戸川尚作NEROの生い立ち~引きこもり母への依存と壮絶DVの評判が闇

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戸川尚作アイキャッチ

またも二世タレントとして活躍していたシャンソン
歌手の故戸川昌子さんの息子戸川尚作(NERO)が
逮捕されたようです。

3年前に既にこの世を去った故戸川昌子さんの
一人息子、戸川尚作さんの生い立ちを改めて
調べてみましょう。

母親に依存しながらも、戸川昌子さんの晩年は
息子NEROからの壮絶なDVを受けての最後だったと
言われています。

高齢出産で挑んで授かった一人息子戸川尚作の
これまでと母子の関係を生い立ちから追ってみようと
思います。

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戸川尚作(NERO)プロフィール

芸名   NERO
氏名   戸川尚作
生年月日 1977年7月23日(41歳)
出身地  東京都品川区
身長   176㎝
血液型  A型
職業   シャンソン歌手・タレント・トレーダー

戸川尚作(NERO)戸川昌子の息子がまたも逮捕

3年前に胃がんで亡くなった戸川昌子さんの長男
戸川尚作(NERO)の名でシャンソン歌手として
活動する彼が大麻を所持していたとの事警視庁に
逮捕された事がニュースになりました。

逮捕されたのが今月の2月5日東京都品川区で7g
の大麻を所持していた所現行犯逮捕と至ったようです。

彼は過去にも逮捕歴があり最初は2003年覚せい剤所持で
逮捕。

2度目も、その3年後の2006年で覚せい剤所持と大麻の
所持で逮捕されています。

当時はまだ母親の戸川昌子さん健在だった時ですが
それから10年以上の月日が経っての大麻所持で3度目
の逮捕との事。

既に薬物依存の状態だったのかもしれません。

既に今回の逮捕も自分が使用する為の大麻所持
だったことを認める発言をしています。

戸川尚作(NERO)の生い立ち~戸川昌子の息子として

シャンソン歌手の戸川昌子さんと言えば江戸川乱歩賞
作家でも知られた破天荒な半生で知られる人物でもあります。

1977年に当時、既に46歳だった戸川昌子さんが、一人息子
となる戸川尚作(NERO)を出産した事は当時の高齢出産の
中でも群を抜いた出産年齢だったことからもかなり話題に。

そしてもう一つ話題となったのが、こちらも当時相当
珍しかった週末婚と言う別居婚を選んだ事

そして晩年16年4月に胃がんで85歳の生涯を閉じた
戸川昌子さん。

ですが、現役時代の破天荒な生活ぶりは晩年本人が
暴露しましたが破天荒そのもの。

当時は異性関係の多さから何と息子のNEROの父親も
実は誰だか分からないと言い放った程異性関係が
お盛んだったことを暴露。

とても破天荒な母親でもありました。

そんなだいぶん世間の物差しとはズレがある母親に
育てられた影響もあったのか、母親が進めるまま週刊誌
などの取材も受けてプライベートを話したNEROは当然
学校では異色の存在になっていったそうです。

そのうち学校では同級生にも避けられる存在となり
同級生の母親らは「あの子とに近づいてはいけない」
完全に要注意人物扱い。

とても孤立した存在になったNEROは反論の余地もなく
結局学校を追われる形となり自宅に籠る生活を送る
事になります。

しかも小学生からです・・・

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戸川尚作の生い立ち~幼少期の引きこもり時代

クラスや友人らから無視されてハバのような状態になり
いたたまれなくなった彼はその後僅か小学校の途中から
中学に上がるまでほとんど学校に行かない引きこもり
の生活を送ったというのです。

そんなNEROの引きこもりも母の戸川昌子は許したのでしょう。

当時から戸川さんの姉が経営していたサロン「青い部屋」
を母の戸川昌子も経営していたため、大人に交じって自由
な生活を送っていたNERO。

自宅では絵をかいたり文学書を読んだり歴史の本を読んだり
して自主的に勉強を取り入れていたようですが義務教育に
ついても母親の戸川昌子さんから押し付けられる事はなかった
ようです。

当時の母や叔母が経営していた「青い部屋」は三島由紀夫
はじめ、なかにし礼や三輪明宏など、おなべやおかま、などの
集まりが多いサロンだったそうです。

世間でいう所の異端児な大人らに交じって当時の
NEROはある種特異な世界でその幼少期を過ごしたと
言えるでしょう。

自身の自叙伝である「ぼくのママン」にもあるようですが
この特異な環境で育った事や自らが人と同じ生活に馴染めなかった
事にNERO自身も悩んだ事があるのでしょう。

過去にはそうしたトラウマから逃げる為に自殺未遂
薬物に走ったとも告白されています。

戸川尚作の母への依存と晩年の母へのDVが闇過ぎる

そんな中でもバークレイ―の走りとして日本発の
キャバレーの走りとして経営していた「青い部屋」
での影響から、当初歌手として様々な形で活動していた
NEROは結局母親の原点であるシャンソン歌手としての
活動も行う事となる。

2006年まだ母親健在の頃は母昌子について、母の事を
「先生」と呼んでついてまわっていた時期もある。

戸川昌子

だが一たび間違うと、先に紹介した自殺未遂や
薬物へ走ったNEROの中のトラウマの矛先は母親の
昌子にも当然向かったようで、晩年は自宅に帰れないと
NEROに殴られて顔を晴らした戸川昌子が友人宅に
逃げてくる事も多々あったという。

「息子が怖い」と老年になって殴られた顔をした
戸川昌子。

最後はそうしたやり取りから親子の軋轢が消えず
晩年介護施設に入所した母戸川昌子ともほぼ音信普通
の状態だったとか・・・

当時の最高齢での46歳での高齢出産を経て、どの
男の子供かは分からないけど私の子供である事は
間違いないと豪快に笑って言い放った母親。

その晩年は、「ゴミ屋敷」として紹介されたりも
してテレビで話題になったりもしたがテレビで見せる
親子NEROとの姿は仲睦まじい親子そのものだった。

裏では顔が腫れる程息子に殴られながらも
明るく最後までふるまった母親の戸川昌子さんの
最後の想いはいかなモノだったのでしょう。

それでもNEROを生んで幸せだったのでしょうか・・・

ちょうど今年の4月で戸川昌子さんが亡くなって丸3年の
月日が流れますが、天国からみている母親戸川昌子さんは
何を想うのでしょうね・・・

どうしてもいたたまれない気持ちになってしまいます。

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おわりに

破天荒な母親で有名人の戸川昌子が46歳で高齢出産した一人息子戸川尚作こと(NERO)氏の逮捕から分かった事は、やっぱり母親の呪縛から逃れたいと思った時期もあったのかもしれませんが、母親の存在が無ければ何の存在感も無いNEROである状態は何ら変わってないのだという事実。はからずも大麻所持と言う体たらくで世間にその様子を知られる事となったNEROの今後の行く末はどうなるのでしょうか?41歳となった彼が本当の意味で独り立ちする日がくるのか?是非とも次回は、今回のような事件でNEROの名を聞く事の無い事を祈りつつ今後も注目していきたいと思います。


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