中川智正の生い立ち~神童と呼ばれた男の母親がかわいそうの評判

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中川智正アイキャッチ

先日とうとう死刑執行されたオウム事件関連の
犯人の一人、中川智正死刑因。

彼の生い立ちと、その善良で優秀であった学生時代や
高学歴揃いだった死刑因の中でも中川智正の出身大学や
彼を思う家族がかわいそうと話題になった人物の一人です。

最後まで息子を気にかけた母親の話などオウム真理教にさえ
出会わなければ~と思えてしまう中川智正の生い立ちと神童と
呼ばれた男の母親も同時に追ってみようと思います。

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中川智正のオウムの役割とヴァジラ・ティッサとして

 

中川智正のオウム内での役割としては、その職の通り
「医師」であったようです。
 

ホーリーネームは「ヴァジラ・ティッサ」とされています。
 
中川智正が関係したオウム事件としては
 坂本弁護士一家殺人事件、元信者殺人事件、弁護士サリン襲撃事件
松本サリン事件、VX殺人事件及び同未遂2事件、目黒公証役場事務長
拉致監禁事件、地下鉄サリン事件、新宿青酸ガス発生事件、都知事
爆破物郵送事件などなど、本当に多くの事件に関わっています。

基本的に化学兵器製造関係に従事していたようで、有名な
サリン生成にも関わり、サリンやVX等といった兵器の
製造管理を任されていたと言われています。 

中川智正の生い立ち~神童と呼ばれた青年時代

 
中川智正は1962年に岡山県岡山市に生まれます。

 
岡山大学教育学部付属中学から、偏差値66ほどあるという
岡山県立岡山朝日高校、京都府立医科大学医学部医学科へと
進学していきます。

お医者さんという事で、オウム幹部に多い高学歴者の一人ですね。

大学付属中学に入っていることからも、小学生の頃から
勉学に秀でていたのでしょうね。

成績優秀で地元では『神童』とも呼ばれた程の存在だった
ようです。

その中学時代には芸人の水道橋博士さんも
同級生だったようです。
 
地下鉄サリン事件などで中川智正が実名報道された折
水道橋博士さんの元へある電話がかかってきたそうです。

「お前芸能人やってるわけだから、何とか中川を庇ってやってくれ」
 
という旨の連絡であり、それを聞いた水道橋博士さんが

「まさかケツ(中川智正の中学時代のあだ名)がこんな事になるとは」
と言ったとたんに

「失礼な事を言うな!中川智正はケツではない!ボージサットバ・バジラディッサ師だ!」
と怒鳴られたというエピソードもあります。

中川智正と同様に、同級生に他の信者もいたのでしょうね。

世間は狭い…というべきか、類は友を…という事なのか。

さて、中川智正の実家は岡山市内で洋服販売店を
営んでいたそうで、商売を営む両親が多忙なため
兄弟の面倒をよく見ていたという話もあります。

その傍ら優秀な成績を収めていたことを考えても
良くできた努力家だったと考えられます。

 
医師を目指した理由としては、困っている人たちを
助けたいという想いからとのことですが・・・・

大人になってやったことは真逆ですね。

多くの人に対して、困るどころか命を奪う所業を
行う事になりました。

何故そんなまっとうな志から医師を目指したにも
関わらず、あんな凄惨な事件を起こす教団の中核に
居る事になったのでしょうか。

中川智正は、医療にかかわっていく間に
「部分的に患部しかみない」という西洋医学に対する
疑問を抱いたそうで、自身としては人間全体を見る医療に
従事したいと思っていたようです。

そしてオウムでは、そういった医療に関わる事が出来る
ということで魅かれていくことになるのです。

自身がやりたい医療の形が、オウムの中にあったとして
出家を考え、両親に告げますが当然の猛反対を貰います。

しかし反抗期も無かったと言われる穏やかな中川智正が
初めて声を荒げて両親に反抗行動をとったそうです。

そして研修医として1年ほど働いた後、周囲の反対を
押し切り退職。

既に解脱したという看護師だった交際していた
女性と共に出家します。

 
出家後はオウム真理教付属医院が開設され、そこの
医師になりますが、実際には麻原彰晃の主治医として
健康管理などをしていたそうです。

 
そして1995年には自ら申請して医師免許取り消し
処分となっています。

自ら申請と言うのは前例がないとのこと。

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中川智正の母親がかわいそうと言われる理由と評判

出家時に猛反対した母親が、中川智正の死刑判決確定された後に
語った内容と、中川智正が居る東京まで面会の為に足を運んで
いるという姿から「かわいそう」という声もみかけます。

母親が語った内容を少し紹介いたします。

「あの子がいつ、この世からいなくなったとしても当然だと思っています。それしかありませんから、償いは。いえ、そんなことしたって償いにはなりませんけど」

「骨つぼは仏壇に置いておきます。私たちが死んだら遺骨を一緒に入れてもらいたい。長男なのに、生きているときは何もしてくれなかったんだから、あの世で世話してもらおうって」
と語っていました。

また、中川智正は裁判では罪を全面的に認め
涙を流す姿も見られています。

そして麻原彰晃の事は「あれ」と呼ぶなど
最後にはオウムから気持ちも離れていたので
はないかと思われます。

「教えを信じたまま死んでいくのだったら、つらかった。でも、昔に戻ってくれました。だから本当に覚悟しています」
と、母親も語っていました。

そして、2018年7月6日に死刑執行がなされました。

中川氏の母親の胸の内を考えると本当に犯した罪の重さに
負けないくらいの無情さを感じてしまいます。

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おわりに

話からすれば、中川智正はオウムに関わるまでは非常に善良な優秀な人という感じでしたが、最後には「まとも」に戻れたのでしょうか。過ぎてしまった事を「たられば~」などと言っても取り戻すことは誰も出来ませんが、万に一つでオウムと出会う事が無かったら~赤の他人である私でさえもそう思えて仕方無く母親ならばどんな心境なのか?やはり許されざる罪であったのは間違いないですが、何ともモヤっとしてしまいます。こんな多数の凄惨な事件ですので後味悪いのは当たり前なんですが…。もう二度とこんな事件が起こりませんように。


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