服部純也の生い立ち~三島女子短大生焼殺事件の死刑執行までの鬼畜の仕業

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服部純也アイキャッチ

今でも死刑執行制度に賛否両論の意見がある中
死刑でも物足りないのではないか?と考えてしまう
程残忍な事件を起こした人物として服部純也元死刑因
と言う男がいました。

彼が起こした鬼畜の仕業とも思える事件は2002年
1月22日に起きた三島女子短大生焼殺事件の犯人でした。

服部純也の生い立ちや死刑因となるまで、の経歴や
犯歴も含めてこの事件の主犯で既に死刑執行された
服部純也の半生を追ってみようと思います。

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服部純也の三島女子短大生殺傷事件の驚愕の内容

2002年1月23日静岡県三島市川原ヵ谷にある
工事現場で起こった殺人事件

「通称三島女子短大生殺傷事件」の犯人が
服部純也当時(30歳)です。

彼はナンパ目的で誘った女性に断られた為、強引に
連れ去り最終的には全身に灯油をかけ火を付けて
焼き殺すという残忍な犯行を行います。

三島女子短大生殺傷事件とは上智短大生山根佐知子
さん(19歳)がアルバイトの帰り道に突然行方不明になり
三島市内にある工事現場で焼死体となって発見された
事件です。

遺体には灯油をかけた上で火を付けた痕跡が
あったことから、極めて残酷な手口で犯行を
行ったことが分かります。

事件後静岡県警は犯人に繋がるあらゆる証拠を
探しました。

そして現場の遺留品から犯人のDNAが見つかり
2002年7月23日服部純也というが逮捕されました。

当時山根さんが乗っていた自転車は同県沼津市
にある狩野川という場所で見つかりました。

犯人の犯行動機は非常に身勝手なもので、ナンパ
目的で誘った山根さんに断られたことが気に触り
性暴行して犯行に及んだと言います。

誘いを断られた彼はそのまま諦めることはなく
山根さんを強引にワゴン車の中に押し込みます。

当然彼女は嫌がり抵抗しますが力及ばず
強姦されてしまいます。

強姦という罪を犯した服部はそのまま彼女を
解放せず、翌日午後2時半頃まで車に閉じ込めた
まま連れ回したそうです。

そして三島市内にある工事現場まで行くと、彼女の
全身に灯油をかけ火を付けて殺害します。

被害者の殺害にまで及んだのは目的を達した後
足手まといになった彼女を消す為だったそうです。

警察への発覚を恐れてだというのもありますが、当時
覚せい剤の常習犯だった服部は早く打ちたいという
気持ちがあったと供述しています。

薬物依存の影響もあるとはいえ、生きたままの人間を
自分の欲求だけの為に身勝手に性暴行して覚せい剤を
打ちたいの欲求から灯油をかけ焼死させたという残忍
な行為はまさに鬼畜の仕業。

どう考えても、同じ人がした行為とは思えません・・・

僅か19歳の罪の無い少女を生きたままです・・・

服部純也の生い立ち~

1972年2月21日生まれの服部純也は静岡県三島市
で誕生する。

家庭環境は決して裕福とは言えず、貧困家庭で
育ったという情報があります。

低収入な上に4人兄弟だったそうですから、家の中は
火の車でとても家族全員が満足した生活を送れる
状況ではなかったことか推察出来ます。

お金が無くても愛情さえあれば何とかなるという
話もありますが、実際はお金に余裕がなければ
子供に沢山の愛情と生活環境を提供出来る余裕は
なかなかありません。

ですので服部は貧しく親の愛情が得られない環境に
長い間身を置き、少しずつ善良な人間としての
性格が失われていったようです。

最初は苦労してでも一緒に乗り越えていこうという
気持ちがあったかもしれませんが、家族からお金を
盗む等軽度な犯罪を犯すうちに犯罪をすることに
歯止めが効かなくなります。

この時から窃盗を繰り返すことで生活するように
なった彼。

ある時彼の部屋からバイクの部品が見つかった
ことで少年院にも収監されることに・・・。

そして少年院から退院した後も窃盗が辞められ
なかった彼、どういった経歴からなのかは
分かりませんがとある女性と結婚します。

更に二人の子宝に恵まれますがきちんとした
仕事には就いていなかったのでしょうか、その後も
窃盗が辞められず1999年には離婚することになります。

ところが離婚したはずの女性とは2001年4月頃関係を
修復し同棲関係になっていたようです。

犯罪を生活の糧にしていた服部と結婚していた女性。

一体どんな女性なのか気になりますが確かな情報は
見つかりませんでした。

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服部純也の死刑執行までの犯歴

前述した通り長年に渡り窃盗を繰り返してきた
服部純也ですが、彼の犯歴を見ると更に重大な
犯罪をしていることが分かります。

窃盗で少年院にまで収監されたにも関わらず
窃盗行為が辞められない彼はその後も繰り返し
行います。

更に1995年には強盗致傷事件を引き起こし懲役
4年6ヵ月の刑に服しました。

実は三島女子短大生殺傷事件を起こした2日後
あった当て逃げ事件の犯人でもあります。

2月28日には無免許運転及び覚せい剤取り締まり
法違反でも逮捕されました。

服部は罪を犯し何度罰せられても、釈放後はまた
犯罪行為を繰り返します。

子供時代の辛い教訓から犯罪に対して躊躇が
なくなっていた可能性もありますが、犯罪を
やることでスリルや爽快感を得ていたかもしれません。

恐らく仮に三島事件を起こさなかったにしても、服部の
性格から考えると別の凶悪事件を引き起こしていた
可能性が高いですね。

服部純也の死刑執行の異例の早さの理由

抵抗する女性を無理矢理強姦し発覚を恐れた事と
覚せい剤を早く打ちたかったという信じがたい
欲求から、被害者となった19歳の女子大生に
生きたまま火を付けて殺害した服部。

この残忍な犯行もそうですが自分勝手な理由から
犯行を実行したことから死刑判決が確定します。

遺族からは反省の態度が見えないと言われていた
だけでなく、自己保身の発言も見られた為死刑という
重い判決が下されました。

裁判では謝罪をしていた服部ですが、それは恐ら
く自分の罪を軽くする為にした[とりあえずの謝罪]
なのでしょう。

理由としては過去に行った数々の犯罪行為は
繰り返し行われたものであり、例え罪が軽く
なってもまた重大な犯罪を起こす可能性が
極めて高いからです。

世間てから見てもこのような惨たらしい事件の
犯人には同情の声は少なく、死刑執行には賛成派が
多かったようです。

そして2008年に死刑が確定された後2012年8月3日に
死刑が執行されることになります。

死刑執行の異例の早さに世間でも注目が集まります。

それだけ服部の都合を優先した身勝手で残忍な
事件だったということでしょう。

事件当時30歳だった服部純也は事件から6年後の
2008年に死刑確定となり2012年の40歳で死刑執行
となりました。

異例の速さは彼の行った事件の壮絶さを物語りますが
被害者遺族からしてみたら、死刑であっても被害者女性の
無念と想像を絶する恐怖を考えた時、死刑だけでも物足りない
事件だと言えるでしょう。

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おわりに

生まれながらの犯罪者はいないにしても、子供時代の劣悪な環境が人をこうも変えるのは恐ろしいものがあります。とは言えどれ程苛酷な生い立ちにあっても、だからこそ自分で人生を立て直す人も絶対数見えるなか、どうしても人の皮を被ったモンスターが育ってしまうのも致し方無い事なのでしょうか?そう考えると親の愛情や教育がどれだけ大切かが分かりますね。被害者女性のご冥福を祈るばかりです。


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