田原仁の生い立ち~母親が高校前に手放した理由や東村山後の足取り

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田原仁アイキャッチ

幼児虐待での小4死亡事件当時の、対応の是非が
問われている児相関係者から、またも凄惨な
事件が起きてしまいました。

事件の容疑者となったのは田原仁容疑者(22歳)

高校生からの3年間殺害現場となった「若草寮」
の入所者だったそうです。

母子家庭で母親が居ながら若草寮に入所しなければ
いかなかった理由やその生い立ちにはどんな背景が
あるのでしょう。

手厚く面倒を見る事で知られる若草寮を出た後の
東村山での異様な奇行や事件までの足取りを
追いかけてみました。

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田原仁の施設長刺殺事件とは

2019年2月に起こった東京都渋谷区の児童養護施設
「若草寮」施設長刺殺事件。

犯人は元入所者の田原仁容疑者(22歳)だとして
世間を騒然とさせた事件となりました。

東京都渋谷区の児童養護施設「若草寮」の施設長、大森信也さん(46)が刺殺された事件で、元入所者の田原仁容疑者(22)=殺人未遂容疑で逮捕=が「他の職員も刺す予定だった」などと述べていることが警視庁への取材でわかった。同庁は田原容疑者が施設職員を無差別に襲おうとしていた疑いがあるとみている。27日午前、田原容疑者を殺人容疑で送検した。
代々木署によると、田原容疑者は施設の玄関から入り、そのまま施設長室に侵入。「(大森さんから)声をかけられたが、黙って刺し続けた。首や心臓を狙った」などと述べているという。司法解剖の結果、大森さんの首や背中などに十数カ所の刺し傷や切り傷が確認された。死因は失血死とみられるという。署は田原容疑者が強い殺意をもって襲ったとみている。
yahoo.:引用

元「若草寮」の同僚ら被害者となった施設長の大森氏
を良く知る人物は、大森施設長の人柄と田原仁との関係
から今回の事件にかなり驚愕されているそうです。

とても評判の良い温かみある人柄で知られる施設長だった
そうです。

田原仁プロフィール

「若草寮」の施設長、大森信也さんを刺殺した
田原仁(たはら ひとし)容疑者。

「施設関係者なら誰でもよかった」と供述。

事件当初の田原仁容疑者は、住所不明・職業不詳
逮捕時の年齢は22歳ということしかわかりませんでした。

そしてわかっているのは、今回刺殺された被害者の
大森信也さんが施設長を務めていた児童養護施設
「若草寮」の元入居者であることです。

2012年に田原仁容疑者は児童養護施設「若草寮」に入所。

2015年までの3年間の期間を児童養護施設「若草寮」で
過ごしていたそうです。

この高校時代の田原仁を知る、同級生曰く彼は
ゲームが好きだったようで

『常にゲームをしていた。授業中も先生の目を盗んでゲームをしていた』

という程ゲームに熱中していたようで、他には特段
これといった特徴のある学生ではなかったようです。

児童養護施設は基本的に18歳までという施設が
多いのですが、児童養護施設「若草寮」は高校卒業後の
進学も斡旋してくれると言います。

児童養護施設「若草寮」を知る方々からの評判も良く
事件の被害にあってしまった理由が不明確です。

退寮後の田原仁容疑者は児童養護施設からの
サポートで就職。

児童養護施設が保証人を引き受けて賃貸アパート
契約を済ませ、東村山市で一人暮らしをしていました。

田原仁の生い立ち~母親との別れは15歳?

田原仁容疑者は児童養護施設「若草寮」の元入居者で
あると報道されていますが、実はその期間は3年間。

2012年に入所、2015年に退寮しています。

15歳から18歳までという、児童養護施設入居者にしては
短い印象を受ける期間です。

2012年までは田原仁容疑者は実の母親の元で
生活していました。

死別か離婚歴があるのかまでは情報はないものの
父親はおらず、シングルマザーという環境で育ちます。

ではなぜ田原仁容疑者が児童養護施設で生活することに
なったのでしょう。

その理由は明確ではありませんが、まずは母親との
不仲が囁かれています。

児童養護施設入所ということは、虐待やネグレクトなどの
可能性も十分にありえることです。

そして、母親が結婚するにあたり、田原仁容疑者を
育てることが困難であった可能性も。

またそうした家庭環境の影響からか、田原仁容疑者が
精神的にも不安定だったことも母親がいながらも自らの
手から手放した原因になったのかもしれません。

それにしても、このような事件を起こした息子を
彼の母親は今何を想っているのでしょう・・・

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田原仁の東村山での荒れた生活とその後

田原仁容疑者は18歳で児童養護施設「若草寮」
を出た後、18歳で児童養護施設を出て郵便局関係
仕事に就くことになります。

児童養護施設を出るにあたり、田原仁容疑者は
東京都東村山市の賃貸アパートを契約する必要が
あったわけですが、賃貸アパート契約の保証人は
児童養護施設が引き受けました。

しかし、その東村山での暮らしは穏やかでは
ありませんでした。

郵便局関係の仕事に就いた1ヶ月後、田原仁容疑者は
仕事を辞めてしまいます。

この郵便局関係の仕事は児童養護施設の紹介で
就職したということもわかっています。

そして、荒れた生活と報じられている理由は
プライベートにも。

まずは2018年9月には家賃滞納で賃貸アパートを退去

無職という状態で、家賃を払うことができない状態が
続いてしまった可能性があります。

そしてアパート退去前にはなんと、自宅アパートで
奇声を発したり、壁を殴りつけるなどの問題行動が
目立つようになっていました。

賃貸アパートの壁を破壊することになるこの問題行動は
大家から保証人である児童養護施設に連絡が行くことになり
児童養護施設は警察に通報。

壁にはハンマーのようなモノで無数の穴が空いていた
とも言われ、この頃から田原仁は錯乱状態に陥っていた
ようでナイフも所持していたので、施設関係者が警察に
通報して保護されるなどの経緯もあったそうです。

地元の東村山署に一時保護されていた時から、田原仁の
精神状態の異常な状況は誰もが分かる状態だったかと
思うと何とか彼を保護することはできなかったのでしょうか。

その後、保護から解放された田原仁容疑者は賃貸アパート
退去後はJR大宮駅付近のネットカフェを転々として
過ごしていたと供述。

施設長刺殺後逮捕された当時の田原仁の供述は

「ストーカーされていた」との事。

所持金は数百円だったそうです。

凶器となった施設長殺害に使用したナイフは100均で
購入して犯行に及んだようです。

どう考えても、普通ではない精神状態の田原仁を警察が
一時保護した時に適切な対処をしていたら~と思うと
被害者となった施設長の大森信也さん殺害は免れたのでは
と思うと悔やまれるばかりです。

既に壊れていたであろう、田原仁を誰も止める事
が出来なかった児相や警察介入の限界に闇を感じます。

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おわりに

今回は児童養護施設「若草寮」の施設長刺殺事件の容疑者である田原仁容疑者の生い立ちに注目してみました。
お世話になった児童養護施設の関係者を狙った今回の事件。
動機は逆恨みである可能性が高いですが、精神的に不安定だったということもあり、詳しい真相は明らかではありません。被害者となった施設長の大森信也さんの人となりがとても評判が良いだけに、このような結果になった事が残念で仕方ありません。何が彼をそうさせたのか?
精神的に不安定な状態だったのは否めないにしても、22歳の田原仁を誰も止める事が出来なかった事に、今後の児相の課題にもなりそうです。
犠牲となった施設長の大森信也さんのご冥福を祈りつつ、このような凄惨な事件が二度と起こらない事を祈るばかりです。


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