誰もがうらやむ大企業で知られる大王製紙の
創業家に生まれ、資産家として華やかな芸能人
との関係も噂されてきた井川意高氏。
賭博の世界にハマって巨額の資産を溶かした事で
著書「溶ける」でも知られる彼は、42歳という
若さで社長になった筋金入りのお坊ちゃまです。
全てが自分の手中にあり、将来が約束されていたはず
の彼が嫁と離婚となり手放したモノとは~
多額の借金を抱えることになり、さらに逮捕までされて
実刑まで行くハメになった「バカラの帝王」井川意高の
生い立ちから現在までを調べてみました。
井川意高の生い立ち~超絶お坊ちゃまエピソード
1964年月28日に、愛媛県伊予三島市(現四国中央市)
を拠点とする製紙会社大王製紙の創業家に、2代目
井川高雄の長男として生まれました。
大王製紙といえば、ティッシュ「エリエール」やオムツの
「GOO.N」等を生産している超有名な企業。
小学校卒業までを、その大王製紙四国本社がある
愛媛県で育ちます。
実家は株式の7割以上を持っており、超大金持ち。
敷地面積は1200坪と広く、何も不自由しない
生活を送っていました。
長男なので将来は大王製紙の跡取りですから
勉強には力を入れていました。
同会社の社員で東大卒の優秀な人物を家庭教師に
つけたり、四国から飛行機で東京の進学塾の夏期講習や
冬期講習に通っていたそうです。
その飛行機の中でさえも勉強をしていたとのことです。
夏期講習を受けるために帝国ホテルに母親と一ヶ月間も
滞在していたそうですが、一流ホテルに一ヶ月間も泊まれる
財力もやはりすごいです。
小学校卒業後は東京へ引っ越し、筑波大学附属駒場中
高等学校へ進学。
偏差値78の超名門です。
井川意高の脅威の高学歴
高校時代は、竹刀を持った父に帝王学を
仕込まれたといいます。
厳しい教育を受けながらも、一方で、ギャンブル癖も
育っていたようです。
当時の友人によると、
「段ボールを切って麻雀のパイをつくり休み時間にやっていたし、パチンコ、競馬、カードゲームなどの賭けごとにはまっていた」
とのことで、毎日のように麻雀やパチンコを
やっていたといいます。
根っからギャンブラーなのが窺えますね。
大学への受験勉強を始めたのは高校3年生からで、しかも
それでいて東京大学法学部へと進学する秀才っぷりです。
大学卒業後、1988年に大王製紙へ入社します。
三島工場次長、常務取締役、専務取締役などを経て、1998年
(平成10年)6月に代表取締役副社長となります。
2006年には子会社の名古屋パルプの社長を1年努めます。
当時は別会社だった名古屋パルプは、ティッシュの
「エリエール」の生みの親ですが、年間70億円の赤字
900億円もの借金を抱えていました。
井川意高はわずか3年で、この赤字をプラマイゼロに
持っていき、見事建て直しに成功。
その経営手腕が評価され、2007年に42歳の若さで
大王製紙の第6代社長に就任します。
井川意高の106億溶ける
しかし、社長に就任してからわずか4年、2011年9月に
182億3400万円という巨額の赤字が発覚、井川意高は社長を
辞任し、会長に退きます。
この赤字の原因は、井川意高の不正によるものでした。
カジノの借金返済のため、2010年4月から2011年9月の間に
子会社7社から総額106億8000万円を不正に借り入れていた
ことが、社内メールの告発で発覚したのです。
106億円って想像できませんが、大体サラリーマンの
生涯年収50人分以上です。
これを全てカジノで使い、すってしまった・・・
しかも自分の会社の子会社のお金でです。
借りる際には「投資に使うから」等と言って、契約書も
書かずに借りていたとのこと。
井川意高がハマったのは、「バカラ」というゲーム。
2~3枚の手持ちのカードの合計の下一桁が9を超えない
範囲で9に近いほうが勝ち、というブラックジャックにも
似たトランプゲームです。
「バンカー(BANKER)」側のカード、「プレイヤー(PLAYER)」
側のカードどちらが勝つかを当てるのですが、どちらも同じ
ぐらいの強さ。
つまり勝利は全て運任せ。
勝てば2倍になるという単純さに、1ゲームがわずか数十秒で
終わることからも人気のゲームです。
井川意高は、家族の海外旅行で遊び程度にカジノを
始めたのですが、この初の「バカラ」で手持ちの100万円が
2000万にも膨らんだことから、味をしめたようです。
どんどんのめり込み、カジノでの負けをさらに
ギャンブルで返すためにお金を借り、最終的に
自分の会社のお金も引っ張り、使い込んだわけです。
大王製紙は、井川意高を刑事事件として告発し
特別背任という名目で東京地検も捜査を開始
この後逮捕され、懲役4年の実刑となりました。
「バカラの帝王」と呼ばれるようになった井川意高。
元々社長になってから、カジノには通っていたようですが
2011年はほぼ毎月のように億単位で借り入れしています。
よっぽどハマったのでしょう。
もし告発されなかったらと思うと、ゾッとしますね。
井川意高は後に、カジノで106億円を溶かした事件に
懺悔の意味を込めて「熔ける」という本を出しています。
東京地検特捜部に逮捕される直前の2011年10月、私はある精神科医のもとを訪れた。
精神科医の診断書によると、私は「抑鬱状態」「アルコール依存症」「ギャンブル依存症」の三拍子が揃っているそうだ。企業の経営者として常に強いプレッシャーにさらされながら、物事を突き詰めて考える。絶対に失敗してはならないという強迫観念にとらわれ、いつも緊張にさらされている。
「熔ける」の内容からは、井川意高の華やかな
創業一家の、跡取りとしての苦労も見て取れます。
大企業の御曹司で、厳しい両親の元で育ったことから
やはり一般人では測り知れないプレッシャーは
あったのかもしれません。
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井川意高の嫁離婚の噂
この事件がきっかけで気になるのは
家族との関係です。
106億もの借金を作り、逮捕までされて、妻や
子供はどうしたのでしょう?
井川意高氏の妻は、井川陽子さんといい、大学3年の
頃の東京大学ヨット愛好会で出会ったことがきっかけで
結婚しています。
子供も3人いて、娘は事件が起きる前に慶応幼稚舎に
入学したと言われています。
さすがに離婚したのでは?という噂が広まりましたが
そういった情報は表に出てはおらず、デマだとされて
いました。
現在もデマだと広まっていますが、実際のところは
40歳の時に離婚しています。
子供が受験を控えていた為、離婚後も表面上は
そのままで、刑務所にいる間も元妻は家にいたとのこと。
刑務所から出る直前に妻は近所のアパートに引っ越した
そうですが、今でも土日に長男の御飯をつくると言って
井川意高の家を訪れているようです。
長男が井川意高の元にいるのは、一緒に住んでいる
父が孫と暮らしたいと言ったことから。
離婚はしているものの不仲ではなく、今でも家族の旅行にも
一緒に行っているとのことです。
井川意高の現在も余裕?
「大王製紙事件」の後、莫大な借金は
どうなったかと言うと、7割以上保有していた
大王製紙株を北越紀州製紙に全て売却する等して
自己破産もせず全額返済しています。
ただ、井川意高自身はもちろん、父も、取締役の弟
高博も解任され、一家は大王製紙から追われること
になりました。
祖父の代から引き継いできた大王製紙が他人の
手に渡り、家族まで巻き込んでしまう形に。
2016年に出所後は、父が面倒を見ていた小さな
会社が手元に残っていたとのことで、そちらの
経営をしているようです。
保釈中に書いた「熔ける」には自身の半生だけでなく
芸能人との交友関係も暴露されており、売上は好調。
現在も執筆活動をしています。
これらの印税に加え、ちょこちょこテレビ出演も
しているのでそちらの収入もありそうです。
実家で両親と暮らしているようですが、それなりに
悠々自適な生活を送っているのではないでしょうか?
現在はギャンブルは麻雀のみとのことですが、やはり
ギャンブルは辞められていないようです。
2017年のAbemaTVでは、「坊主麻雀」の麻雀大会で
堀江貴文含む仲間4人と対戦し、優勝して賞金500万円を
ゲットしていました。
おわりに
もしギャンブルにハマることがなければ、その実力からして、大王製紙はさらに発展、井川意高自身も日本を支えるような大物になっていたのではないでしょうか?そして個人で?巨額の借金106億円をしっかり支払える巨額の財力があった事にも驚きつつ・・・彼の著書のタイトル通りまさに「溶ける」というか溶かしてしまった巨額財産をモノともしない一般社会を凌駕した財閥一家の井川意高氏の余裕な現在が何かしら得体の知れない凄みのあるオーラを備え、それが井川氏のカリスマとも魅力とも見えるのだから人生は分かりませんね。
過去の努力や偉業も全て水の泡にしてしまう、そして家族までも巻き込んでしまう、ギャンブルって怖いです。
今後もギャンブルは程々に……、悪い方へ流れないことを祈ります。
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