桐生のぞみの生い立ち母親の異常な毒親が戦慄!殺すか壊れるの選択

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桐生のぞみアイキャッチ

滋賀県守山市で、子供時代から教育虐待を受けたことで母親に恨みをつのらせ殺害した事件で逮捕された犯人の桐生のぞみ。

桐生のぞみの母親の異常な毒親ぶりが注目され、その教育虐待のすさまじさが実母を殺害し、ノコギリで切断し遺棄するという残忍な事件の動機につながったといわれています。

桐生のぞみの生い立ち、母親の異常な毒親が戦慄、殺すか壊れるかの選択についてお伝えします。

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滋賀県守山市の母親殺人・遺体遺棄事件とは

母殺害
2018年1月19日、滋賀県守山市内の自宅で、実母である桐生しのぶさん(58)の首を刃物で殺害し、ノコギリで遺体を切断した桐生のぞみ(当時31)。

同年3月中に母親の遺体が発見され、6月5日に彼女は母親に対する殺人・遺体切断遺棄事件の犯人として逮捕されました。

桐生のぞみは、同年3月この事件が発覚するまでの間、母親の両手と両足部分を燃えるゴミの袋にいれて出し、胴体部分は自宅から約250mの距離にある守山市今浜町の河川敷に、丸型ペールに入れて運び遺棄しています。

当初のぞみは母親の殺害を否定していましたが、後に控訴審で母に自分のスマホを壊されたり、助産師学校の受験に落ち「裏切者」、「うそつき」などと罵倒されたことを殺害動機として供述しています。

桐生のぞみは裁判を受け、一審では懲役16年の実刑判決を受けますが、控訴審でこれまでの教育虐待の事実などを考慮してか大幅減刑となり懲役10年の刑が確定しています。

6年もの減刑と思われる方も見えるかもしれませんが、容疑者である桐生のぞみの生い立ちを知ると決して彼女のみを責められる事件では無いのではないか、と感じざる得ない親子関係があります。

桐生のぞみの生い立ち~母の望み

桐生のぞみは、両親との3人家族で兄弟はなく、メンテナンス会社勤務の父親は、のぞみが小学校高学年の頃に別居しています。

それ以後、滋賀県守山市の実家で母親の桐生しのぶと2人暮らしをしており、しのぶは教育ママであったといわれています。

ただその子育てぶりは、良く聞く教育ママの状態は逸脱しており異常な自分の理想を娘に押し付ける形の教育虐待と言っても過言では無い状態で、そうした子育てに父親は、ほぼ一切の関与をしておらず母子2人での母子家庭状態だったようです。

父親がおりながらほぼ母子家庭のような状態になっていた母親の望みは、娘である桐生のぞみが将来医師になることで、彼女の幼少時から通信教育の教材を与えたりと教育熱心でした。

そうした母の願い通り幼少期から桐生のぞみも外科医を夢見ており、高校生の頃まではドクターを描いた手塚治虫の漫画「ブラックジャック」に憧れていたとか。

ですが、のぞみは中学・高校時代には成績が伸びず思い悩み、医者になるという夢も次第に薄れてしまったといいます。

桐生のぞみの生い立ち~異常レベルの教育虐待

桐生のぞみの母親しのぶは、娘が医者になることに全てをかけ異常レベルの教育虐待を行っていたといます。

母親のしのぶはのぞみに国立大医学部進学を強要していますが、自身の最終学歴は工業高校卒だったとか。

彼女は高卒の学歴コンプレックスを持ち悔やんでいると何百回も母親から聞かされたといいます。

また母親の、しのぶの実の母親には離婚歴があり、再婚相手が歯科医であったらしく娘への教育虐待のきっかけの一つになったといえそうです。

のぞみは国立大医学部合格を目指しますが思うようにいかず、医師への夢は薄れますが母親は願望を曲げることなく彼女に医学部進学を勧めました。

そしてのぞみは母親から携帯を取り上げられるなどの、きつい制限にも耐え、9年間の浪人生活を送っています。

大学入学をやっと果たすも2年生の終わりごろ、のぞみが助産師課程の進級試験に不合格となってから、さらに母の厳しさが増し束縛されていきます。

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桐生のぞみの生い立ち~戦慄の束縛生活

桐生のぞみは、高校卒業後の2005年に国立大学の医学部保健学科を受験しますが不合格となります。

ところが母親しのぶは、その事実を認めずにあろうことか、親族には医学部に合格したという嘘をつき、娘ののぞみにもつじつまを合わせるよう命じます。

9年の浪人生活の中、のぞみは母親からの束縛から逃れるため就職も考えたのですが、未成年で同意を得られずに終わります。

母親は彼女を集中させるため、のぞみの携帯電話を取り上げたり、自由な時間を与えないため一緒に入浴しようとしたといいます。(47NEWS:引用)

そうした母親からの強要生活に耐え切れず、のぞみは3回にわたる家出も試みますが、母親の方も諦める事なく探偵を雇うなど異常な執着心で、のぞみの自由や願いを聞き入れません。

何度かの、のぞみの精神の限界状態は突発的な家出などの行動で態度にも表れるも力で押さえつける母親しのぶ。

強引にも結局家に連れ戻されるなど、戦慄の束縛生活を不本意にも継続する生活が続きます。

そのようなやり取りや母親との話し合いの合意点として母しのぶは、のぞみに将来助産師になることを条件に滋賀県医科大学医学部看護学科を受験させ、やっと2014年4月に入学を果たしました。

桐生のぞみの願い看護婦になりたい

9年もの長きに渡る受験生活を経て無残にもその夢が断たれて自分の限界も理想的な現実的な就職先も医師でもなく助産師でもなく、看護婦でいいと思いだした桐生のぞみ。

ですが母のしのぶは、のぞみの、そうした現実からの諦めや妥協を一切許しません。

強引に医師がダメなら最低でも助産師に、と望む母の願いを受け入れ一旦はまたも大学に入学し母親の望む助産師を目指しましたが、のぞみは、やがて「手術室看護師」になる夢を抱きます。

手術看護師とは手術執刀医にメスを手渡したり、患者の体位変換や記録を付ける看護師を指します。

のぞみは大学4年生の2017年には滋賀医科大付属病院において、看護師の内定を得ますが母親の反対にあっており反感を持っていたようです。

母親は医大の附属病院の就職を辞退して、助産師学校への進学を迫り、受験に失敗しても看護師にならず再受験をするという誓約書まで書かせていました。

こうした幾度の、のぞみの受験失敗や勉学への挫折、自らのレベルを思い知り絶望に落とされながらも強引に勉強を強いられた、のぞみは、どれほど頑張っても母親の望む道は程遠い事、自分のレベルには看護師でも充分だと言う現実を理解し望みつつ母に理解を求めるも一向に諦めてくれない母親しのぶ。

常軌を期した娘のぞみへの期待と人生を賭けた医学界への強要は、この辺りで娘のぞみの限界を超えた状態だったのでしょう。

自分の望む事と、それが叶う能力があるか否かは、自らが経験すれば通常誰もが分かる所です。

でもそれ以上を常に常に諦める事許さず求め続ける母親しのぶ。

もう、桐生のぞみの精神状態は限界だったのでしょう。

看護師の夢を崩された桐生のぞみは、2018年1月に母親を殺害し、同年4月滋賀医科大学付属病院に看護師として就職、同年6月の逮捕まで通常の勤務をしていたそうです。

桐生のぞみの殺すか壊れるかの究極の選択

2017年夏ごろ、桐生のぞみは希望をかなえ看護師の内定を得たのに、母親しのぶは褒めたり、のぞみの苦労や苦悩を労うどころか今だに彼女の決定を許さず大反対を受け罵倒します。

幼少期から続く母しのぶの言いなりになり勉学に励んできた、のぞみですが、ココに至っての母からの罵倒で限界を感じ、母親を殺すか、自身が壊れるかの究極の選択をすることになります。

既に彼女自身も壊れていたのかもしれません。

殺害前の母子のやり取りで、のぞみは母親に「看護師になりたい」と本心を打ち明けています。

でも母は「あんたが我を通すから、私はまた不幸のどん底に叩き落とされた。」と夜通し怒鳴り続けたそうです。

その前の2017年12月にも、のぞみが内緒でスマートフォンを隠し持っていたのに激昂した母親が、のぞみを庭に土下座させ、その場をスマホで撮影、スマホをコンクリートブロックで叩き壊しています。

母親はのぞみに持たせていた、もう一つの携帯電話に「ウザい!死んでくれ!」とのショートメールも送信したとか。

母親に進路について怒鳴られた深夜、のぞみは寝入った母親の首を包丁で複数回刺し、ついに殺害するという選択を果たします。

殺害後、のぞみが投稿したツイッターには「モンスターを倒した。これで安心だ。」とかかれており、過干渉の教育虐待からの解放感が垣間見えます。母親はいつしか巨大なモンスターにしか見えなくなっていたことがわかります。

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おわりに

母親からの異常な教育虐待を受け育ち、その毒親の手から逃れたい一心で母親を殺害し遺棄した事件を起こした桐生のぞみ。彼女に自由を与えない戦慄の束縛生活に耐えてきたのぞみが、看護師になる夢を母親に罵倒され、とうとう母を殺すという究極の選択で決着をつけました。
しのぶに母親らしい姿は見えず、こわいモンスターの毒親でしかなかった時間の大きさを感じ、子供に寄り添う親の存在の大きさを改めて感じます。自らの夢や願望を娘に投影させ叶えさせる事を人生の目標としてしまった、しのぶの異様さは常軌を期した教育虐待に過ぎません。
個人的にですが、そうして不運にも殺害された母しのぶは身からでた錆でしかなくやはり親を選ぶことができない子供ののそみが気の毒で仕方ありません。最後の本人のツイッター発信のように「モンスターを倒した、これで安心だ」が何より全てを物語っています。
16年の判決から情状酌量との判決で10年の判決が下りましたが、10年でも正直かなり長すぎると思います。
彼女のような生い立ちを過ごし、彼女のような母親しのぶに育てられたとして、のぞみが出来た選択はそうは多く無かったはず、だとしか思えません。一刻も早く出生して新たなる健やかな人生が送れる事を祈らずにはいられません。


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