佐藤宜行の生い立ち~自宅での新潟少女監禁事件と出所後の病死まで

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佐藤宜行アイキャッチ

1990年新潟県三条市で当時、小学校4年生の
少女を誘拐し、約9年2ヶ月にわたり監禁した
驚愕の事件で逮捕された佐藤宜行元受刑者。

2015年に52歳で刑務所を出てからの所在が
報じられており、2017年頃既に佐藤宜之が
病死していたことがわかりました。

世間を震撼させたその事件や彼の生涯や
生い立ちが注目されています。

佐藤宜之の生い立ち、自宅での新潟少女監禁事件
から出所後の病死までについてお伝えします。

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佐藤宜行の新潟少女監禁事件

佐藤宜之の新潟少女監禁事件とは、1990年
11月13日に新潟県三条市で発生し2000年
1月28日に発覚した未成年少女監禁事件です。

当時9歳だった小学生女児・佐野房子さんが
学校から帰宅途中に無職だった佐藤宜之(当時28)
に刃物で脅され車で連れ去られました。

しかもそれから9年2ヶ月もの長い間、少女は
柏崎市の佐藤宜之の自宅2階の自室に監禁されて
おり9歳から19歳まで犯人以外の誰にも会うことが
無かったことがわかっています。

逮捕後の佐藤宜之の供述によると

「少女がかわいかったし。側に誰もいなかったので」

という理由で連れ去りを行ったといいます。

彼は懲役14年の実刑判決を受けて服役し、その後
出所しています。

佐藤宜行が佐野房子ちゃんに行った鬼畜の仕業

佐藤宜之が監禁中に佐野房子さんに行った
鬼畜の仕業がひどいと話題を呼びました。

佐野さん誘拐後の2~3ヵ月は、少女に逃げられないよう
両手両足を粘着テープで縛り脅迫、逃げる気力を奪う
とともに、外に出ないことや、ベッドの上から勝手に
下りない事、大声を出さないことやテレビの競馬番組の
録画までさせるなどしたといいます。

まだ幼かった佐野さんが命令に背いたり自分のことを
「おじさん」と呼ぶと、両手拳で佐野さんの顔面や
太腿を腫れるほど殴打。

スタンガンで放電したりナイフを押し当てるなどの
虐待を加えたと言います。

満足な食事も与えられず、栄養不足で佐野房子さんは
46㎏あった体重が38㎏まで激減し日常的に失神も
するようになりますが、佐藤宜之は少女を弱らせ
脱出防止を図ったものとされています。

さらに9年にも渡る監禁で、シャワーを浴びたのも
たったの一度だけ、トイレもビニールの中に用を
足させていたと言われています。

2000年1月になって兼ねてから引き籠りで家庭内
暴力の絶えなかった息子の佐藤宜之からの暴力に
悩んだ母親が保健所に息子の入院を相談したのが
きっかけで、少女はようやく発見されたのでした。

後の母親の供述では息子である佐藤宜行が少女を
部屋に監禁している事には一切気が付いていなかった
と佐藤宜行の母親が話しています。

佐藤宜行の生い立ち~引き籠りになるまで

佐藤宜之が誕生したのは当時36歳の母と62歳と
高齢の父の間に生まれ、「ぼくちゃん」と呼ばれる
ような両親からの溺愛され育ちます。

ですが小学生時、高齢の父だったことで同級生から
”お爺さんみたい”などとバカにされ、次第に父との
関係が悪化していったようです。

地元の高校を出て柏崎市内の自動車部品製造会社で
工員として働き始めますが、出勤途中で立小便した時、
蜘蛛の巣にかかり不潔だと帰宅後にすぐ入浴するなど
異常な潔癖などの奇行が続き、数ヵ月で退職。

その後、事件発生当時まで自宅に引きこもって
生活していました。

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佐藤宜行の生い立ち~家庭内暴力と異常な疾患

会社を辞め自宅にこもるようになると、父との
関係も更に悪化し険悪となり棒状に丸めた新聞紙で
父の頭を叩くなどし、暴力を振るい始めました。

父親には離婚歴があったようで佐藤宜行の暴力や
暴言から自宅にはいられない状態になります。

その為、佐藤宜行ら家族との生活を諦め前妻との
間にできた娘の元に身を寄せてしまい、佐藤宜之は
母と2人で自宅で暮らすようになります。

ようするに、当時かなり高齢だった実父を家から
追い出した状態で母との生活を送っていたようです。

ただ母親とも口論になり、佐藤宜之は自宅で
暴れまわり仏壇に放火する事件も起こしています。

母親は彼を大事に思うあまり彼が命をなくして
しまうのではと心配になり、「お母さんが悪かった。」

などと謝罪し以後、息子の言うがままに
なっていったようです。

佐藤宜之は佐野房子さんへの虐待で使用した
スタンガンさえ母親が買い与えていたものだった
というから、大きな子供にも盲目な母親だったと
いえそうです。

また佐藤宜之は異常な疾患があったといわれ、
母親と暮らしていた時から自宅のトイレも使えない
潔癖症であったことが知られています。

被害者の少女のみならず佐藤宜行自身も自宅の
トイレを使用せず、ビニール袋の中に排泄して
母親にそれらの始末をさせる異常な暮らしぶり
でした。

事件前に精神病院にも入院しており、スキゾバイタル
人格障害(分裂病質人格障害)と診断
され、逮捕後の
簡易鑑定では強迫性障害(潔癖症と呼ばれる神経症)
とされていました。

刑務所での生活にもストレスを感じ何度も八王子の
医療刑務所に入院し、向精神薬を処方されています。

佐藤宜之の服役中に精神障害が認められ
「障がい者手帳(2級)」の交付を受けています。

佐藤宜行の両親

監禁事件が起きた新潟県の自宅は現在も残っており
事件から10年後、母親が死去してから佐藤宜之が
相続していますが、彼は出所後千葉へ移り生活しています。

佐藤宜行の父親は、新潟少女監禁事件発覚の
2年ほど前に死去しています。

佐藤宜之は長い引きこもり生活を送り、母親にも
2階に上がらせなかったため、自室で少女を監禁
していたことさえわからないという事態が事件を
長引かせ少女を悲惨な目に遭わせたと言えるでしょう。

父親は出ていき、母親でさえスタンガンで虐待
されるという目に遭い耐えかね、強制保護により
逮捕された佐藤宜之。

この両親が高齢で、もうけた一人息子に対し
大変甘かったことが彼を抑えきれず、逆に人生を
導くことを妨げてしまったと思われます。

父親とも母親とも過剰なまでに距離を置き、自分の
殻に閉じこもることしかできなかった佐藤宜之は、
少女を誘拐し監禁しても、それを解消することは
できず精神を病むことにつながったのかもしれません。

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佐藤宜行の出所後と病死まで

佐藤宜之は千葉刑務所を出所してから千葉県内の
障がい者福祉施設
の世話になっており、本名は伏せ
別の姓で生活していたといいます。

千葉駅から電車で約20分の場所から徒歩5分の築30年
超の木造2階建てアパートが終の棲家であり、家賃は
3万2千円だったとか。
(デイリー新潮)

定職にはつかず一人暮らしでしたが周囲は事件の
犯人とは気づいていない様子だったようです。

また彼は県内の精神病院にも行っていたようで、
生活保護を受けていたとされています。

2017年頃自室で倒れているのが見つかり、54歳での
病死が確認されています。

あわれな最期ですが、最近になり佐藤宜之のいた
アパートが貧困者をターゲットにした貧困ビジネスを
展開する会社の所有物件と発覚。

その代表取締役の息子が以前、性犯罪事件で6度の
逮捕で話題になった「ミスター慶應ファイナリスト」
だったことが伝わっています。
(ヤフーニュース:引用)

2018年、このファイナリストは慶応大2年生で路上で
19歳女性の腹部を蹴るなどの暴行で逮捕。

その後も泥酔いの女子大生を雑居ビルに連れ込み
性的暴行を働き再逮捕されています。

この男の祖父が生活保護者を公園などで確保し施設に
送り込む貧困ビジネスで儲け、巨額の資産を構築した
と言われています。

そしてその祖父らが運営する生活保護者の1人として
佐藤宜之と言う犯罪者も終の棲家として最後の死後を
迎えた事が発覚した事で大変狭く世の中の不浄を感じ
ずにはいられません。

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おわりに

世間を震撼させた新潟少女監禁事件で逮捕され、服役後病死していたことが判明した佐藤宜之の生い立ちは、両親の甘やかしや潔癖症など複雑なものが絡み合っていたことがわかります。
どんな理由であれ、大事な少女時代を9年もの間暗黒のまま奪われてしまった少女のことが哀れでなりません。服役の14年で彼の起こした事件は終わってしまうのかという虚しさが残るばかりです。ともあれ不幸にも被害者となった今は既に大人になったであろう女性が過去の佐藤宜行容疑者の事件を忘れられる程の幸せと健やかな毎日が遅れますようにと心から願うばかりです。


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