に変わり父親が、その大半を補って家庭を切り盛りしていたと言われています。

まるで未来が読めていたかのような、この発言は宅間守を育てるうちに的を得ていたことが目に見えて確実となっていく。

彼が幼い頃から手に負えない子供だったようです。

幼少の頃から三輪車で国道の中心を走って渋滞させたり動物を虐待するなど 子供らしからぬ異様な行動で両親を興ざめさせていたようです。

母親の予言通りに・・・

中学に入学するころには手に負えない子供過ぎたのか母親もハッキリ宅間守に『お前なんか産まなければ良かった』と彼を目の前にしても、はばからず言っていた母親…

そしてそんな分別のない発言をする母親を前にして宅間守自身も『死ぬまで苦しめてやる』

『ヤクザを使ってお前らの生活をメチャクチャにしてやる』と言い放つ宅間守のおかげで母親は精神を病み長らく精神病院で暮らす程だったと言われています。

本当に宅間守が母親が生まれる前に予言したような不吉な子供だったのか、それとも彼の母親自身のネグレストや育児放棄が災いして、こうした人格形成になったのかは今では定かではありませんが、もしかしたら二つの事なる要素がリンクして彼のような異常な人格形成に至ってしまったのかもしれません。

本当の彼の精神状態は生まれた時から異常だったのでしょうか?それとも、自らを産んだ母親に異常だとみなされ育ったことなどが災いしてあのような極端な行動をとる異常者となったのでしょうか…

宅間守の生い立ち~父親もお手上げの悪童

当然これだけ、質の悪いヤンチャを働く息子を父親も容認できる訳も無く、幼少期には力で抑えるべく相当な叱責や殴打、時に木刀を持って制裁するなどそれなりに良い事と悪い事の区別のつかない守をしかり付け教育していったようです。

だが母親の予想通りに、性根から悪ガキだった宅間守からするとそんな一時的な父からの力任せの押さえつけは逆効果となり、更なるフラストレーションっとなって酷い行為をするようになったようです。

それは動物虐待に始り、学校でも弱い者にはとことん強く強い者とは徒党を組んで逆らえない同級生に『奴隷』とし『宅間様』と呼ばせ、女子にも唾を吐きかけるなど傍若無人な働きで同時から有名な悪童だったようだ。

動物虐待の様も異常者としか言いようのない内容で生きたまま火の付いた燃え盛るドラム缶に猫を入れたり布団です巻きにして川に流すなど異常過ぎる数々をして楽しんでいた。

こうした行為の何が楽しいのか想像しただけでも恐怖でしかありませんが…

この頃には当然母親にも、度々暴力をふるい殴る蹴るの暴行を繰り返すようになってもいたといいます。

自我が目覚めた頃には親に対して『もっと頭の良い人間として産んでくれなかった親が悪い』と両親を逆恨み。

中学卒業後は兵庫県尼崎市の工業高校の機械化に進学するも2年で中退。

ちなみにこの高校の同級生にダウンタウンの松本さんが同年だったとの事ですが、事件後、宅間守について聞かれた松本さんは記憶には無いと回答されていたようです。

ま、2年で中退してますしクラスが違うと余程目立つタイプの同学年でないと認識しないかもしれません。

幾ら何でもつるむ対象にはならないでしょう。

中退後は様々な職業に就くも、どの職業も長続きせずまたこの逮捕されて死刑因として、この世を去るまでの期間どうゆう訳だか4回の結婚と離婚を繰り返してもいる・・・

この事件以前にも、数々の犯罪を犯している宅間守は詐病とも精神異常者とも取れる行動や、犯罪が多く15回もの逮捕歴があります。

その犯歴も見ても本当にある意味、精神異常者だったのだろうな~と思うしかないレベルで、姦未遂からガチの強姦まで多岐にわたります。

中には精神異常を装って、刑期を逃れるような行為や精神異常者を装い傷害手当金、精神障害者年金を 受給するなどの知能犯な一面も・・・

とにかくズルくてセコくて気味が悪い程の、自己本意な考えで自分で自分を追い詰めていく宅間守死刑因。

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宅間守の兄も自殺していた

そんな宅間守には兄弟で兄がいたそうです。

同じ兄弟とは言え兄はタイプが違ったのでしょう・・・

そんな兄弟の関係は過去には何が気に入らないのか「実兄の愛車を角材でボコボコにする」などの無茶ぶりで兄にも鉄拳を食らわしている守死刑因。

そんな兄も34歳で結婚するも42歳の時、弟守のあまりの素行不良を嫌ったのか弟が原因で妻と離婚したそうです。

その後、事業で失敗もして平成11年2月に自宅マンションで頸動脈を切って自殺をしていました。

本人の死刑希望が事件の動機であった事とあまりにも罪の無い多くの児童が犠牲者となったこの附属池田小殺傷事件の主犯の宅間守は死刑確定から1年後の2004年9月14日大阪拘置所で死刑が執行されています。

事件から僅か1年と言う、異例の速さではありましたがこの次男、守の死刑後、事件を通して父親を取材していた男性に宅間守のお参りだけでもさせてくれと言う言葉に

『それは知らん。あのガキの遺骨はドブに捨てられても仕方ないんや』

こう言い放ったそうです。

確かに~とも思えるし、腐っても実の父親何だかもの悲しい気分になるのは気のせいでしょうか・・・

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おわりに

宅間守の起こした罪は決して許される事ではありません。でも死刑を望んで起こした事件の犯人だと考えると死刑制度に激しい疑問を持ってしまいます。こうしたモンスターの場合死は決して最大の罪にはならないだろうと思うと輝かしい将来が期待された犠牲者児童たちのご冥福を祈るばかりです。呪われた男宅間守を変えられる人は居なかったのでしょうか?もはや神のみぞ知る領域だたのかもしれませんね。


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    • 2021年 6月7日

    こいつは生まれてくるべきではない人間の一人だった。無念。

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