笹川良一と浅野ゆう子の関係!女性遍歴と超倹約エピソードが絶句

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笹川良一アイキャッチ

戦後のフィクサーとして政治にも深いかかわりを
持った実業家の笹川良一。

若い頃は女優の浅野ゆう子との愛人関係が常に
噂になるほどの艶福家でもあった希代の実業家
笹川良一の脅威的な女性遍歴と相反する倹約家
と言われたエピソードを調べてみました。

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笹川良一プロフィール

氏名:笹川良一(ささかわりょういち)
生年月日:1899年5月4日
出身地:大阪府箕面市
没年月日:1995年7月18日(95歳)
出身校:大阪府茨木市立豊川小学校
所属政党:無所属
称号:勲一等旭日大綬章、大阪府箕面市名誉市民
親族:次男・笹川尭(前衆議院議員)
三男・笹川陽平(日本財団会長)
孫・笹川博義(衆議院議員)
書籍:人類みな兄弟、巣鴨日記

笹川良一とは

笹川良一とは、大阪生まれで大正
昭和時代に、かけて活躍した日本の
政治家、社会奉仕活動家です。

競艇事業の収益金で福祉事業を推進する
日本船舶振興会(現日本財団)の創始者で
善人のような印象と併せて戦後日本を仕切った
首領、黒幕とも言われてきた笹川良一氏。

笹川氏が自らハッピを着て「一日一善」「火の用心」
を呼びかけるCMも有名です。

意外なことに彼の女性関係が華やかで、女優の
浅野ゆう子との関係も噂になったことがありました。

笹川氏はイタリアのファシスタ党に倣ったと
いわれる右翼団体の国粋大衆党を結成し総裁に就任。

衆議院議員に当選しますが、敗戦後、A級戦犯
として3年間収監され不起訴となり釈放。

後に彼は戦犯の釈放運動などをする一方、全国に
競艇を普及させた第一人者としても有名な人物です。

全国モーターボート競走会連合会会長・日本船舶
振興会会長を務め、年間600億円という巨額の
補助金を背景に政財界での発言力を持ち続けました。

船舶振興会のテレビCMに自ら出演し唱えた
「一日一善」は1976年の流行語となり世間に
知られる存在となります。

笹川氏は莫大な競艇収益の配分権を掌握した
ことでも、政界のフィクサーと呼ばれました。

世界中のハンセン病患者の施設を慰問し
励ましたり、東京裁判の戦犯家族を支援したり
と福祉事業に熱心に取り組んでいたとされています。

笹川良一と浅野ゆう子の知られざる関係

浅野ゆう子
かつて笹川良一氏と女優の浅野ゆう子
知られざる関係がスクープされ話題と
なったことがあるようです。

右翼政治家でその財力にものを言わせ、
当時から反社会勢力や芸能界など多方面に
強い影響力を持ったといわれた笹川良一氏。

当時まだ十代でデビューした頃の女優
浅野ゆう子さんを愛人にしていたことが
週刊誌に掲載され世間を驚かせました。

バブル期にはトレンディードラマ全盛期に
活躍した浅野ゆう子さんは当時から大変
人気でしたが、笹川氏との愛人という噂は
長く続いていたそうです。

浅野さんは彼をスポンサーとしていた
という情報もあります。

2人の愛人関係についての詳しい情報や
確かな根拠はないものの、彼女を笹川氏
最後の愛人とする声も多く見られる事から
親しい仲だったようです。

笹川氏と芸能人の愛人と囁かれた人物は他にも
女優の由美かおるさんや一世を風靡したアイドル
ピンクレディーのミーさんなどがおり、笹川氏も
女性に優しい人だったようです。

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笹川良一の女性遍歴が凄い

英雄色を好むの諺の如く艶福家としての
一面も持つ笹川良一氏ですが、その女性遍歴は
一般人の想像の領域を超えた遍歴に驚きます。

笹川良一氏の最晩年までに愛した女性の数は
70人近かったといわれています。

その長い人生には華麗な女性遍歴があったことが
わかっています。
(週刊現代・工藤美代子著「悪名の棺」より)

笹川氏は26歳の時、芸者の女性と結婚しますが
8年ほどで離婚しています。

その後45歳で入籍した一江(大阪の本妻)や、
鎮江(東京の奥様と呼ばれた)、次男・尭氏や
三男・陽平氏の生母の小川喜代子など女性関係は
晩年まで絶えなかったと言われています。

戦前、親交のあった山本五十六、連合艦隊司令長官
から、どうやって、それぞれの女性に愛情配分を
しているのかと聞かれた笹川氏は、

「西へ行ったら(中略)西の女に愛の全てをくれてやる。東京へ帰ってきたら、大阪のことは全て忘れて東京の女に愛情を注ぐんや。」

と答えたとか。

京都在住の当時23歳の舞踊家の女性は、64歳の
笹川氏と出会い、それから30年にわたる関係が
あったと言われています。

昭和43年笹川氏は41歳も年下の彼女のために
京都の山科に大豪邸を建てたといいます。

笹川良一の倹約エピソードが絶句

戦前から米相場や先物取引、株取引などで
巨額の資産を築いた笹川氏ですが、私生活では
かなりの倹約家で、驚きの倹約エピソードもあります。

笹川氏のお手伝いであった今村喜美子氏によると
彼は『絶対に贅沢をしちゃいかん。』と話し、
ガス湯沸かし器さえもったいないからと
買わなかったそうです。

毎朝自分でお湯をいる分だけガスで沸かして
顔を洗っていたそうです。

これには大きな造り酒屋を営んだ笹川氏の
両親の教えも影響したとも言われ、母親の

「世のため人のために働くよう心がけなあきまへん。」

という言葉を守っていたとされています。

特に水の無駄遣い禁止を晩年まで徹底し、豪邸でも

「湯に入る時は水は風呂桶の半分までで十分だ。二人一緒に入ればちょうどいい。いい湯だ、なんていって湯を流すバカがいるがとんでもない。」

などと語っています。

お風呂のお湯を贅沢に使えるのは晩年の愛人
(京都在住の舞踊家の女性)だけだったといいます。

面白いのは海外出張の時、東京の妻が着替えを
持たせますが、笹川氏はもったいないといい
新しい下着に替えたがらなかったそうです。

他にも質素な食生活であり、夕食のおかずは
メザシ2本が定番で、ご飯は切り干し大根を
一緒に炊いた大根飯か、生卵のかけご飯でした。

企業の社長ら大物人物や大臣を招き夕食を
共にする時でも、もてなしは中華ならチャーハン
だけという事も多かったそうです。

ただ笹川氏にとってはすごいご馳走の意味合いが
あったといい、仕事以外の面では堅実過ぎの
イメージが大きいようですね。

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おわりに

巨大な資産を自力で作りあげ思うままに政財界を操り黒幕、フィクサーと謳われた笹川良一氏の私生活は女優浅野ゆう子との愛人関係や、70人にも及ぶと女性遍歴など華やかである一方で、贅沢をしないかなりの倹約家であったことがわかります。
各界に幅を利かせ、右翼大物政治家として多くの人脈があった笹川氏ですが、多すぎるほどの愛人や芸能界の大物女優らとの関係もあり、女性を惹きつける魅力がたくさんあったのかもしれません。
財力は事業にごっそりつぎ込んでも、プライベートの倹約エピソードの数々にあるように自身のことには無頓着なところもまた彼の裏の顔でしたが、戦後最大のフィクサーという肩書きから離れた人間味の現れに視線が集まっています。


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