アリストテレスオナシス生い立ち~海運王の壮絶女性遍歴に同性愛も

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オナシスアイキャッチ

アリストテレス・オナシスは「20世紀最大の海運王」
と言われたギリシャの実業家です。

持っていたとされる資産は国をも買えると言われた
程の財力を一代で築いた男として今も語られる
海運王です。

そしてアグレッシブな実業家であり超の付く野心家
でもあった彼は当然欲しいものは全て手に入れた
人物です。

世界を代表するオペラ歌手のマリア・カラスと
浮名を流し、ケネディ大統領の元夫人ジャクリーンの
後の夫でもあるオナシスが、彼女たちを魅了した
その大富豪っぷりは一体どれほどのものなのか?

数々の女性と関係を共にしながら、実は
同性愛者でもあったと言われる真相とは?

今回はオナシスの生い立ちと生涯を調べました。

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アリストテレスオナシスの生い立ち~

1906年、オスマン帝国時代のスミルナ
(現トルコ領イズミル)で、タバコ商人の
息子としてギリシャ人家庭に生まれます。

古代からギリシャ人が移住していたこの
スミルナ一帯は、第一次世界大戦における
連合国の勝利の後、ギリシャによって占領
されました。

たが後にトルコ軍によって押し返され、紛争
地帯となったことでも知られる地域だそうです。

ただオナシス家はこの第一次世界大戦で、ほぼ
全ての財産を失い、ギリシャへ難民として移住
せざるを得なくなりました。

この時オナシス一家はわずか250ドルしか
なかったそうです。

1923年、オナシスが17歳の時にはギリシャを離れ
最初にウルグアイの首都モンテビデオへ行きます。

旧市街地に住みながら、6ヶ国語を自由に使える
オナシスは皿洗いなど様々な仕事を経て、葉巻
たばこの商売を始めます。

後にアルゼンチンにも渡り、同様に葉巻たばこの
輸出などの貿易業で成功
します。

第二次世界大戦最中のファン・ペロン政権下に
おいて、食肉のヨーロッパへの輸出なども
手がけこちらでも大きな成功をおさめます。

ギリシャに戻ったオナシスは、この成功を
元手にして第二次世界大戦後に連合国軍の
船舶を安く購入し、海運業へと進出します。

そしてここでも成功し、オナシスは世界に
名を馳せる海運王へとなります。

オナシスの祖母は、彼が司祭になることを
願っていましたが、オナシスの夢は、世界を
金で征服するというものでした。

オナシス~海運業と世紀の大富豪として成功の理由

オナシスが海運業を成功させ「20世紀最大の海運王」
と呼ばれるようになった理由として、海運王の
スタブロス・リバノスの娘のアシーナ(愛称ティナ)
と結婚したことが大きいとされます。

これによって一気に規模を拡大した海運業は
戦後復興を進めるギリシャとヨーロッパ諸国に
おいてまたたく間に成功します。

大型タンカーの船主となったなったオナシス
1953年にはついにはモナコ王国まで買い取ります。

オナシス帝国は巨大化していきます。

事業家
さらに1957年にはギリシャのフラッグ・キャリア
であるオリンピック航空を設立するなど事業領域を
拡大し、「海運王」として世界に名を馳せるように。

わずか250ドルしかなかったとは思えない
壮大なキャリアアップです。

また、オナシスと同時期に海運業に参入した、自身と
同じギリシャ人のニアルコスとのライバル関係も
オナシスを向上させたとされます。

超絶貧乏からタバコ商人を経て成り上がった
オナシスと、製粉業で元々裕福でマナーや思考の
洗練されているニアルコス。

オナシスはニアルコスをライバル視しており
これも成功の理由といえるでしょう。

葉巻たばこの貿易業を手がけている際に既に
裕福な暮らしを送っていましたが、どこまでも上へ
上へとのぼりつめたオナシスは、誰もが知るそして
誰もが手の届かないレベルの世界一の大富豪となったのです。

「成功の鍵は、誰にも見つかっていない物を探すこと」

と名言を残していますが、この言葉のとおり
オナシスは多方面へ目を向け、何にも恐れることはなく
どんな手段をつかってでも勝ちを掴み取りにいっています。

このひたむきな行動力こそが彼が世紀の
大富豪として成功した根本の理由では
ないでしょうか?

彼の生涯を見れば賄賂や商標権侵害、妨害工作や
密輸など多くの不正行為や詐欺の噂ばかり。

お金のためなら手段を選ばない彼は、世間に広く
名を知られながらも決して好かれてはいませんでした。

オナシスの壮絶過ぎる女性遍歴

そして英雄色を好むとは良く言ったもの。

彼もまた例外になくそのアグレッシブな事業家
への野心は女性関係にも明白に自己顕示欲となって
現れていたのでした。

そうです、オナシスといえば、その生涯にわたって
派手な女性遍歴でも有名です。

前述の通り、1946年に海運王の娘ティナと
結婚して、2人の子供であるアレクサンダーと
クリスティナがいました。

オナシスは、ティナと結婚していながらも,1957年に
ヴェネツィアで開かれたエルザマックスウェルの
パーティで今も伝説と言われているオペラ歌手の
マリア・カラスと知り合い、関係を持つようになります。

マリアカラス
しばらく愛人関係を続けていましたが
1960年にはティナと離婚。

オナシスとマリア・カラスの関係は
9年ほど続いたとされます。

しかし、彼だけを愛して結婚を望んだマリア・カラスと
結婚することはなく、他の女性にも手を出すのです。

しかも、その女性も世界んい名だたる人物として有名
で華麗な女性ばかりに彼は手を付けていたのです。

その早々たる顔ぶれは何とも華やかで彼の名声を
より広く世間や世界に向けて広げる為の戦略でもあった
かのような女性ばかりです。

アメリカ元大統領ケネディの元夫人ジャクリーンの
妹のリーとも恋仲となり、マリアカラスと同時進行で
二股だったようです。

そしてオナシスはリーと結婚の約束までしており
いよいよ結婚するのかと思いきや……。

なんと姉のジャクリーンと結婚してしまうのです。

この事実にどれほど世界は仰天したか・・・

何をどうすればそんな流れになるのかと
不思議に思えますが、このジャクリーンとの
結婚はオナシスの強欲さから。

そしてジャクリーンのお金とステータスの
欲しさからのものでした。

マリア・カラスとの恋も、彼女の世界一の
ソプラノを自身の名声へつなげるためでした。

それを捨て、もっとネームバリューのある
ジャクリーンとの結婚を選んだのです。

この結婚にマリア・カラスとリーは弄ばれた
とただただ涙を流すばかり……。

事業でも、恋愛でも壮絶なオナシスでした。

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オナシスに同性愛説も

派手な女性関係だけではなく、同性愛説まで
あるので驚きです。

これは、2007年に映画監督のフランコ・ゼフィレッリが
生前のオナシスに言い寄られたことがあると暴露して
発覚したもの。

このフランコ・ゼフィレッリもゲイだと公にしている人物
である事から、もちろん関係はあったのでしょう。

詳しくはわかりませんでしたが、オナシスが
スミルナにいた頃、トルコの陸軍中将と性的な
関係があったことも判明しています。

オナシスは両性愛者ということですね。

女性関係でも同時進行ばかりでしたが
同性相手も混ざっていたんでしょうか?

やはり一代であれだけの事業家となり一角の人物
になる人は人としての色気も物凄いものがあった
のかもしれませんね。

何もかもがワールドワイドで凄すぎます。

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おわりに

巨万の富と名声を手に入れた彼は、その女性遍歴を見るとステータスばかり見ていたように思えますが、愛は知っていたのでしょうか?世界にはいい印象を与えず、嫌われていたオナシスですが、欲望のままに動いた行動力と天才的な戦略で残した結果には学ぶべきところも多いです。


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