井上嘉浩の生い立ち~超高学歴洛南高卒の母の懺悔と家族像

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井上嘉浩アイキャッチ

ついにオウム真理教の教祖麻原彰晃と側近
幹部と言われる井上嘉浩らが死刑執行されて
話題となっています。

オウム真理教の裏部隊トップであったという
井上嘉浩の生い立ちと、超名門高校卒業という
事実、地下鉄サリン事件後の母親の懺悔手記など
について、調べてみました。

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井上嘉浩のオウムの役割アーナンダとして

 
井上嘉浩は、かつて「オウムの申し子」
などと呼ばれていた人物です。
 

高校卒業時に「オウム神仙の会」に入信し
25歳の若さで教団幹部へと昇り詰め、麻原彰晃からは
釈迦を守るため最後まで行動を共にしたという伝説の
聖者「アーナンダ」のホーリーネームを授けられています。

教団内での役割としては、「諜報省」という裏の実行部隊の
トップを務め、盗聴や誘拐襲撃などの裏の面を担っていたようです。

地下鉄サリン事件ではサリンを撒く実行部隊を
取りまとめていたと言われています。
 
そして一方で、検察に一番協力的なオウム関係者
だったと言えます。
 

地下鉄サリン事件の2日前、麻原彰晃らと都内の飲食店で
会食後、他幹部を乗せた車内で、公証役場事務局長拉致を
巡るオウムへの警察の強制捜査を阻止する為に、地下鉄に
サリンを撒くことが提案され、麻原彰晃もそれに同意したと
されています。

この事が麻原彰晃の地下鉄サリン事件への関与の
証拠となりましたが、これを証言したのは井上嘉浩
だけだったといいます。

また、この井上嘉浩の証言が無ければ、麻原彰晃を
有罪とする法的根拠が無かったとも言われています。

その他でも多くのオウム関連裁判で「誰も知らなかった」
内容の証言を多数繰り返し、多くのオウム被告らを、より
重罪へと導いていくことになります。

しかし他オウム被告らとの証言がことごとく食い違っていたため
検察のストーリーに沿った証言をしているだけでは?
等との見方もありました。
 

実際、井上嘉浩は、一審でオウム事件の死刑求刑された
者の中でただ一人、無期懲役の判決を受けています。

しかし結局第二審で死刑判決に変わってしまうのですが
それでも何かの意図があったのでは?

等と穿った見方をする人も居たようです。

井上嘉浩の生い立ち~家族と母の懺悔

 

井上嘉浩は、1969年に京都府で生まれます。
 

幼少期の井上は、ドキュメンタリー番組が好きで
世界の貧困問題や犬の殺処分問題などに関心を
寄せる優しい少年だったそうです。

 
両親は古くからの典型的な家族体系と言えるような
父親が強く母親が従うようなタイプだったようです。

井上嘉浩の父親は普通のサラリーマンであり、母親は
パートしつつ主婦業をこなしていたようです。

しかし父の真面目な性格からか夫婦喧嘩を良く
起こしていたとの事。

 
また井上嘉浩が2歳頃に京都の太秦へ引っ越しますが
この引っ越しが切っ掛けか、母親が次々と病気を患い
育児が出来なくなって精神的に参ってしまい、自殺未遂などを
起こしていたようです。

 
井上嘉浩が幼い頃に引っ越した太秦にはお寺が多くあり
井上嘉浩はお坊さんにお布施をするのが好きという信心深さを
持っていたようです。

これもオウム真理教への入信理由の一つとも言われています。

 
夫婦喧嘩がよくあった、母親が自殺未遂、などと聞けば剣呑な
家庭環境だったように思えるかもしれませんが、母親は息子を
理解しようとしてオウムにも在宅信者として参加したりすることも
あったようです。

しかし地下鉄サリン事件より前に教えに嫌気がさし
参加しなくなったとの事。

 
そして地下鉄サリン事件が起きて、息子井上嘉浩が
逮捕されたことを知った母親は、懺悔とも取れる
手記を発表しています。

「嘉浩の求道心は、母親が幼児期に自殺を図ったことによるものだと指摘され、私は自分のなした浅はかな行為が子供に大きな影響を与えていたことを改めて知り愕然となりました」

「『親以外に頼れる人が居ない幼児期に親に頼れないため、宗教やぶじゅゆに救いを求めた』と教示を受けて頭が真っ白になった」

「息子のオウムへの入信原因は、母親な愚かな行為により次第に膨れ上がったように考えられます」

「被害者の方々に、世間に、そして息子にとって赦されない母親であったことに改めて大きな後悔と責任を感じないわけにはまいりません」
 

等の旨が綴られていました。

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井上嘉浩は超高学歴洛南高卒

 
京都の名門洛南高校に入学し、高校2年の頃に通っていた
空手の道場で練習中、急所を蹴られ、激痛に襲われて
入院したこともあったようです。

その時になかなか引かない痛みを直す試みとして、麻原彰晃の
本を読み何かを唱えていたこともあるとか。

また当時ヨガ教室を開いていたオウムを頼り、体調不良を
直そうとしていたそうです。

体調不良に苦しむたびに、麻原の著書やオウムのヨガ教室等に
従い症状が和らいだ経験を経て、より一層オウムへと傾倒していく
ことになったと考えられます。

当時のオウム真理教には、現在のような悪い犯罪集団的な
イメージが無く、両親も危険性を全く感じていなかったそうです。

高校卒業後は日本文化大学法学部に進学しています。

高校卒業後に出家したようですが、元々は麻原彰晃との
話し合いで大学卒業後に出家予定だったらしいです。

しかし麻原彰晃の指示で大学は中退した模様です。

大学中退とはいえ、高校は偏差値70を超えるような
京都の名門ですし、大学中退の指示も麻原彰晃から
なされたという話ですので、オウム真理教に多い高学歴者の
一人として数えられるのでしょう。

この方もオウムにさえ入信しなければ~180度違った
人生があっただろうと思うと犯した罪は大きすぎますが
宗教の底知れぬ恐ろしさを感じざるえません・・・

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おわりに

オウム事件犯人らの死刑執行については当然の報いと言える事なのでしょうが、死刑にした事でもう明らかにされない事実というのもあるのかな、と考えさせられますね。日本社会への凄惨な被害を考えれば、二度とこんな悲劇が起こらない事を祈るばかりです。


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