広瀬健一の生い立ち~家族構成から見る性格に両親もかわいそう?

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広瀬健一アイキャッチ

地下鉄サリン事件の実行犯の一人である
広瀬健一死刑因。

今月上旬に教祖の麻原彰晃ら側近の7人の
死刑執行が実行された事によってきたるその日
が近いとされる広瀬健一死刑因。

彼は裕福ではないけれど仲の良い家庭で育ち
自身も心優しい青年だったはずが、オウムの
入念な洗脳により凄惨な事件を起こしてしまいます。

優しく優秀だった息子が…と、語る両親もまた広い意味での
オウム真理教の被害者であり両親の想いが可愛そうになって
来るエピソードなど生い立ちから追ってみようと思います。

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広瀬健一のサンジャヤとして~

 

広瀬健一は元オウム真理教幹部で、ホーリーネームは
「サンジャヤ」とされ、省庁制採用後は「科学技術省次官」
の一人として活動していました。

 
他の死刑囚と同じく地下鉄サリン事件直前に正悟師に昇格し
てそのまま地下鉄サリン事件に関与していました。

また、オウム武装化要員のテストケースとして入念な
洗脳を受けたといいます。

 
1990年のオウム幹部が衆議院選出馬したおりに、広瀬も
出馬し落選しています。

 
またロシアで放映されていた教団PR番組にも出演した
事もあったようです。

 
科学技術者として、ボツリヌス菌の培養や、自動小銃の
製造等も担当し、地下鉄サリン事件ではサリン散布の
実行犯の一人となっています。

広瀬健一の生い立ち~仲の良かった家族構成

 

広瀬健一は、1964年に東京都で生まれます。

 
共働きの両親でしたが、夕食は必ず家族で
食卓を囲むなど、絆の強い家庭で育ち、幼少期は
エンジニアになりたいと言っていたそうです。

 
家族構成は両親と妹との四人家族だったようです。

決して裕福では無かったそうですが、進学塾に通わせ
剣道を習わせ、夕食では家族で食卓を囲む、など
仲が良く非常に健全な家庭環境だったと思われます。

広瀬健一の性格と成績も超ヤバい

 

府中市内の小学校に通い、進学塾ではトップクラスの
成績を修め、父の勧めで始めたという剣道では中学3年生の
頃に初段の免状を取得しています。

 
中学時代の教師からも
「面倒見が良く、素晴らしい生徒に出会えた」

 
など、絶賛されており、性格学力共に問題の
ない子だったといいます。

 
高校は、早稲田大学高等学院に進学し、家計を
助けるために自ら率先して高校から大学院にかけての
奨学金を受け、学費ほとんどを自身で工面したといいます。

 
大学は早稲田大学理工学部応用物理学科に進学しますが
この時の学部選択理由からして、気の良い真面目な子だという
印象を受けるものでした。

「技術開発をしてもすぐ新しいものに取って代わられ、商品価値が失われたり軍事転用されたりする。しかし半導体素子のような研究なら、すぐに何かに取って代わられる事もないだろうし、世の中の役に立てるだろう」
 

との理由で応用物理の道に進んだそうです。

…その志のまま進んでいれば…と思ってしまいますね。
 
オウムに出会う前の広瀬健一は、物理専攻で論理的な
考え方をするタイプであったため、宗教はうさん臭く
感じ、ほとんど信じていなかったといいます。

 
物理学者として研究をしていた大学時代に前述したように
素晴らしい発見でも使い捨てされたり、望まぬ転用を
されたりする事へむなしさを感じていた事から、自らの
生きる意味や目標などを求めて様々な書籍を読み漁って
いたそうです。

 
その時に麻原彰晃の著書に出会い、教団の存在を知ったようです。

 
当時は「オウムは危険」等のイメージがなく、単に麻原彰晃の
著書に興味を持っただけだったようです。

しかし教団主催のヨーガ講座などに参加する過程で
徐々に洗脳されていったとのこと。

 
元々信心深かったわけではない広瀬は、入念な洗脳を
受けてしまい、逮捕された後も中々洗脳が解けなかったそうです。
 
地下鉄サリン事件についても

「現代人は悪行を積んでいて苦界に転生するので、命を絶つことで悪行を消滅させ、高い世界に転生させる」
 
という、オウムの教義を信じて事件に関与していたため
その行為も救済だと考え悪い事だという認識も無かったそうです。

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広瀬健一の両親がかわいそう

 

出家する際には、両親は反対していましたが、いくら
反対しても聞かない息子に対して、母も「最後だから」
と赤飯を炊いて送り出してくれたそうです。

 
出家当日にも広瀬は

「自分の思うところで無かったら帰るから」
 
と言い残し出て行ったそうですが、結局逮捕されるまで
帰ることは無かったそうです。

 
逮捕されて警察から両親が呼ばれた時には

「息子がサリンを撒くなんて信じられない、何かの間違いだ」

 
と訴えたそうです。あれだけ優秀だった息子さんですし
両親からの信頼も厚かったのでしょう…。

 
息子健一について、母親のコメントがあります。

「健一は、親にも妹にも優しいいい子でした。高校から大学院と奨学金を取り、アルバイトをして親に負担を掛けまいとしていました」

「息子の裁判で証人台に立った時、弁護士から”どうしてこのような罪を犯すことになったと思いますか”の問いに対して”運が悪かったと思います”と答えてしまいました。このような答えをしてしまったことについて、被害者遺族の皆さんには大変申し訳ないと思っています。本当に運が悪かったのは被害者遺族の皆様なのですから」

「それでも息子が麻原の本と出会ってさえ居なければ、という思いがあって、そんな浅はかな言葉になってしまったのです。被害者遺族の皆様には重ねてお詫びしたいと思います」

と語っています。

学生時代までの広瀬について考えれば、本当に
「麻原の本と出会わなければ」という言葉に
哀しみを感じます。

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おわりに

身近な人に対してだけでなく、世の中の役に立ちたいという気持ちを持っていた優しい青年だった彼が、そのままの道を進んでいてくれたら、きっと素晴らしい成果を残していたのではないでしょうか。オウムの洗脳の恐怖を感じますね…。


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