岡崎一明の生い立ち~親に捨てられ麻原を唯一恐喝した男の面従腹背

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岡崎一明アイキャッチ

オウム真理教の教祖麻原彰晃ら側近の死刑執行が
実行され残る死刑因の6人の中の一人岡崎一明死刑因。

元オウム真理教の古参幹部である岡崎一明は、その
生い立ちに実の両親に捨てられた過去を持ちながら
麻原彰晃を恐喝した事もある唯一の人物と言われる男です。

また彼が自首した時にすぐ自供していれば地下鉄サリン
事件は起こらなかった、など事件に大きく関係している
岡崎一明の生い立ちと麻原彰晃との関係を追ってみよう~

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岡崎一明マハーアングリマーラとしての卑劣な事件

 

岡崎一明は、元オウム真理教の古参幹部で
ホーリーネームは「マハー・アングリマーラ」
とされています。

教団が省庁制を採用する前に脱走しているため
役職はありません。

 
元幹部石井久子に次ぐ2番目の解脱者として
男性弟子では初の大師となっています。

 
事件当時の姓は佐伯で、逮捕当時の姓は岡崎
上告中に養子縁組を行い宮前に改姓したようで
現在の姓は宮前となるようです。

 
岡崎のホーリーネームは、2度に渡り
つけられたようです。

最初は「アングリマーラ」とされていたようです。

最初の授与時、麻原彰晃からは

「お前にホーリーネームを付けないといけないが、そこで用意したのはアングリマーラだ」
 

と言われ、その後新たな解脱段階に進んだ折、麻原彰晃から

「『マハー・ババジ』というホーリーネームに変えても良いと思うがどう思うか?」
 
と問われた際、麻原に任せると答え

「ならばアングリマーラには『マハー』を付けよう。

「『マハー』を付ければマハーケイマ大師(石井久子)と同じ大乗のヨーガを成就するのも早まるだろう」

と、「マハー・アングリマーラ」となったそうです。

 
岡崎が関わったオウム事件として起訴されたのは
男性信者殺害事件と坂本弁護士一家殺害事件です。

 
1989年11月3日の朝、麻原に命令されて他の5人の
実行犯と共に坂本弁護士の住んでいた横浜市のアパートへ
向かい、出勤する坂本を待ち伏せますが、当日が祝日で
あることを忘れており、坂本は家から出てこなかったとのこと。

 
そこで、岡崎が麻原の命令無しにアパートの鍵を調べて
施錠されていなかったことを知り、早川を通して麻原に
知らせると、深夜に家族しかいなかったら
「家族ごと殺害しろ」と命令されます。

 
岡崎がもう一度調べると施錠されておらず、午前3時頃に
坂本一家殺害を遂行します。

その際に岡崎は坂本弁護士を絞殺しました。

 
その後岡崎の自首した事により「坂本弁護士一家殺害事件」
操作での判明より先にオウムの犯行だと分かったために
自首は成立しました。

 
岡崎の自首から事件解決へと向かった形と
報道されますが、弁護士の義父は

「岡崎が居たから事件が解決したのではなく、岡崎が居たから事件が起きた」
 
と語っています。

岡崎一明の生い立ち~実の両親に捨てられて

 

1960年に山口県にて岡崎家の次男として生まれます。

未熟児として生を受けたようです。

誕生からわずか10か月後に、実母が養育放棄で
失踪しています。

次男という事は解っていますが、他の兄弟についての
情報は明らかになっていないようです。

 
残された実父はその1年後、2歳3か月になった岡﨑を
佐伯家へ養子に出して再婚しています。

 
岡崎は、実母が失踪したショックで4歳頃まで
言葉の発達が遅れたといいます。

 
養父母と3人で暮らす家は貧しく、一時期、水道も
無い片田舎に暮らしていたそうです。

 
高校は山口県立小野田工業高等学校に進学し、学費は
奨励金で賄い、色々なアルバイトをやりながらその収入で
身の回りの生活用具を揃え、養父母にタバコ銭も
渡していたといいます。

 
ある土木会社に就職してから、働きながら山口大学の
夜間部に進学しようと願書を用意していたようですが
就職先の社長が入学金を渋り無視する態度をしたため
3か月で辞め、知人の紹介から製造業社へ勤務、その後に
学習教材業者の説明会で「これなら人の為になる」
と入社します。

入社翌月から新人賞を取るなど優秀な営業成績を残し
最年少所長として栄転します。

 
その頃に養母がアルツハイマーを患い、岡崎は
佐伯家の業の深さを感じ取り、先祖のカルマを
断ち切る事を盲信するなど、宗教熱が過熱して
精神世界に関する本などを読み漁ります。

 
優秀な営業成績を収めていましたが、人間不信などから
職を転々とすることになります。

その頃からはヨーガなどにも興味を持ち、様々な
宗教の門をたたくことになります。

しかしどれも信じ切ることが出来ずに居たところ
麻原彰晃の空中浮揚などの記事に出会い、オウム神仙の
会へ直接電話したところ、麻原本人と電話で話し
入信を決意したと言われています。

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岡崎一明の養父と宗教

 

岡崎の養父は小学校も出ていないのか殆ど
読み書きができず、気が荒く家庭内暴力
ふるっていたとの話もあります。

 
中学3年のとき親子喧嘩で養父に
「せっかく息子が勉強してるのに」と言ったところ
「うるさい。お前は息子じゃない。他人からもらった子だ」
と言われ一明が実子でないことを打ち明けられたようです。

岡崎は「こんな貧しい家より孤児院のほうがましだ」
と思ったといいます。

 
養母は宗教遍歴があり、津和野稲荷の信者で
あったようです。

また養父も創価学会に入信し、岡崎は5歳の頃から、毎朝
手を合わせていたようです。

富士宮市の総本山大石寺には2度連れられて
いったことがあるともいいます。

 
岡崎は幼少の頃から人のオーラが分かり、見えていたそうで
空気中のプラーナを追ってはしゃぐ事もあったとか。

 
小学校に上がる前、養母から「死」「魂」について
教えられたそうですが、当時はピンと来なかったが、その
後田んぼの畦道を歩いている時、突然「死」の恐怖に
襲われて立ちすくんでしまい、

「自分が、死んで無くなるとは、今、思う心や意識まで、この世から消えてしまうのか。」
 
と、自身が消えてしまう事に多大な恐怖を感じたのだとか。

この頃から養父母は丹沢麓に在る口寄せの寺を訪ね
地蔵菩薩を信仰するようになったそうです。

 
成人してからの岡崎が宗教へ傾倒していったのは、幼少期に
受けた養父母からの影響もあったと考えられますね。

岡崎一明は麻原を恐喝する面従腹背の一面も

 

岡崎は1988年、ある席で石井久子を叱責したことがあり
それが麻原の耳に入り、遺書を書かされるという罰を
受けた事があるそうです。

 
その時に「使い捨てにされる」と危惧した岡崎は、1990年
オウムが選挙に立候補している最中、教団の現金や預金通帳
合わせて3億円を持って脱走を図ります。

これはさすがに奪還されるますが、同時に神奈川県警に
匿名で坂本弁護士の長男龍彦ちゃんの遺体埋葬場所を
示した地図を送っていました。

そこから遺体は出なかったものの、これが岡崎の手に
よるものだと気付いた県警に聴取されることになりますが
否定を続けていました。

その一方で、麻原彰晃に「ばらすぞ」と恐喝し
830万円を手にしています。

 
その後は、郷里山口県で学習塾を経営しながら
沈黙を続けました。

 
教団の「車両省大臣」だった野田成人は

「彼は教団時代からどこかしら計算高い男でした」

「面従腹背で、麻原の顔写真の入ったポスターを平然と尻に敷いて座っていた」

「だから3億円持って逃げたと聞いたときも驚かなかった」

などと語っています。

 
脱走時点で岡崎が「自首」し、オウムに捜査が入っていれば
後のサリン事件は起こらなかったと見られます。

しかし、彼が一連の経緯を警察に話し、坂本弁護士の
事件が解明に向かうのは、5年後の1995年3月、地下鉄
サリン事件が起きた後のことでした。

 
後のインタビューで記者から「なぜ早く自首しなかったのか」
と問われると

「“麻原から後で電話が来て、お前が何を言ってもこっちは否定するから信用されないぞ”と。妻や学習塾の子どものことを考えると出来なかった」

 
と語っています。

この身勝手とも思える言い分は、もちろん
裁判でも糾弾されました。

「本人は当初、自首したから極刑は免れると思っていたのです。しかし、そうはいかなかった」
 
と、同記者が語っています。
 

また裁判でも自首の成立は認めたが

「報道を通じて遺族の悲痛な姿を知りながら、長期間自首しなかった事実は、責任を減少させるにはほど遠く、減刑は相当ではない」
 
と減刑要求を退けることとなりました。
 
結果、オウム死刑囚13人の中で、死刑確定したのは
13人中一番早かったようです。

 
死刑確定第1号ですが、岡崎は常々麻原より先に
執行されたくないと言っていたようです。

 
その希望通り、麻原彰晃が先に執行されましたが
岡崎の現在の心中はどうなのでしょうね。

噂では今月中に残るオウム関係者の死刑が執行される
のでは~と言われているだけに戦々恐々と言った所でしょうか・・・

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おわりに

 それにしても不幸な生い立ちを背負っていたことを許容しても有り余る彼の蛮行は誰もが止める事が出来なかったでしょうか?実の両親に捨てられ決して裕福でもなく愛情たっぷりで育ててくれたわけでもない養父らの対応が違ったら?タラればを語りだしたらキリがない岡崎の人生の歯車は誕生から狂っていたのかもしれません。坂本弁護士の事件の時、すぐに本心から自首して居れば地下鉄サリン事件が起こらなかった可能性が高いというのが、ショックというか残念ですね…。こんな人に期待する方が間違っているとは思いますが…。ご冥福を祈るばかりです。


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