谷本盛雄の生い立ち~実家の兄弟が見た性格と酒で豹変?表と裏の顔

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谷本盛雄アイキャッチ

昨年12月大阪市北区曽根崎新地の雑居ビル4階にある心療内科クリニックで、25人が死亡する悲惨な放火殺人事件で、容疑者として公表されていた谷本盛雄(61)が12月30日、市内の病院で死亡しました。

結果的には罪もない大多数の犠牲者を出した谷本盛雄について、事件当時からその実家や生い立ち、きれやすい性格などが注目され、その表と裏の顔が話題になっています。

谷本盛雄の生い立ち、実家の兄弟が見た酒で豹変の性格、表と裏の顔についてお伝えします。

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谷本盛雄の大阪ビル放火事件

大阪府警の発表では、2021年12月17日谷本盛雄(61)が、自身の通院していた大阪市北区曽根崎新地の雑居ビル4階の心療内科(「西梅田こころとからだのクリニック」)の受付である入り口付近で、紙袋に入れたガソリンとみられる液体をまき、火をつけたといわれています。

彼は事件1ヵ月前の11月末、ガソリンスタンドでガソリンを10リットル購入していたことから、計画的な犯行と見られています。

この事件当日の朝で事件前の30分前に谷本盛雄の住む自宅から火が出る騒動があったそうです。

まるで廃墟と化したその3階建て住宅の一室に電気もガスも通ってない状態のような家で事件当日まで谷本盛雄が過ごしていました。

恐らく自宅を放火した足で事件現場に向かいガソリンをまいて放火した事から、当初から自宅に戻る気がなかったのでしょう。

周りの全く無関係の人間も含めて道連れにしてやろう、そうした身勝手極まりない行動が今回の大阪ビル放火事件を起こした谷本盛雄の事件前の行動からも垣間見えます。

谷本盛雄がどこまで被害を大きくしようとしていたか今となっては定かではありませんが、この大阪ビル放火事件でクリニックの患者ら25人の死亡者が確認されています。

かなり評判の良かった同医院のクリニック医院も後に死亡が発覚しています。

犯人とみられる谷本盛雄は事件があった17日、心肺停止状態で搬送され病院で蘇生しましたが、一酸化炭素中毒で重篤な状態が続いた後、12月30日に死亡(死因は一酸化炭素中毒による蘇生後脳症)しています。

谷本盛雄の生い立ち~実家は板金業の幼少期

谷本盛雄は両親と兄弟4人の6人家族で、彼は上から3番目だったようです。

谷本盛雄の実家は大阪市此花区にあったようで、父親が板金工場を経営しており、彼も高校卒業後、実家の家業である板金職人の道に入ります。

実兄によると板金職人としての腕はかなり良く、黙々と仕事をこなしているうちは良かったものの、ある時、1人片隅で仕事をしている弟に
「1人でおらんと、こっちに来い」と言う軽い声掛けをするも、その言葉が不愉快だったのか翌日からぱったり仕事場に現れなくなったそうです。

それから数年父親が亡くなるまでの間、家族とはほぼ音信不通状態で父親が亡くなるまで姿を見せなかったというから、当時からなかなか頑固で思い込みの激しい一面が垣間見えます。

谷本は父親の死後、実家の工場は会社員だった兄(7歳上)が跡を継ぎました。

だが谷本盛雄は、そうさせた父親の決断が気に入らなかったようです。中学から2年弱とはいえ父親の元で修業して腕にも覚えがあったのでしょう、自分の方が腕がいいのに、と家業を兄にゆだねた父親の決断にも不満があったといわれています。

お母さん子だったという谷本盛雄容疑者(母親は谷本盛雄が18歳の時に他界)は、父親や兄とそりがあわず疎遠になり、小さなもめごとは常にあったそうです。

実家の板金工場に勤めていましたが何度か衝突し家を出、それ以来兄とも30年以上前から遠い関係だったといいます。

2002年~2010年に谷本盛雄は、大阪市淀川区の板金工場で8年ほど働いており、当時はまじめな性格で後輩の指導もする腕のいい板金屋で、社長からも高く評価されていたとか。

谷本盛雄容疑者は取得の難しい建築板金技能士1級も持っていました。

2010年突然仕事を辞めて連絡が取れなくなったそうですが、父の板金工場を継ぐことができなかった挫折が大きく彼のそれからの道に影響しているようです。

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谷本盛雄の生い立ち~兄から見た性格

谷本盛雄の兄は彼と7歳が離れており現在68歳で、「この32年は疎遠だった。どこに住んで、何をしてるのかも知らなかった。受け入れ難い」と今回の弟の事件の報せにも驚いたそうです。

中学・高校時代の谷本盛雄は、おとなしく目立たない存在だったといわれ、この兄もニュース報道の取材では「弟は性格はおとなしく仕事を転々としていた。」と語るなどしています。

彼が以前勤めていた大阪市内の板金工場の社長によれば、谷本盛雄は「真面目で職人気質」で、「腕は抜群」とその能力をかっていました。

他にもその性格について社長は「少し短気なところもあり、私がアドバイスしたり注意したりするとかっとなって口を聞かなくなることもあった」とも話しています。

気に入らないことがあるとかっとなり、思いもしない行動に出るというのは後述の彼の犯歴にもみることができ、兄のいう大人しい性格の裏には何をしでかすかわからないという危うさがあったといえるでしょう。

言葉にして不平不満を吐き出し相手とコミュニケーションを取れるタイプでは無く、基本的に無口でありながら自分の頑固なまでの想いや主義主張は持っていたのでしょう。

ただそれを上手く主張するのは出来ない性格だった事が、こうした過去の身内や知り合いからの証言でも良く分かります。

谷本盛雄の家庭崩壊と息子への異常な犯歴

そんな谷本盛雄は実家とは疎遠になるも、1986年頃には結婚しており、その後子供にも恵まれ一般的な家庭を気付いていた事が分かっています。

ただそんな結婚生活も長くは続かなかったようで私生活では2008年9月に離婚しており、離婚後も妻に未練を残し復縁を迫るも失敗。

そうした経緯から孤独感が増したのか驚くような行動を起こしています。

2011年4月には、離婚している状態だった元嫁と家族(息子ら)の誘いから映画を見に行こうとなり映画を見た後、元妻のアパートで食事をする事になり、お寿司を買ってあるから取りに行くと言い用意していた刃物を持参して元嫁の元に向かいます。

最初は様子を伺い家族団らんで過ごしていた谷本ですが、この時既に無理心中を決意していた彼は、最初に当時無職だった長男当時(25)の頭部などに切りつけ傷害事件を起こしているのです。

この殺害未遂と言っても良い我が子への傷害事件で孤独によるうつ病からきた精神疾患とし減刑を求め当初の懲役5年から懲役4年の実刑となり服役しています。

家族や息子への異常な行動ともとれる犯歴からも、当初からかなり自暴自棄になり、1人自業自得とも言える孤独な生活に、どうにかして逃げたかったのでしょうか、身勝手過ぎるこうした行動がエスカレートしたのが今回の事件の顛末となったのでしょう。

明確な時期は不明ですが谷本盛雄は、看護師の嫁と結婚し2011年当時25歳だった長男との報道なので、現在では既に35歳の長男と、もう1人次男の2人息子のがいたそうです。

<谷本容疑者は離婚後、家族と離れて一人暮らしをするようになったが、寂しさに耐えかねて、2009年9月ごろに元妻に復縁を申し込んだが、断られた。孤独感などから自殺を考えるようになった。しかし、死ぬのが怖くてなかなか自殺に踏み切れなかった。そのため、誰かを殺せば、死ねるのではないか、元妻に迷惑をかけている長男を殺そう、家族一緒でなければならないから、元妻や次男も道連れにしようなどと思うようになった>(判決文より抜粋)(AERAdot.)

出所後は前科もあるため一人暮らしで定職に就かず、益々精神バランスを崩し、後に放火事件を起こす心療内科に通院していたと見られます。

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谷本盛雄は酒で豹変の重度のアル中

精神的にも想うようにいかないと自らの内にため込んだ想いから無茶な行動に出てしまう薄弱さがあった谷本盛雄には、酒で豹変する重度のアル中だったことがわかっています。

離婚による家庭崩壊や、服役を経て酒の量が増えていったことが想像されます。

知人らが語る谷本容疑者の特徴は、「カッとして切れやすい」という点で、突然激怒するなど度々だったようです。

谷本盛雄と場外馬券売り場に一緒に行っていた飲み仲間のBさんの証言では、
「タニさん、ここ1、2年くらいは昼から飲んでいた。放火した心療内科に通い、『クスリを飲んでも治らない』と精神科医の文句を言っていた。こんなとんでもない犯行に及んだのは、クスリを酒で流し込んでブチ切れてしまったのではないかと思う。タニさんは気に入らないことがあると、クスリを取り出して、ビールや焼酎と一緒に飲む。当然、その後はとんでもないことになる。酒を飲まなければ、気のいいおっちゃんで、放火殺人なんて大それたことなどできるように見えない。だが、離婚後、奥さんや子供らにも見放されて、コロナで外へ飲みにも行けず、ひとりぼっちでさみしいと繰り返しこぼしていた。クスリと酒を飲むと、人格が変わってしまう」(AERAdot.)

谷本盛雄容疑者はアルコール依存症で複数のクリニックに通っていました。

よくならないため病院を変えて診察を受けていたのです。

彼が放火したクリニックへ2019年から来院歴があるそうですが、その頃からまたどんどん、ひどくなっていったものと思われ、罪のない人々を巻き込む悲惨な事件に発展してしまったのはとても残念でなりません。

おわりに

大阪ビル放火事件の谷本盛雄の生い立ちは、実家は板金業で幼少から板金職人を目指していたのですが、母親の死や父や兄との不仲で家族と疎遠になり、家庭を持つも離婚、孤独から長男を刺す事件を起こすなど波乱含みの人生だったことがわかります。
谷本盛雄については、彼の兄は大人しい性格といいますが、知人によるとアルコール依存症で酒で豹変することが多かったといいます。かっとなりやすい性格だったともいわれ、運悪く通っていたクリニックとも意志疎通がうまくできなかったと思われます。彼の死で犯行動機などが闇となりとても残念でなりません。


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