山地悠紀夫の生い立ち~大阪姉妹殺害事件と母殺害の短すぎた生涯

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山地悠紀夫アイキャッチ

イケメン殺人犯として話題となった山地悠紀夫は
山口県母親殺害事件と大阪姉妹殺害事件という
2つの殺害事件で逮捕され死刑となりました。

その生い立ちや人物についても大きな話題を集めました。

複雑な家庭環境、実母殺害やイジメ、家庭内暴力
など最期は自らが死刑を望んだ山地悠紀夫の短すぎる
生涯を追ってみようと思います。

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山地悠紀夫の大阪姉妹殺害事件

2005年11月17日、山地悠紀夫は自身と同じ
マンションに住む飲食店勤務の姉妹(27歳・19歳)
が帰宅したところをナイフで刺し強姦し、殺害
しています。

姉妹を強姦し殺害した後、彼はベランダで
煙草を吸った後、金品を奪い取り、姉妹の
部屋に放火。

その後、逃走しており、残忍な事件として
当時注目されました。

証拠隠滅のため放火したようですが、12月5日に
山地悠紀夫が逮捕
されました。

2006年5月1日の裁判で住居侵入、強盗殺人、放火
など数々の罪で起訴され死刑判決が下され、2009年
死刑が執行
されています。

死刑判決後に山地の弁護士が控訴するも、その後
山地本人が控訴を引き下げ死刑判決を受け入れて
死刑が執行されています。

事件の凶悪性を考えても当然の行為とは思い
つつも当時の山地の年齢は若干25歳という若さ
だった事からも注目を集めました。

山地悠紀夫の死刑判決前には国内で彼の死刑を
求める署名が殺到していたそうで、世論のこの
事件に対する関心と怒りの大きさが受け取れます。

山地悠紀夫は実母殺害

過去に例を見ない凶悪殺人犯の山地ですが実は
彼には、もう一つのとんでもない前科があります。

山地悠紀夫は2002年に山口県母親殺害事件を
起こし少年院に入所しています。

山地は実の母親を16歳で撲殺しています。

当時の年齢から少年院に入所して僅か3年ほどの
刑期を経て出所、その後再び大阪姉妹殺人事件を
起こしており、彼が少年院での3年間で更生できて
いなかったのは明らかでした。

2000年7月29日、借金を抱え、当時彼自身が好意を
持っていた女性に対し母親が無言電話をかける
嫌がらせをした事
が母親撲殺の原因だったようです。

ただ、この後紹介しますが当然母子の関係は
この事件以前から通常の親子とは程遠い程破綻
した親子関係にあったのも事実です。

いつも身勝手な母親に何故彼女に無言電話を
かけたのか?
と聞いても理由も言わない。

そんな母親にこれまでの様々なうっぷんが重なり
我慢していた糸が切れたように、金属バットを使用
して母親を滅多打ちにして殺害します。

山地は16歳、母親は50歳の時のことでした。

母親殺害後、彼は自ら110番し殺人容疑で緊急逮捕
され、

「母親と口論になって殺した」と供述したといいます。

その後、山地悠紀夫は更生の余地があるとして
3年2ヶ月少年院へ入所しています。

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山地悠紀夫の生い立ち~両親の育児放棄と家庭内暴力

どんな事情があろうが16歳での実母殺害と、その後
数年後の大阪ミナミ姉妹殺害事件を起こした山地が
凶悪殺人犯である事に何の言い訳も通用しません。

ただ、そうした凶悪犯へとならざる経なかった過去
山地悠紀夫の生い立ちを振り返った時やはり幼少期
から青年期に過ごす親子関係がもたらす家庭環境が
無関係だとは言えないのだと思います。

山口県山口市出身の山地悠紀夫の父親は生前から
酒におぼれ仕事を点々とし、母親やまだ幼い息子の
山地悠紀夫に暴力を振るっていたそうです。

俗に言われるところの酒乱だったらしく職も定職に
付けず転々とする暮らしぶりで一家はそんな父親に
翻弄されていました。

そして彼の母親も買い物依存症で借金を抱えており
育児放棄の状態で悠紀夫にかける愛情も少なく彼は
寂しい幼年期を過ごしたと言います。

山地悠紀夫が小学5年生の頃、アルコール依存に
陥っていた父親が肝硬変を患い他界。

母子家庭となりますが買い物依存症だった母親も
その症状が改善する事無く一家は貧困に苦しむ
生活を送っていたようです。

山地は中学を卒業すると進学せず家計を助けるため
新聞配達をして月9万円の収入を得ていたそうです。

真面目に仕事をしていたといい、母親の作った
借金などの返済に収入の大半を入れていたそうです。

ですがそうした息子の収入も平気で使う、だらしない
母親で2人の仲も悪くなっていき会話もほとんど
なかったといわれています。

幼少期から電気や水道が止まる程の貧困家庭で
育った山地は必至で自らも働く事で生活の改善にも
務めた時期があったのだと思います。

が、そうした想いが叶う事は無く母親の生活態度に
変化が現れる事は一切なかったようです。

それでも自分の給料日にカツ丼を母親と食べるのが
唯一の楽しみだったと言った山地悠紀夫。

彼なりに、もがいて貧困家庭から脱却しようと
堅実に働いていたのでは、と想像できます。

また事件前には母親に交際する男性の存在も出来き
そうした母親の恋人にも罪悪感を持っていた事が
事件後本人の口から話されていたそうです。

山地悠紀夫の生い立ち~学校でのイジメ

こうした劣悪な環境で親の愛情もまともに受ける
事が叶わず最低限の生活もままならない彼の学生
時代の性格は当然明るく振る舞える訳がありません。

山地悠紀夫は学生時代は同級生から「悪魔」
と呼ばれるなど、いじめに遭っており、貧困から
学費も滞納気味だったそうです。

彼はとうとう逃げ場をなくし中学3年生から
不登校
になってしまいました。

3年生の出席日数の内2/3を欠席し修学旅行などの
学校行事にも参加しなかったといいます。

参加しなかったと言うよりは参加できなかった
という方が正しい解釈なのでしょう。

彼の家庭環境では、誰もが楽しみにする修学旅行
など「行きたい」と思える材料はほぼ揃って居ない
家庭だったのです。

学費も払えず自宅では電気や水道も止められる。

そんな中でも母親は借金して買い物を続ける。

山地は目立たない存在で友達もあまりおらず、
人との関わりが上手くなかったようで孤独な
少年期だったのです。

山地悠紀夫の母殺害後の足跡

16歳で少年院に入所した後19歳で出所した
山地悠紀夫は、ゴト師と呼ばれる不正に
パチスロ操作を行い収入を得るグループに
入りお金を巻き上げていたといいます。

2005年3月にはゴト師グループでの不正行為が
発覚し逮捕されたそうですが、起訴猶予処分
となりました。

その時、彼はまたゴト師に戻ろうとした
ようですが、あまり仕事のできない彼は
仲間に断られてあきらめたのだとか。

そして2005年11月17日、大阪姉妹殺害事件を
起こし再び逮捕されることになります。

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山地悠紀夫の大阪ミナミ姉妹連続殺人事件のきっかけ

一説には16歳当時に山地が想いを寄せていた女性
に姉妹の姉が似ていたとも言われています。

そしてもう一つの理由が25歳の若さで死刑となった
山地の快楽殺人と言われる事件のきっかけと言われる
異常な性的興奮を妄想して起こった事件だとも言われます。

彼の中には以前、母親を殺害した時の感覚が残って
おり異常なまでの殺人欲求があったことが後に
明かされています。

それまでの全ての生活習慣から起きた不平不満が
想いを寄せる女性への無言電話をした理由も明かす
事がなかった母親を撲殺した山地。

その後、滅多打ちにした母親殺害後返り血を酷く
浴びた彼がシャワーを浴びた時、射精した状態
だった事を事情聴取で明らかにしています。

大阪姉妹殺害の理由についても

「誰でもいいから殺したい」

と感じて生きてきたと語り、裁判でも

「返り血を流している時に絶頂していた」

とも発言しており、少年期の衝撃的な事件が大きな
影を落としたままだったことが悔やまれます。

山地悠紀夫は精神異常者だったのか?

親を選んでこの世に生まれる事が出来ないのは
一種の運命なのは疑いの余地がありません。

あまりに恵まれない家庭環境と自身が努力しても
改善する余地が無い両親を持って育った時まともで
健康な精神状態で青年期を送る事は余程の精神力の
強さを持ち合わせていても指南の業でしょう。

それにしても、家庭に恵まれず、とんでもない毒親
の元誕生する人は世の中いくらでも存在します。

その誰もが山地悠紀夫が犯したような殺害を
起こすのか?と言われたらそうでもありません。

そう考えると家庭環境がもたらした影響は多大なる
影響力とはいえ彼の精神状態はやはり異常だったの
でしょうか?

刑務所など凶悪犯を犯した犯罪者は間違いなく
精神鑑定が行われます。

山地悠紀夫の場合も当然行われていました。

それは事件の責任能力を判断するのにも必要な
鑑定ですが山地悠紀夫の場合は人格障害と認定。

障害はあるものの事件の責任能力はアリと判断
されています。

明らかに彼の生い立ちで経験した通常なら、する
必要の無かったストレスが辛い経験がストレスと
なりもたらしたと考えられる障害です。

本の1人でも良いから青年期の山地に寄り添って
話を聞いたり相談に乗ったりできる人がいたとしたら
山地悠紀夫の人生も違ったモノになったのかもしれません。

もちろん、そうした存在が1番身近な親兄弟なら
尚心強いのですが…

山地悠紀夫25歳の死刑を望んだ最後

凶悪な事件で更生の見込みがなく死刑判決を
受けた山地悠紀夫ですが最後は彼自身も死刑を
望んでいたといわれています。

彼は「何のために生きているのかわからない」

といった悩む言葉を漏らしながらも、

「人を殺すために生きている」

とも発言していたそうです。

また自分が生まれてきたことに対する後悔
口にしていたといいます。

山地は裁判でも「死刑でいいです。」と他人事の
ように答え、判決を受け入れており、彼の弁護団が
控訴した際にも自らそれを取り下げています。

2009年7月28日、25歳の山地悠紀夫の死刑が
執行されていますが、死刑台に上がった彼は
表情を変えず微動だにしない落ち着いた態度で
前を見ていたといわれています。
(WINDY:引用)


おわりに

大阪姉妹殺害事件で死刑判決を受け、25歳で死刑執行された山地悠紀夫の生い立ちは、家庭内暴力や両親の育児放棄、貧困などに加え同級生らからのいじめもあり苦難の連続だったといえます。
凶悪犯として25歳の若すぎる半生でしたが、実母を殺害した過去が跡をひき異常な殺人欲求が長く彼を支配していたといえます。誰にも止められない彼だけの世界が出来上がってしまい、死刑執行によってしかこれを止められなかったことに人間の生い立ちや過去の重さをひしひしと感じます。子は親を選ぶ事はできない、そう考えると撲殺されたとはいえ山地悠紀夫の母親も父親もやはり山地悠紀夫の短命過ぎる生涯をもたらした諸悪の根源だと思わざる得ない事件だと言えるでしょう。
とは言え母親は仕方がないにしても、理不尽に巻き込まれて殺害された姉妹のご冥福を祈るばかりです。

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