山上徹也の生い立ち~母親の宗教観に狂った元団長の経歴と心の闇

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山上徹也アイキャッチ

参院選の選挙を控えた奈良県で安倍元総理が応援演説として駆け付けていたさ中、よもやの襲撃事件が山上徹也容疑者の手によって置き安倍元総理死亡と言う最悪の事態に陥りました。

政治信仰が問題ではないと語った容疑者山上徹也容疑者の、安倍元総理殺害に至った歪んだ思考や生い立ちには両親の宗教観に根付いている事が分かっています。

狂った思考から前代未聞の元総理襲撃死亡事件へと陥った今回の首謀者、山上徹也の生い立ちと、その経歴から心の闇を追ってみようと思います。

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山上徹也の安倍元総理襲撃死亡事件

参院選を控えた2日前の奈良県での街頭演説中の安倍元総理が、山上徹也容疑者(41歳)の手作り散弾銃によって午前11時30分頃2初の銃弾を負い心肺停止の状態で緊急搬送されました。

奈良県医科大学病院にヘリで緊急搬送された安倍元総理でしたが、既に事件当時から心肺停止の状態で、深刻な状態が懸念されていました。

結局奥様の昭恵夫人が自宅の東京都渋谷区から正午12時30分頃事件の知らせを受け、奈良県立医科大学病院に午後5時前に到着するのを待っていたように午後5時3分死亡の発表がされました。

容疑者の山上徹也は事件後、直ぐに街頭演説に帯同していたSPによって即座に逮捕。元海上自衛隊員だった事が発表されましたが、事件後安倍元総理の安否が発表される前に明らかとなっていたのは「安倍氏の政治信条に対する恨みではない」との供述をしている。

その後奈良県在住の発表のあった、山上徹也容疑者の自宅アパートからは事件に使用されたと見える手作りの散弾銃2丁が見つかった事も発表されています。

事件翌日の9日の県警の発表によると、安倍氏の実際の死因は死亡解剖による結果は左上腕部を撃たれたことに伴う失血死だと発表。また体内に入った銃弾が左右の鎖骨付近の動脈を損傷した事も致命傷だった。

首の前部には約5センチ間隔で2ヵ所の銃の跡があった。銃弾が首から体内に入ったとみられ心臓にも大きな穴が開いていた事が明らかとなっています。(Yahoo:引用)

山上徹也が安倍元総理を狙った理由

事件当初から即現行犯逮捕されていた山上徹也容疑者ですが、事件後の供述でも一環して「安倍氏を恨んで狙っていた」「安倍氏を殺害するつもりだった」と明確な殺意があった事を語っていた山上容疑者。

その強い殺意の真意が事件当初は明確ではありませんでしたが、丸一日経過して明らかとなったのは、自身の母親が所属した宗教団体にあった事が明らかとなりました。

本人の供述によると母親が所属する宗教団体と金銭トラブルになった影響により家庭が崩壊したと説明をしているようです。

そしてこの宗教団体を国内に広めた存在が安倍氏だったと説明しており、安倍元総理が実際にその宗教団体を広めたか否かは別として、そうした想い込みによっての逆恨みで「安倍氏を殺害」する事を決意したと供述しているようです。

「家を破産させられた」「もともとトップを殺そうとした」と話していることが新たにわかった。

山上徹也の生い立ち~母親の宗教と父の自死

山本哲也容疑者は事件現場となった奈良県奈良市出身と報道されていましたが、実際は彼が誕生した80年9月当時は大阪府東大阪市の1軒家に家族で暮らしていたようです。

母親は裕福な建築会社の社長令嬢として育った女性で、その母の実家が営む建築会社に京都大卒の優秀な山上容疑者の父親と結婚し、母の実家の会社の取締役になっていたとか。

当時は裕福で父親はスープラを乗って傍目から見ると、山上家は本来は裕福な家庭だったようです。

ただ実際の家庭環境は決して安楽だったとは言えず、当時の両親の夫婦仲は山上容疑者が物心が付く頃には平穏な家庭とは程遠い環境にあったといいます。

山上容疑者の父親は、お酒を飲んでない状態だと何ともないものの、一たびお酒が入ると豹変するタイプだったようで、良く近所の路上に酔っぱらった状態で寝ている事も何度かあったとか。

そして当時を知る近隣住民によると、「休日の日に父親が母親を怒鳴り散らす声が鳴り響くのが近所でも有名だった」また

別の住民は「父親が怒鳴っている間、母親がずっと台所で正座させられていたのを見たことがある」と話した。(Yahoo:引用)

仕事ぶりについては真面目だったという評判の山上容疑者の実父ですが、幼心にもお酒に飲まれて母親に絡み怒鳴り散らし、時には暴力へとエスカレートし苦労してきた母親の姿を目に焼き付かせていたと言います。

山上家には山上容疑者の1つ上に兄、山上徹也、妹の3人兄妹で5人家族でした。

そんな夫婦に直接何があったのか定かではありませんが、当時から山上容疑者の母親は、現在問題とされている旧統一教会以前にも、この頃から奈良県内で知られた宗教に没頭、幼児だった子供ら3人を放置し朝から、その宗教の集会に出掛けていたと言います。

母親不在の幼児らが、オシッコやウンチでいっぱいになりオムツが重みで落ちて半ケツ状態となって家の外をウロウロしている山上容疑者ら、幼い兄妹の姿や時に母親の足にしがみついて、離そうとしない光景が印象的だったとの近隣住民からの証言もあります。

そのころから既に母親は宗教に心酔しており、そうした妻の行動が気に入らなかったのか夫である父親とのイザコザも絶えなかった、そうした父の暴言や暴力を見ていた山上容疑者らが父親を恐怖の対象と見ていたのでしょう。

ただ悩んでいたのは妻だけでなく夫でもある父親も同じだったようで、結局最後にはノイローゼ気味になり84年に山上容疑者の父親は、兄が5歳山上容疑者が僅か4歳の時、ビルから飛び降り自殺をして自死します。

最初の報道で、幼い頃に病死とありましたが、既にこの頃から家庭崩壊の片鱗が垣間見えていたのでしょう。

この父親の自死がきっかけで、東大阪市の一軒家から、父の死後1年後に母子らは母の実家のある祖父らの住む奈良県を頼って移住します。

山上徹也の生い立ち~母の宗教への妄信

夫が自死した事によって若くして母親は3人の子供のシングルマザーとなります。

途方に暮れて実家を頼るのは至って普通ではありますが、既にこの頃母親の心の奥底には、何でこんなに私に不幸が続くのか?と更なる宗教への妄信へと拍車をかけてしまったようです。

山上徹也容疑者の母親は、心の支えにしていた聡明な人柄だったと言われる実母を82年(山上容疑者の祖母)が死去、84年に夫が自死、そして過去を辿ると年の離れた実の弟が小学校5年生の76年に交通事故で亡くなっていると言います。

相次ぐ自分の大切な家族の死に、元々お嬢様だった山上容疑者の母親の心が限界だったのでしょうか、特に実母の死にはかなり打ちひしがれていたといいます。

ただそれでもこの当時まだ母親には、まだ建築会社社長だった実父の存在がありました。この実父が山上容疑者のことも「てっちゃん」と呼び兄妹らを大層可愛がっていたと言います。

そして明確な次期は分かっていませんが、恐らくこの前後に発覚して山上家母子を襲う不幸の連鎖として兄の小児がんが発覚します。

抗がん剤治療を始め兄は右目を失明、その上がんは脳にも転移してしまいます。そして(父)祖父の死が1999年。

この最後の砦だっただろう(父)祖父の死を境に、一気に母親の宗教への妄信が加速。この負の連鎖を止めなければイケない、止めるには宗教に頼るしかもはや方法はないと彼女は考えたのかもしれません。

それほど、異常なレベルで高額献金をやり始めたと言います。そうこれまで以上の献金をしてこの負の連鎖を止めなければイケないと思ったのかもしれません。止まる訳がないし、止めるとしたら自分自身の愚かな行動のみであるにも関わらず、彼女はどんどんエスカレートしていきます。

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山上徹也の母の統一教会への高額献金に絶句!

今回の山上徹也容疑者の前代未聞の安倍元首相銃殺事件で、「宗教団体への恨み」との明確な供述から旧統一教会側が事件後会見を開いた事は周知の事実です。

その場で、山上容疑者の母親の存在を認めつつ、高額献金については「分からない、入所は98年」と説明がありましたが、この説明は嘘だと山上容疑者の叔父で実弟の自殺以降、宗教狂いした母親含む一家を支えてきた(伯父)が発言。

実際は91年頃に旧統一教会に入信しているとのこと。

その内容も驚愕の内容で、

山上容疑者の伯父
「即、入会とほぼ同時に2000万円献金。さらにすぐ3000万円。そのあと3年後ぐらいに現金で1000万円。合計6000万円ですよね。その原資は(父親の)保険金です。命の代償です」

あっという間に6000万円もの献金。生活は困窮していったといいます。

そして山上容疑者の祖父亡き後、あろうことか高校進学や大学進学を控えた子供が3人いたにも関わらず、母親は実家の建築会社含む土地と建物全てを売却、それらで手に入った5000万円も献金したと言います。

合計1億円を超える献金をしていると伯父は言います。

当時の山上家は、こうした母の宗教狂いの為食べる事にも事欠く状態で、頻繁に伯父を頼って山上ら子供らからSOSの電話が来たのだとか。

「食べる物がない、」と山上容疑者の兄から電話が良くあったと言います。実弟である山上容疑者の父が自死してから一家を支えてきた伯父だが94年にはそれを停止。

子供らの進学費やら生活費を2年前まで合計2100万円ほどみてきたというが、いくらお金を助けても母親が宗教に入れ込んで使ってしまうことから一旦は94年にその支援も止める事もあったとか。

あまりの巨額の献金ぶりに、この伯父が入って統一教会と直談判し一旦5000万円の返金交渉に入り、返金もしてもらったにも関わらず、母親は下の根も乾かぬうちに、速攻またこの5000万円を再献金したのだとか…

これは旧統一教会側も認めており「05年から14年までの約10年間で計5000万円を母親らに返金した」と発表しています。ただしまた再献金してもらったが…って感じのようです。

もはや付ける薬が無い状態だった山上容疑者の母の妄信ぶりは、まさに異常事態だったのでしょう。

そして自ら2002年に自己破産した母親は、その後はあろうことかその伯父に献金を頼みにきたというから重症です。あまりの妄信としつこさに伯父は「お茶をぶっかけたこともある」と語る程。

統一教会の創設者である文氏曰く、「御言集」には、献金について、「自分の生命、財産を全部はたいてでもしなければならない」
との言葉が収められているそうです。凄すぎる内容と、この理不尽極まりない内容を信じる信者が跡を絶たない事に驚きしかありません。

山上容疑者は事件後警察の調べに
「10代の頃から統一教会を恨んでいた」などと供述している山上容疑者。そりゃ、そうなりますね、と思わざる得ない壮絶な母の宗教狂いは想像を絶するレベルの狂いっぷり、しかしそれとて宗教団体や、それを指示したとの勘違い?から安倍元首相へと怒りの矛先を向けた山上容疑者。

しかも伯父の話によると彼自身も母親が2002年に自己破産した後も、幾度となくお金を要求されていたとの話もあります。恐ろし過ぎます。

宗教狂いが災いして母子との関係も家族もバラバラになったと言われているが、それとて母を責める気持ちにならなかったというのが何とも身勝手ながらも子供が親を憎めない心理なのかと思うと切なくもなってしまいます。

諸悪の根源は旧統一教会なのは言わずもがな、ですが、それとて食うや食わずや状態の我が子3人を見て、何が必要なのかを見極める事が最後まで出来なかった母親こそ、問題なのではないかと気が付かないと言うバグ。

山上徹也の生い立ち~学生時代は元団長の人物評

母親の宗教依存によってほとんどまともに機能していない家庭状況にも関わらず、本来から頭の良かった山上容疑者は大人しく真面目な性格から学校での同級生での評判に悪いモノがありません。

中学時代にはまだ祖父も健在だった山上家での彼の中学時代の印象は、勉強でも部活でも上位に所属していたタイプと語っています。

部活はバスケットボール部に所属して何でもそつなくこなすタイプだったとか。

ただ当時から口数は少なく、騒いだりはしゃいだりするタイプではなかったが、そうした輪からはずれて独り孤立することもなかったとの証言から祖父らが健在の中学時代までは、山上容疑者の生活も順風満帆だったことが伺えます。

様子が変わったのはやはり、その後の高校進学の次期と重なる1999年頃。

母親の宗教団体への没頭と自己破産の次期とちょうど重なる1998年頃山上徹也容疑者は高校三年生、地元で名門とされ市内3本の指に入ると言われる進学高校を卒業しています。

その学校は奈良県内でも有数とされる高校らしく同級生らの証言ではその後大学に進学しているものだと思っていたとっ証言されています。

当然進学希望だったようですが、食べるに事欠く山上家の経済状態を考慮して進学を断念。本来なら大学進学を希望していた彼が諦めて選んだ選択が消防士を目指して専門学校に進んだとか、その入学金も冒頭の伯父が援助したそうです。

高校生当時の同級生の証言によると山上徹也容疑者の印象を「どこにでもいる高校生」また「目立つ存在ではなく口数も少ない地味な感じだった」とその印象を語っています。

その高校時代の山上容疑者は当時、部員数の減少から存続の危機にあった応援団部に所属、学ランを着て大きな声を出す必要がある部は人気がなかったものの、彼は何故か応援団部に所属して同級生らから「団長」と呼ばれていたのだとか。

実際には団長ではなかったものの、そうした思春期の学生らに人気が無い部に所属して一生懸命活動する彼の姿勢を称える意味合いで「団長」と呼ばれていたようです。

進学校でありながら野球部もかなりの強豪校だったらしい、その高校での甲子園での華々しい応援の場では「縁の下の力持ち」としても懸命に部の活動を支えていた姿が印象的だったとか。

山上徹也の海上自衛隊時代の異常行動

優秀な同級生らと一緒に本来なら大学に進学できる能力がありながら、その芽を断たれてしまった山上容疑者は、伯父の手助けでいったんは専門学校に入るも、卒業後の2002年に海上自衛隊に就職。2005年に退社しています。

ただこの間に彼が如何ほどに苦しんでいたかが分かる壮絶過ぎる過去があります。

家庭の金銭事情で、(充分父の遺産や自宅売却額で行けたにも関わらず)全て旧統一教会への献金への貸した山上家は子供の進学どころでなく、食べるに事欠く経済状況。

彼も全てを諦め、本来なら同レベルの学校卒業の子は選ばないだろう自衛隊に入社したころ、彼の精神状態は既に限界だったのでしょう。

小児がんで苦しむ1つ上の兄や、妹が食べるに事欠く状態の山上家を何とか立て直し、兄妹の為にお金を作ってやりたい。

その想い一心で彼はこの海上自衛隊事体の2005年1月に自殺未遂を起こしています。兄と妹に死亡保険金を渡すつもりで自殺を図ったと言います。その前には消費者金融から借金をして飲み歩いていた。

これで自分の人生もお終いと言わんばかりにです。

『自分の死亡保険金を渡す』僅か20歳前後の青年がです。

ここまで20歳そこそこの青年が苦しんでいるにも関わらず。この一大事の連絡を受けた伯父が韓国に(旧統一教会)行っていた母親に連絡するも母は帰国しなかったとか…

ここまでくると狂い過ぎというか本当に異常レベル。

我が子が自殺までして兄妹を助けたい一心で異常行動を起こしたのに、統一教会の方が大事なのか、と…

何故これほどまでに我が子が苦しんでいただろう状況に、実母は向き合うことができなかったのか不可解で仕方ありません。

山上徹也容疑者の慟哭

異常なレベルで旧統一教会に妄信する母親に振り回される形で、自分はじめ、小児がんを背負い片目は失明している状態の兄や妹らは食うに事欠く生活レベル。

それを自分の命を捨ててでも何とかしてやりたい、そうした想いから自殺までした山上容疑者。

負の連鎖は止められず山上容疑者の兄も人生に絶望したのでしょう、結局弟の想いも空しく今から8年前に兄も自死を選びます。

彼は兄の葬儀の席で「どうして兄ちゃん死んだんや」と涙を流していたそうです。彼の心の底からの慟哭なのでしょう。

「(兄が亡くなったのは)8年くらい前。葬儀のときに泣きながら、『兄ちゃんアホやな何で死んだん。生きていればなんとかなるやろ』と。その言葉が忘れられません。悲しかったと思います」(Yahoo:引用)

どこまで罪のない自分や兄が死ななければならないのか。

そしてこれほどまでに家族が亡くなっても母の妄信は止まらない…

山上徹也の経歴と変化

幼少期の情報は定かではありませんが、奈良県奈良市で誕生した山上容疑者は1999年に地元有数の進学校と言われる高校を卒業した後、2003~2005年に、海上自衛隊に所属。

この海上自衛隊にいた頃に銃に関する知識やファイナンシャルプランナーや宅建などの資格を得たとみられています。

2005年の海上自衛隊を本人希望によって退社した後は、ファイナンシャルプランナーと宅地見物取引士の資格を生かし、数々の派遣会社で正社員ではなくアルバイトとして働いています。

2020年年10月から今年4月に辞職を願い出て5月中旬に退社するまで、京都府内の倉庫工場に派遣社員として勤務。フォークリフトで倉庫の荷物を運ぶ仕事をしていました。

工場の関係者によると、仕事ぶりはまじめで、トラブルもなかったが、口数は少なく、同僚との交流もほとんどなかったが、昼食など1人で車の中で食べる事が大半で人との接点を持とうとする姿勢が無かった事から対人関係が苦手なのかなと思っていたと語っています。

またこの工場の責任者曰く「半年くらいは良好な勤務態度だったが慣れてくると、我がままな態度を」見せ出したと新たな一面もあった事を証言しています。

最後の勤務先では半年くらい経過してから、我がままな態度をするようになり、正しい仕事の手順さえ守らないように、それを指摘するとブチ切れて「お前がやれや!」とキレて見せたりしたのだとか。

もうこの辺りから彼の心は限界だったのでしょう。

その後折り合いがつかなくなったからか、4月半ば頃に「体調が悪い」と言って職場に来なくなり、その後、本人の意向で退職した。その際、「次の仕事は決まっていない」と話していたという。

山上徹也の性格

今回計画的な犯行として歴代総理最長を誇る安倍元総理の選挙活動中を狙っての、殺害事件と言う前代未聞の蛮行を起こした山上徹也ですが、このような大胆な犯行を起こした山上容疑者と関わった人いわくその性格は一様に、大人しいです。

最後の派遣勤務先の評価も「大人しく内向的で真面目な性格」と評価。

高校時代の同級生らも一様に口を揃えて「大人しいどこにでもいる高校生」。最後事件の凶器を構築したと言われる自宅アパート隣での同じ住民の山上容疑者を見た印象も

「この1年で容疑者を見たのは5回くらい。出勤時にエレベーターで乗り合わせた時くらい。私服は地味で私が挨拶しても俯いたり目をそらす愛想のない人でした。」と、かなり内向的な人物として捉えていたようです。

山上徹也の心の闇

様々な証言を元に現時点で明らかにされているのは、母親との関係が崩れだしたのは、やはり今回の犯行原因とされる宗教問題があり母子との関係もこの宗教団体を巡って親子での対立が生まれていた事は明確なようです。

容疑者曰く、「この宗教団体のせいで家族がバラバラになった」と発言。

母親が所属する団体を恨んで親子の対立が生まれた山上徹也の、その恨みの矛先は当初宗教団体の幹部殺害を目指したというが、計画が成功しそうにないと断念。その後、この団体と安倍元総理の繋がりが濃いとされていた事から恨みの矛先を安倍元総理に向けたとされています。

でも本当に安倍元総理を殺害したらその怒りは収まったのか?

実際かなり優秀で文武両道だったと言われる容疑者山上徹也が、物事の本質を理解できず怒りの矛先を赤の他人である安倍元総理に向けられてしまった事事体不自然極まり無いとしか思えません。

もしかしたら彼自身もこの宗教に所属していた次期があっただけに、何かしら心を病んでいた可能性もあるのではと思えてしまいます。

諸悪の根源は夫と父を亡くした後、宗教を拠りどころとしたが為に、全財産をつぎ込み、自己破産に陥った母親自身であって、万が一この宗教団体に安倍元総理が携わっていたとしてもその責任が安倍氏にあったと考えるのはあまりにも無謀で身勝手な思考回路です。

家族をバラバラにしたのは、その宗教団体に入れ込んだ母親自身であって他人はむしろ他人は関係ないでしょう。

団体幹部が詐欺のような行為でお金を騙したのならまだしも、です。

5月に会社を退社した彼の口座には20数万が残っていたと言われますが、住んでいたアパートは家賃約4万円、車の諸経費や食費も考えると余裕があったハズもありません。

そして最新の調べでは、彼は消費者金融にも60万円ほどの負債があったとか。このままでは生活もままならないことは明らかで自暴自棄になって最後には山上家自らの家庭を崩壊させた恨みを晴らすべく究極の選択を取ってしまったのでしょう。

母親は統一教会に1億円をこえる献金をしているにも関わらず、41歳になった息子は僅か20数万の財産と60万の負債で追い詰められて自暴自棄になった。あまりにも惨めなこの人生を終わらせたい、終わらせる前にケジメを付けてやると逆恨みしたのでしょう。

どちらにしても歪んだ思考で41年の人生を棒に振っても構わないと思う程の心の闇を自らの中で、切り替える事が出来なかった山上徹也容疑者の罪はあまりに重くあまりに自暴落な人生へと舵を切ってしまったとしか言いようがありません。

宗教に妄信した山上容疑者の母親は今何を想っているのでしょうか…

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山上徹也容疑者の母は今

息子の安倍元総理銃殺後の逮捕によって、連日報道されている通り、一時は山上容疑者の母親の自宅に押し寄せたマスコミから逃げるようにその姿をくらましていたと言われた母親。

その後、冒頭で何度も出てくる山上家を支えてきた伯父の家にきて、伯父と同伴して奈良県警の事情聴取にも応じていると言います。

「原因を作ったのは自分であって、申し訳ない。息子が大変なことをして申し訳ありません。安倍さんや家族、SPの方にも申し訳ない」と宗教関係者にも話していると言います。

ただし、そこに統一教会への批判は一切ないのだとか。

自己破産後一時は教会を離れていた母は、この2年前くらいからまた教会の集会に参加、何とあまり献金できないと年金を捻出して献金も続けているというから言葉になりません。

これほど我が息子が生きていくことに苦しんで教会への矛盾と恨みを感じているにも関わらず、です…

おわりに

日本を象徴する歴代総理の中でも今だその存在感が強く歴代総理長期政権を誇った安倍元総理の最期が身勝手な男の思い込みによって最後を迎える事になった事が日本国民はじめ世界でも衝動的なニュースとして報道されています。
容疑者の山上徹也の身勝手な行動は母親の宗教団体への妄信に始まったようです。彼の生い立ちはそうして宗教団体への恨みが募った40年間だったのでしょう。優秀なはずの青年の人生をこのような狂気に満ちた人生へと変貌させた諸悪の根源は果たして人を幸せにする為の宗教のなせる業なのでしょうか、67歳突然の逝去となってしまった安倍元総理のご冥福を心よりお祈りしたいと思います。


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