辻井伸行の生い立ち~父は産婦人科で母は元女子アナの実力と評価は

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辻井信行アイキャッチ

盲目のピアニストで知られる辻井伸行。

生まれながらに目が見えない全盲という
ハンデを背負いながらも、それを全く
感じさせない演奏には思わず惹き込まれます。

世界各国をコンサートして演奏する彼のその
実力とカンパネラは唯一無二と言われ実力は
世界にも認められる存在です。

テレビで演奏を披露する事も多く、ご存知の
方も多いのではないでしょうか?

幼い頃からピアノを愛し、若くして様々な賞を
受賞している彼の生い立ちと、そんな彼の才能を
後押しした産婦人科医の父親と母親についても
追ってみようと思います。

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辻井伸行の生い立ち~全盲として誕生

1988年9月13日、東京都豊島区で、産婦人科医の
父と、元フリーアナウンサーの母の元に長男として
誕生しています。

18年11月現在で30歳になられてますね。

彼は、生まれた時から、眼球が成長しない「小眼球」という
病気で、辻井伸行の場合は光も感じることの出来ない
先天的な全盲です。

この病気はあくまでも目の病気であって、視覚以外に
他の身体部位に影響はなく、至って健康な生活を送れます。

辻井伸行が演奏中や会話厨に首を横に振る癖があり
他の病気かと思われがちですが、盲目の人によく
見られる行動で、平衡バランスを取っているのだと
言われています。

幼い頃からピアノに触れ、筑波大学附属盲学校
(現在は視覚特別支援学校)小学部卒業後は、
東京音楽大学付属高等学校(ピアノ演奏家コース)に
進学、卒業しています。

辻井信行の経歴

1995年 全日本盲学生音楽コンクール器楽部門ピアノの部第1位を受賞
1998年 大阪センチュリーオーケストラ楽団と共演
1999年 日本最大規模のピアノコンクール、全国ピティナピアノコンペティションD級で金賞を受賞
2000年 第1回ソロ・リサイタルをサントリーホール小ホールにて行う
2002年 佐渡裕ヤング・ピープルズ・コンサートに出演
2004年 東京交響楽団の定期公演に出演し、大きな反響を得る
2005年 第15回ショパン国際ピアノコンクールにて「ポーランド批評家賞」を受賞
2009年 ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで日本人初の優勝
2011年 カーネギーホールでピアノリサイタルを開催し大反響
2013年 日本ショパン協会賞を受賞

略歴から、7歳の頃には1位を受賞していて
ピアノの才能に恵まれていたのがわかります。

辻井伸行の生い立ち~ピアノとの出会いと才能

辻井伸行とピアノの出会いは、母が好きで
聴いていたショパンの「英雄ポロネーズ」
という曲がきっかけでした。

まだ生後8ヶ月の頃、母親がスタニスラフ・ブーニン
の弾くこの曲を流していると、笑ったり足をばたつかせる
などして、全身で喜びを表現していたそうです。

毎日のようにその曲を聴かせ、ある日CDが傷ついて
再生できなくなってしまいます。

そこでまた「英雄ポロネーズ」のCDを買い直し
聴かせたら、今度は全く反応しなかったそうです。

不思議に思った母が前のCDと見比べてみたら
演奏家が違っていて、もう一度ブーニンの演奏する
「英雄ポロネーズ」を買い直したら、同じように
喜んだといいます。

幼い頃から”ピアニストの演奏の違いを聴き分ける
耳を持っている”と気付いた母は、彼に子供用の
おもちゃのピアノを買ってあげます。

レッスンを始めたのは1歳5ヶ月の頃で、2歳の時に
は母の歌う「おもちゃのチャチャチャ」に合わせて
両手で伴奏を弾くほど。
生い立ち

母の声から音を探すように弾いていて、音程を
理解していたのがわかります。

目が不自由な辻井伸行は、あらゆる情報を
耳から集めていました。

現在もオーケストラとの演奏の際、指揮者に曲の
冒頭やテンポの変わり目でスッと息を吸ってもらい
その音を聞いてそれに合わせているそう。

楽譜の読めない彼が新しい楽譜を覚える方法は
点字ではなく、先生の弾く音やCDからの耳コピです。

他より耳が良いという事が、辻井伸行のピアノの
才能につながっています。

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辻井伸行の父は産婦人科で母は元女子アナ

辻井伸行がピアニストの道を進めたのには
両親のおかげとも言えます。

父親は辻井孝さんといい、帝京大医学部卒で
伸行の祖父の代から都内に開業していた医師の
家系であり、父親も産婦人科の院長と言う家庭
環境はかなり恵まれた環境だと言えるでしょう。

母親は辻井いつ子さん。

こちらは東京女学院短期大学卒後、フリーアナウンサー
として活躍。

テレビ番組出演でも常に息子の信行さんに付き添われて
見えますが、やはり元アナウンサーだけあって、とても
お綺麗なお母さまです。

現在も辻井伸行の母として講演会などを行っています。

家族
本当に美しいお母さまです・・・

父親は都内で産婦人科、母親はアナウンサーと
いうことで家はそこそこお金持ちだったのでしょう。

母は、目の見えない息子を抱え落ち込みながらも
手探りで愛情を注ぎ、伸行がやりたいといった
ものは何でもやらせ、ピアノの他にはヴァイオリン
水泳、琴などを習っていたようです。

この中でもピアノだけは最期まで興味を持っていて
母はむしろ「そろそろやめたら?」と思うほど
熱中したとのこと。

とにかく泣き虫で、物事がうまくいかなければ
30分の長い時間でも延々と泣いていたことから
学校では「ビービー伸行」というあだ名がつけられた
そうです。

それでもピアノに関しては一切泣くことがなく
いつも楽しそうに弾いていたそうです。

母は、ピアノを弾く辻井伸行を止めることもせず
褒めて伸ばし、父は常に冷静沈着、時には厳しい
態度で接しました。

思春期の頃には父との間に溝ができ、

「もっと地に足つけろ」という父と
喧嘩ばかりだったそうです。

二人の対象的な愛情の注ぎ方が、ピアニスト
辻井伸行を育てました。

辻井伸行の実力と評価

世間の音楽家たちの評価を見ると、辻井伸行を
ピアニストとして一流と評価している人は実は
意外にも、そこまで多くはありません。

嫌なコメントですが「全盲のピアニスト」という
同情から過大評価されている、という意見が
ネットでは多く見られました。

一方で、音楽評論家によると、目の見えない辻井伸行は
耳で自分が心地いいと感じる音だけを拾い、自身の演奏も
それに近いものを再現しているといいます。

つまり、聴く人が心地良いと思える音楽を
演奏として再現している?出来る演奏者でもある
ということです。

実際聴いてみるとわかりますが、彼の演奏は
なめらかなタッチが多く、激しい曲も煩く
感じないような演奏が多いです。

個人的にはこのリストのラ・カンパネラが素晴らし
過ぎて泣きそうです・・・

ピアノの技術というのは、譜面通りに弾くだけではなく
そこに音の強弱やバランス、テンポの波の付け方などを
ピアニスト自身が作り出して、いかにピアノに命を
吹き込めるか、というのも大切です。

辻井伸行はその点が非常に長けていて、純粋な心や
情熱がその音に乗っています。

彼の場合はミスタッチも少なく、鍵盤の位置を体で
きっちりと覚えているので、安心して聴ける
ピアニストだと思います。

人によって上手いピアニストの定義が違ってくるので
難しいですが、ピアノのテクニックは十分にあるし、
表現力も見事だと思っています。

盲目である事実を含めても、人間が持つ無限の可能性を
体現している人物としては、上手い下手の実力以前に
人に感動を与えうる存在である事。

ここには一点の曇りも無い。そう思える存在のピアニスト
であるとは言える存在なのではないでしょうか。

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おわりに

個人的に、辻井伸行が盲目だということを忘れて一度その演奏を聴いてみてほしいです。
彼にしか表現できない、心の目で見た世界をぜひ一度ゆっくりと味わってみてください。
辻井伸行の演奏曲でおすすめは、ショパンの「革命」と、リストの「ラ・カンパネラ」。
どちらも完成度が高いのはもちろん、聴いているだけで涙を誘う名演奏です。


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