小林竜司の生い立ち~父の虐待とイジメに死刑執行の今と母親の慟哭

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小林竜司アイキャッチ

東大阪集団暴行殺人事件の主犯格として死刑執行が
決定している主犯格の小林竜司。

同じく無期懲役の刑が確定している広畑智規らと
組んで引き起こした当時21歳の若者が起こした友人
同時の暴行からの殺人事件。

ここでは主犯となった小林竜司の生い立ちから
子供の頃に父親から受けた虐待母親への想いなど
死刑が確定した現在までを追ってみようと思います。

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小林竜司の東大阪暴行殺人事件とは

2006年6月19日に発生して集団リンチの主犯格と
して死刑判決を受けた小林竜司。

岡山県で起きた東大阪集団暴行殺人事件は同じく
岡山県出身の小林竜司(21歳)と広畑智規(21歳)らが中心となり
実行しました。

その犯行は極めて残酷でマスコミ各社はこの事件の
内容を大々的に報道します。

藤本翔
哲也岩上
事件の被害者は藤本翔士(21歳)と岩上哲也(21歳)
という人物で元々サッカーサークルのメンバーで二人は
友人関係にありました。

一人は東大阪大学の学生です。

実はこの二人は2006年に起きた集団リンチ事件の
加害者のうちの二人となっています。

徳光優太
佐藤勇気
この時の被害者は東大阪集団暴行殺人事件の
加害者である徳満優多と佐藤勇樹です。

因みに佐藤はこの事件で一人死刑宣告された
小林竜司の中学時代の友人でした。

後で詳しい情報を記載しますが、最初のきっかけは
徳満と藤本の間で女性を巡るトラブルがありました。

藤本の交際していた18歳の女性を気に入って
しまった徳満が後から割り込む形で友人だった
藤本の彼女に手を出したのが二人の最初のトラブル
の原因です。

それが言葉では解決出来ないぐらい激しくなった時
藤本らは仲間を集めそれはもう執拗に徳満らを何度も
暴行しています。

更に暴行して殴っただけでは収まらず暴力団が後ろに
いると脅し、二人から現金を奪い最後に50万円の支払いも
要求します。

その要求に困り果てた二人は佐藤の中学時代の友人で
ある小林と同じく実行犯の広畑に相談します。

二人に協力することになると早速金銭を渡すと嘘の連絡をし
土地勘のある岡山に復讐相手である二人を呼び寄せることに
なりました。

そして小林らの罠にはまった藤本と岩上は激しく
暴行され順次命乞いする二人を無慈悲にも生き埋め
にしたのです。

そもそもなんでこんな悲惨な事件が起こったかと
いうと、藤本と徳満の間で起こった女性がらみの
いざこざでした。

二人は元々友人関係にあったのですが、ある女性を
巡り二人の関係は悪化します。

この女性の彼氏は藤本ですが、そうと知りつつ一目惚れ
した徳満は彼女を積極的に誘い口説き続けたといいます。

そして彼女も度重なる徳満の熱烈な誘いに満更でもない
気持ちになり、結局は最後彼氏だった藤本から徳満への
乗り換えと言う藤本にとっては耐えがたい結果を選びます。

彼女が他の男になびいてしまった怒りは、積極的に
誘った徳満にいくことに・・・。

このことがきっかけで友人だった二人には大きな
溝が出来ます。

そして集団リンチから殺人事件にまで発展する
事態となりました。

事件に関与した主犯格として小林竜司は一審・二審
ともに死刑判決、徳満優多は懲役11年、佐藤勇樹は
懲役8年、広畑智規は無期懲役となっています。

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小林竜司の生い立ち~父からの虐待と学校でのイジメ

友人徳満の頼みとは言え、復讐相手の藤本らを
執拗に暴行し生き埋めにするという悪徳非道な
行為をした小林竜司という人物。

彼の生い立ちはそれは過酷なものでした。

岡山県出身の小林竜司は1984年生まれの事件当時は
被害者や加害者らと同年の21歳でした。

小林竜司が幼少期の頃からギャンブルばかりして気が
荒れている父親に叩かれたり殴られたりと酷い暴行を
受け、弟達の世話まで押し付けられていました。

これだけ見ると子供に対して全く愛がなく厳しい
父親だというのが分かりますね。

父親からの暴行に必死に耐えていた彼ですが、実は
小中学校でもいじめの標的とされています。

いじめられるきっかけとなったのは小学校で
うんちを漏らしてしまったことだという小林。

子供同士という狭い世界ではちょっとした失敗に
寛容になれなかったりもします。

そして大人になるにつれて身体的ないじめを克服
するのは、現代社会ではなかなか難しいものだと
思います。

父親からは度重なる暴行を受けた小林ですが、母親
思いの良い息子だったという情報もあります。

事件後は母親に自らの犯行を打ち明け警察へ一緒に
出頭しています。

父親の愛情は受けられなくても苦労した母親に対しての
想いはひとしおで父親とは違う感情を持っていたのでしょう。

小林竜司は逮捕される前の母親へのメールで事件を打ち明け
『お母さんの子供で幸せでした』

また警察に同伴する車の中の母親にこうも言っています。

「死刑にならんかったら出てこれるから。長生きしてな。」

タカが外れての若さと勢いが、このような悲惨な事件を
起こすきっかけとなりましたが、何故誰か一人でも、この
事態を止めようとしなかったのか・・・

若さ故の狂気の沙汰とはこの事ではないでしょうか・・・

事件にかかわった被害者、加害者共に21歳と言う
若者が起こした悲惨過ぎる事件と言えるでしょう。

小林竜司の死刑執行決定

小林竜司の過酷な生い立ちから、事件後の反省を
踏まえると、多少の情状酌量の余地はあるという
意見もあったそうです。

それでも二人の被害者を大人数で囲み抵抗出来なく
なっても執拗に暴行を続け、最後は生き埋めにする
という残虐非道な行為をしたことは許されることでは
ありません。

1審2審共に死刑判決を受けた小林は最高裁に上告
しますが、友人の敵討ちとはいえ計画性の高く残忍な
犯行から死刑判決が確定しました。

広畑
また同じく東大阪集団暴行殺人事件を計画した広畑
にも無期懲役という重い判決が下されます。

確かにこのような事件を引き起こした犯人ですから
切れると手がつけられない怖さはあります。

但し酷いいじめにあった中学時代に仲良くなった
友人を助けたことから、困っている友人のことは
放っておけない義理堅く人情味のある性格であるとも
言えます。

小林竜司の中では佐藤という人物がどれだけ大きな
存在だったのか・・・と思いつつも・・・

暴行殺人を犯してまで守りたい大切な友人だったのか?

死刑判決を受けてからの彼は大阪拘置所の冷たい堀の
中に居ます。

彼の脳裏には何が浮かんでいるのでしょうか?

二人の若い命を奪ってしまった後悔かそれとも
親友の敵討ちが出来た満足感か・・・。

現在事件当時の21歳から19年4月時点で34歳となった
小林竜司は塀の中で何を思うのでしょう・・・

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小林竜司の母親の今が慟哭

母親思いの小林竜司は事件後二人を暴行し
生き埋めにしたことを母親に打ち明けます。

そして母親は彼に警察に出頭するように説得し
最終的には二人で一緒に出頭することになります。

情報によるとギャンブル依存症の父親から
母親もかなり暴行されて苦労していたそうです。

詳しくは分かりませんが息子を暴行する父親を
必死に止めたのかもしれません。

過去に受けたいじめや暴行によって小林は暴力的な
人物になった可能性もありますが、自分を思ってくれる
母親を大切にしていたんではないでしょうか。

そんな優しい母親ですが現在の情報は
分かっていません。

現在でも時たま話題になるほどの事件ですから
家族は目立たないように暮らしているはずです。

母親は裁判の中で貧しく苦しい生活の中でも
被害者への賠償金を少しずつ貯めていると
発言しています。

息子の死刑が確定した今でもお腹を痛めて生んだ
息子を思って生活していることが想像出来ます。

おわりに

小林竜司の生い立ちを振り返ると過酷な生い立ちや、それによって生じたであろう、学校でのイジメ問題など幸薄な生い立ちを強いられた事に違いはありません。でもだからこそ、何故負の連鎖を止められなかったのか?自らも力で気に入らないモノを叩き潰す方法を選んでしまったのか。どれ程苛酷な生い立ちを背負っても、だからこそ違う人生を必死で選び生きていく人も存在しているだろうと想像すると、やはり決して許されることではない事件だったという他ありません。ですが、何より彼自身と小林竜司の母親の今後も続くだろう人生を考えるといたたまれない気持ちで胸が詰まる思いです。母親想いの小林の心情には若干人間らしさが感じられたから尚更ひとしおです。


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