織原城二の生い立ち~ルーシーブラックマン殺害と犯歴が鬼畜の仕業

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織原城二アイキャッチ

ルーシーブラックマン殺害事件は六本木で
ホステスとして働いていたルーシーブラックマンさん
(当時21歳)が強姦された上に殺害されるという
鬼畜極まりない事件です。

ここでは被疑者である織原城二(おばら じょうじ)の
生い立ちから事件の詳細まで迫っていきたいと思います。

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織原城二のルーシーブラックマン殺害事件

2007年7月1日元英国航空乗務員でホステスとして
六本木で働いていたルーシーブラックマンさん
(当時21歳)彼女が友人に連絡後に行方不明になった。

ルーシーブラックマン
3日には男から彼女の友人に電話があり不審に思った
友人が警察に捜索願を出した。

彼女が失踪した直後の7月5日頃、被疑者がこのマンションを
訪れて管理人とトラブルになったり、スコップを持って
海岸を歩いているのが目撃されていた。

8月22日ルーシーさんの妹が記事会見し一万ポンド
[当時160万円]の懸賞金を掛けて有力情報の呼び掛けを行った。

9月下旬には警視庁捜査一課と麻布警察署が被害者が
勤めていたクラブの常連客で不動産管理会社社長の
男を捜査していることが明らかになった。

また彼女の周辺で新たに外国人女性二人が行方不明に
なっていることが発覚した。

10月12日別件の準強制わいせつ容疑で被疑者の
織原城二が逮捕。

後日神奈川県三浦市内の所有するマンションの一室や
モーターボード付近の海岸などを警察が捜索した。

11月17日同容疑者が再逮捕させた。東京地検は同日
ルーシーさんに対する準強姦罪の疑いで被疑者の男を
東京地裁に起訴した。

警視庁はDNA鑑定の為ルーシーさんの家族に毛髪の
提供を要請した。

2001年1月26日 オーストラリア人女性に対する
強姦致死容疑で再逮捕された。

同年2月には被疑者のマンションから近い三浦市内の
海岸にある洞窟内の、地面に埋められた浴槽内で
遺体がバラバラに切断された状態で見つかった。     
[Wikipedia:引用]

この事件の容疑者となり、後に逮捕されるのが今回の
織原城二が一人起こした犯行として、その異様な人物像と
背景が後に話題となる。

織原城二の生い立ち~在日二世として

ルーシーブラックマン殺害事件はその残酷な犯行から
瞬く間に世間を轟かしました。

織原はこの事件以外にも何の罪もない10人の女性を
屈辱しその内ブラックマンさん含め二人の女性を
殺害しました。

織原が何故このような惨残な事件を引き起こしたのか
その生い立ちから考えていきたいと思います。

織原は1952年に大阪で生まれ裕福な在日韓国人の
父親の元で二人の兄弟と共に育てられました。
在日

韓国名を金聖鐘(キム スンジョン)と言います。
織原城二は日本名との事ですが、織原と言う日本名は
在日の方には珍しい苗字ではないでしょうか・・・

彼の父親はタクシー会社・パチンコ屋・駐車場等を
経営する資産家で、慶応義塾高校入学時には息子の
為に田園調布に一軒家を与えています。

完全なる在日朝鮮人の中でも彼の父親は成功者
だったことが分かります。

そしてこの頃から1995年までの間に多くの女性に
性的暴行を行いました。

織原が記録したノートによると209人もの
女性が被害者になっています。

高校卒業後は駒沢大学に入学した後3年間は
海外遊学を経験し、慶応義塾大学の政治学科と
法律学科を卒業します。

この時既に17歳当時他界した父親から莫大な
遺産を相続しています。

そして織原自身も30代以降に事業で成功し40億にも
なる資産を手にしますが、1999年頃に事業で失敗し
多額の負債を抱えます。

そして2000年にルーシーブラックマン殺害事件で
逮捕されます。

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織原城二の強姦歴がまさに鬼畜の仕業

この人物を語る上で気になるのは性犯罪の
異常な多さです。

織原はルーシーブラックマン殺害事件以外に
強姦200件以上にもなる性犯罪をしています。

現時点で分かっている情報によると既に高校
在学中から織原の犯行は始まっています。

前述した生い立ちの部分で触れましたが、1969年
から1995年までの間に209人もの女性に性的暴行
したとあります。

更に2000年以前にも女子トイレの盗撮等の性犯罪
行ったことも確認されています。

織原城二という人物を語る上でこの異常な犯罪歴の
多さは切っても切り離せません。

そして織原の犯行はアルコールや睡眠薬で昏睡させた
上でビデオで撮影する
という悪辣極まりない方法で
行っています。

彼は[異常なプレイ]が好きでこうして強制的に
眠らせた上、様々な器具を使用し好き勝手に
女性を暴行します。

更にその様子をビデオ撮影するということは、常人の
所行ではなく精神的に何らかの劣等感を持っていた
可能性もあります。

在日朝鮮人とはいえ日本で生まれ育った織原、彼が
性犯罪から殺人まで引き起こす原因を過去の経歴から
探すのは非常に難しいです。

織原の性犯罪記録ノートは高校在学中からあるので
悪辣な人物が出来上がる切っ掛けとなったのはこれ
以前ということになります。

何不自由の無い成功者の両親の元、ぬくぬくと育った
織原ですが、異常なまでの性的思考は抑える事は
出来なかったようです・・・

金があっただけに、女性が誘惑されやすい環境を持って
いた事が更にたちが悪いと言えるでしょう・・・

織原城二の現在は?

織原は2010年12月に無期懲役が確定してから
懲役刑に服しています。

この判決が確定するまで約6年にも及ぶ長期裁判の
期間中公判は60回も開かれていたそうです。

それだけ裁判か難航したのは今回挙げたルーシーさん
殺害事件です。

織原の犯行とされた他の性犯罪は犯行の様子がビデオに
撮られていたり[性犯罪ノート]の記録等から特定される
のに時間がかかりませんでした。

またバラバラ殺人と言われていた通り遺体の損壊が
激しく死因の断定が難しいこと、事件発生から捜査の
遅れが目立ったことも挙げられます。

遺体が発見されたのは行方不明になってから9ヵ月も
経っていたというのだから驚きです。

そんなこともあり東京地裁の判決で本件については
無罪という到底納得出来ない結果になりました。

その後は犯行に使ったと見られる物の購入履歴や
パソコン記録等から続く東京高裁と最高裁では無期懲役が
確定しました。

無期懲役となった後は千葉刑務所に服役していますが
無期懲役には仮釈放の制度もある為一定条件を満たせば
社会に復帰する可能性もあります。

もしそうなった場合織原自身が犯した罪の重さを
忘れず再犯をしないと断定出来るか甚だ疑問です。

仮に今後更正していくにせよ多くの女性を暴行し
2名を死に至らしめた罪は消えません。

そう考えると無期懲役では甘過ぎるという声も
挙がっており、無期懲役制度の抜け穴について
考える余地があるかもしれません。

現在、平成最後の2019年の今66歳となった織原城二は
塀の中で何を想っているのでしょう・・・

無期懲役の制度を本気で考え直してほしいと願う
ばかりですね。

恩赦とかで、少しでも出てくる可能性があるのは
困ります。

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まとめ

織原が何故このような残酷な事件を起こしたのか詳しい理由は分かっていません。ですが移民の親を持ち高学歴で資産家という異色の経歴のどこかで歯車が狂い始めたのは確かだと思います。とにかく異常者織原城二の被害者となったルーシーさんはじめ二人の犠牲者のご冥福を祈るばかりです。


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