大林三佐子の生い立ち~経歴に女優?婚姻歴の過去と非情の最期まで

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大林三佐子アイキャッチ

2020年11月、路上生活をしていた大林三佐子さん(当時64)が、渋谷区幡ヶ谷のバス停前で石を詰めたペットボトルで頭を殴られ死亡した渋谷ホームレス殺人事件。

傷害致死の疑いで逮捕・起訴され、現在保釈中だった吉田和人被告(48)が今年4月8日、都内で飛び降り自殺し死亡しており、再度大林さんに注目が集まっています。

大林さんの経歴に女優があり、離婚の経験があったことなどが明らかになっておりその最期を悼む声があがっています。

大林三佐子さんの生い立ち、女優の経歴や婚姻歴の過去と非情な最期までを会伝えします。

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渋谷ホームレス殺人事件

2020年11月16日、東京都渋谷区で、住所不定の大林三佐子さん(64)が頭を殴られて死亡。5日後に近くに住む吉田和人容疑者(46)が傷害致死容疑で警視庁に逮捕されました。

路上生活をしていた大林三佐子さん(64)は、同日早朝渋谷区幡ヶ谷のバス停前で倒れており、間もなく外傷性くも膜下出血による死亡が確認されました。

「いつもいる人が倒れている」と近隣住民から警視庁代々木警察署に通報が入り、救急隊員らが駆けつけた時には、女性に意識はなく、病院に運ばれたといいます。

死因は頭に強い衝撃を受けたことによる外傷性くも膜下出血だったため、近くの防犯カメラを確認すると、通報の約1時間前、バス停のベンチに腰掛けている大林さんに近づく不審な男が映っていました。

吉田容疑者は、持っていた石の入った白いレジ袋で、いきなり吉田さんの頭を殴打しており、以前から大林さんの存在を認識していたとされています。

吉田容疑者は母親に連れられ近くの交番に出頭してきましたが、逮捕後調べに対して「まさか死ぬとは思わなかった」と説明しています。

捜査1課も殺意は立証できないと判断して傷害致死容疑で逮捕していました。

吉田容疑者は動機について「自分はボランティアでゴミ拾いをしていて、彼女が邪魔だった。(犯行)前日の散歩の途中、『お金を渡すからバス停から移動してほしい』と話をしたが、聞き入れてもらえなかった」と供述しています。

たったそれだけの容疑者の身勝手な考えから、都会の片隅で一時暖を取るに取れないバス停と言う、小さな椅子に疲れた身体を休めていた大林三佐子さんは殺害されてしまったのです。

こんな身勝手な行為が到底許されるはずがありません。

ましてやどうゆう経緯で保釈に至ったのか不可解ですが、保釈中だった22年4月8日に容疑者は飛び降り自殺と言う最後まで身勝手な行動でこの世を去っています。

理解に苦しむ裁判所の判断に戸惑いを感じる人も多いのではないでしょうか。

大林三佐子の生い立ち~広島市に生まれて

亡くなった大林三佐子さんは、広島市で生まれ育ち、高校の頃は声優になるという夢をもっていたようです。

学生時代の大林さんは明るく活発で、困った友人の相談なんかにも乗ってあげるなど頼れる存在の優しい女性だったようです。

また表現することが好きだったことから、後に女優として活動したいた過去があったことがわかっています。事件後明らかとなった大林三佐子さんの若かりし頃の画像を見れば一目瞭然。

美しくハツラツとした大林さんの若い頃の画像は、女優やアナウンサーを目指した、と言う過去にも納得の魅力的な女性像そのものがあります。

短大を卒業してからはアナウンサーを目指し、教室に通いながら結婚式場で3年ほど司会も務めたのだとか。

大林さんは、路上生活をしていたとは思えないほど快活な雰囲気の女性で、周囲からも慕われる前向きな人柄だったといわれています。

大林三佐子の生い立ち~劇団員の活動と経歴

大林三佐子さんは、故郷の広島で20代半ばまで過ごしますが、驚くことに地元の劇団に所属していましたそうです。

大林さんは短大を卒業後、劇団員の活動をし、ミュージカルや舞台に出演していたといいます。

地元の劇団を率いる光藤博明さんによると、大林さんはいつも笑顔で稽古にのぞんでいたとか。

光藤さんは

「すごく明るくて、キラキラした笑顔が印象的でした。それでいて芯の強い部分もある。決して主役ではなかったけれども、自分の領域をちゃんと持っていたし、裏方の仕事もしっかりこなしていました。
その彼女が、40年を経てあのような形で亡くなったことはとにかく衝撃でした」(NHK事件記者note)と当時を語っています。

若者らしいキラキラした夢を追いかけて、一生懸命だった大林さんの姿がしのばれます。

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大林三佐子の生い立ち~結婚と離婚

事件当初、独身だったとニュースで伝えられた大林三佐子さんは27歳で結婚して、広島から上京していたことがわかりました。

ですが上京した大林さんから、結婚後まもなくして先に上京していた2歳年下の弟健二さんに「自宅に泊めてほしい」と連絡が来たと言います。

しばらくして大林さんは離婚し、再び広島に戻ったようです。

大林さんは夫から暴力を受けたと説明していたといい、わずか1年余りの結婚生活だったようです。

離婚後の大林さんは、それからは結婚はせず、ずっと独身で過ごしていたようです。

大林三佐子の離婚後の経歴

大林三佐子さんは離婚後再び上京し、30代以降はコンピュータ関連の仕事についたといいます。

大林さんが40歳を過ぎた頃から、弟の健二さんとはあまり連絡をとることがなくなり、家族と疎遠になったそうです。

大林さんは、健二さんがたまに電話をしても「うまくやっている」などと答えるだけで、詳しく語らなかったようです。

彼女は埼玉に住む弟に毎年12月にクリスマスカードを送っていたのですが、それもなくなり、事件当時施設に入っていたとされる母親にも会うことなく亡くなってしまいました。

弟の健二さんも、大林さんが路上生活していたことさえ知らずにいたそうで、大林さんが自身のことを誰にも知らせていない時間が長かったことがわかります。

大林三佐子の試食販売員として

大林さんは事件の3年ほど前に東京都杉並区のアパートを退去し、スーパーマーケットで試食販売員をしていたことがわかっています。

契約社員とは名ばかりの彼女の勤務状態は、決して余裕があるとは言えない状態の働き方だったようで、数年前から家賃の滞納が続いており結局20年のコロナ渦が災いして仕事が更に激減。

余儀なくしてアパート代どころではなくなってしまったのかもしれません。住むところも追われるようにして出た後もギリギリまで彼女は生活を立て直そうと努力していた形跡が分かります。

アパートを出た後の大林さんはスーパーの仕事をしながら、事件のあったバス停で運行終了の深夜から早朝始発まで、路上生活をしていたといわれています。

大林さんは、「人と話をすることが大好きで、接客を楽しんでいたという。その腕を買われて、食品メーカー側から指名が入ったこともある」(NHK事件記者取材note)とか。

「元気で若々しい人でした。昔から販売の仕事しかしていないと話していて、試食販売の仕事をしている時は生き生きとしていましたよ。特に小さなお子様が来るとうれしそうで。ケーキやパンなどを扱っていたのですが、会話をしながら渡すのが好きだったようです」(同上・知人上野さんの話)

離婚もし、独身で60歳を過ぎての試食販売にもそれなりに明るく仕事に励んでいたようです。

ところがコロナウイルスの影響で客足が激減し、大林さんは2月には販売員を辞めていました。身一つで何とかして生き行こうと必死だったと思われます。

大林三佐子の路上生活の始まりと最期

大林さんの路上生活の始まりと最期が悲惨と同情の声が高まっています。

近所の人たちが見かけた彼女は

「おかっぱ頭で身長は150センチくらいかな。バスの運行が終わった深夜に来てはベンチに座って仮眠して、始発便までには新宿方面に向けて立ち去る。周囲に迷惑をかけたくなかったのかな、トラブルは起こさなかったよ。通行人に『こんな所で寝ていたら風邪を引きますよ』と声をかけられても『大丈夫』と答えていたね」(近くの飲食店関係者)(文春オンライン:引用)

コロナで仕事をなくし始まった路上生活で所持金はわずか8円、カバンに衣類や食べ物をつめていますが、身なりはきれいで路上生活者にはみえなかったといいます。

大林さんの荷物には期限の切れた運転免許証と電源の切れた携帯電話、名刺ほどの大きさで、親類の連絡先などがびっしりメモされていた1枚のカードが残されていたといいます。

「弟とは10年ぐらい音信不通だったようだが、助けを求めるよりも迷惑をかけたくない気持ちの方が大きかったのかもしれない。所持品の中には、電源の入らない携帯電話もあった。メモもそうだが、『社会とつながっていたい』という思いがにじみ出ているようで、胸が苦しくなった」(同上・捜査関係者)

吉田容疑者が逮捕された日から、現場のバス停には大林さんの急死を悼む人たちが献花に訪れるようになったといい、コロナ社会での孤独な悲劇の死にやりきれない思いです。

と同時に、身勝手な容疑者の殺人事件によって無慈悲にもこの世をさった大林三佐子さんの最後を想うと、誰もが1つ間違うと陥るかもしれないこうした窮地に、何故気持ちだけでも寄り添う気持ちがモテなかったのか。

寄り添うどころか袋に石を詰めて殴り殺した吉田容疑者は、到底まともな人間だったとは思えません。

しかも刑に処される事もなく、保釈中の自殺です。日本の司法の在り方に度々疑問に想う所がありますが、こんな危険人物を何故保釈したのか?殺人犯が自ら死を選ぶなど決して許されていいはずがありません。誰が責任を取るのでしょうか…

とにかく大林三佐子さんのご冥福を心よりお祈りしたいと願うばかりです。

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吉田和人の生い立ち~ホームレス殺人事件容疑者の保釈と自殺の罪

おわりに

渋谷ホームレス殺人事件で亡くなった大林三佐子さんの生い立ちは、広島生まれで元々は明るく前向きな女性であり、地元の劇団員の経歴があったのに驚かされます。夢を追って輝いていた大林さんでしたが結婚後すぐ離婚し、仕事をしながら独身で過ごしていました。
試食販売員の仕事にも明るくのぞんでいたのですが、コロナの影響で仕事を追われ、路上生活の最中に悲劇に遭ってしまった大林さんの最期を悼む声が多くあがっています。生活困窮、路上生活という社会の大きな問題への支援についても考えさせられます。


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  1. 日本という国はいつから冷たい国になってしまったのだろう。上京して間もなく急性大腸炎を患い路上に倒れたが誰も声をかける人はいなかった、30分ほどうずくまっていた時に男性が救急車を呼んでくれた、東京を実感した瞬間でした。助けを乞うことが恥じらいだとしたら社会とは一体なんなのか、ひたすら露骨な弱肉強食のなか行き倒れても前を向いて、それが美学とでもいうのか、まるで戦国時代そのままではないか。改めて人間社会には相互扶助の精神、民生の安定が何より基礎であるべきだと思う。