美智子様の生い立ち~民間から皇族は企み?兄妹の驚愕手の平返しに絶句

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美智子様アイキャッチ

長い皇后の激務からようやく解放された元皇后
美智子様。

改めて新たな令和の時代に変わり、美智子様の
生い立ちをドラマで見て、あれほどの資産家を
実家に持ちながら壮絶なバッシングの中、今日まで
過ごされてきた事実に驚いた方も多いのでは
ないでしょうか?

今回は美智子様のご実家がいかに凄い資産家だったか
そして美智子様が皇室に嫁がれた事で、どう正田家に
影響したのか?美智子様の兄妹の実話と共に追って
みようと思います。

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美智子様の生い立ち

昭和の時代から平成と長い間、常に天皇陛下の
側に寄り添い皇務を支えて来られた美智子様。

時代が令和に移り変わり皇后の重責からも次の
世代に引き継ぐことで解放されました。

そんな彼女が皇后になられた同時は民間から始めて
皇族に嫁いだ女性として世間から大きく注目されました。

美智子様の本名は正田美智子さんといって日清製粉
社長の正田英三郎と妻富美子の間に昭和9年に長女と
して誕生しました。

美智子様の誕生した正田家は江戸時代から続く米問屋
から起業して醤油の製造や製粉業の製造まで様々な事業
を展開して地元群馬県館林市では、知らない人が居ない
レベルの資産家として活躍してきたご実家です。

今も現存する日清製粉を起業したのは、美智子様の祖父
の当たる正田貞一郎さんで、明治時代に企業し、その後
誰もが知る企業にまで成長させ実業家です。

美智子様からしたら祖父に当たる貞一郎氏の三男と
して誕生した美智子様の父英三郎氏が稼業を継いだのは
長男が早逝した事と、通常であればその後を継ぐ次男が
学者だった為三男の栄三郎さんが稼業の日清製粉を継ぐ
事となったそうです。

ともかく群馬県館林市はじめ、当時の勢いは関西でも
知られた存在の資産家として有名だった正田家は
民間から皇室へ嫁がれて話題とはなりましたが民間とは
いえ、通常の家庭とは雲電の差がある程の生粋のお嬢様
だったことは間違いありません。

そんな美智子様の、幼少期の彼女は美しいというより
とても可愛らしいく大人しそうな容姿でした。

ですが小学校時代美智子様を指導してきた担任が
言うには、活発で強気な性格で運動神経も抜群
だというのです。

写真だけでは想像出来ませんでしたが、自分の意思を
しっかりと持ち身体を激しく動かすことも大好きだった
わけですね。

雙葉学園雙葉小学校付属幼稚園を経て雙葉学園雙葉
小学校に通った美智子様、しかし1944年以降は疎開の
為いくつかの小学校を転校しなければなりませんでした。

1945年に軽井沢第一国民学校の初等科に転校した際
やっと終戦を迎えます。

そして当初通っていた雙葉学園雙葉小学校に戻り1947年
には卒業。

この頃は品川区五反田に住んでいたので、毎日の通勤が
精神的にも肉体的にも大変なことから聖心女子学院中等科に
入学します。

その後そのまま聖心女子学院高等科に進み1953年には卒業。

中高生時代は常に成績はトップクラス!

聖心女子学院大学に入学してからもそのレベルを保ち
首席で卒業することになります。

彼女は大学院に進学したいと希望を出しますが、両親は
家庭に入ることを望んだ為それを受け入れることにします。

美智子様といえば皇太子時代の明仁様とテニスをやられて
いたことでも有名です。

実際テニスのトーナメント戦で優勝するほどの実力が
あったのですから、あのキビキビとした動きにも納得
出来ます。

彼女が明仁様に始めて出会ったのはテニスの大会中で
「テニスコートの出会い」として今尚語り継がれています。

もしここでの出会いがなければ皇族とは全く別の道を
歩んでいたのかもしれません。

しかしここでの出会いがあったからこそ皇太子妃そして
皇后としての美智子様があったわけですね!

運命とはまさに不思議なものです。

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美智子様が皇太子と結婚後の兄妹の手の平返しに驚愕!

美智子様は4人兄妹の長女で他には次女の恵美子と
長男の巌に次男の修がいました。

冒頭でも説明したように民間とは言え江戸時代から
続く資産家として関東でも関西でも知られた存在の
日清製粉のご子息と言う事で、当然ながら子供達にも
家と家の繋がりを大切にさせる厳格な家庭でした。

結婚相手を決めるのにも本人の意見より親や兄妹達の
意見が尊重されました。

美智子様が初の民間から皇室に嫁がれた事は有名な
事実ですが、その後、皇族や華族出身の周囲の人物
に壮絶なバッシングやイジメ紛いな目にあった事は
知られた事実です。

あれ程の資産家のお嬢様であった美智子様でもです。

皇族や華族で無い人間が皇室へ嫁ぐと言う事は物凄い
高い壁があった事が分ります。

それでも、恐ろしいのが正田家では、この長女美智子さまが
皇室に嫁がれた事で、民間の資産家には資産家の目には
見えないが、確実に存在する、家柄問題があったのです。

当時の正田家で4人姉弟の中で1番に結婚した美智子様。

しかも嫁ぎ先は、皇室です。

世間も民間からのプリンセス誕生で時代の移り変わりを
盛大に喜んだものですが、それ以上に正田家にもたらした
影響は計り知れませんでした。

兄である美智子様の3歳年上の巌氏は当時既に婚約していた
お相手がありました。

でも妹である美智子様の皇室へのご婚姻が決定したと同時
に兄巌氏が、と言うか正田家と言った方が正しいのでしょうか?

婚約相手にこう三下り半の言葉を言い婚約は破談
したというのです。

まるで手の平を返すかのように・・・

その言葉がこれです。

『お宅とうちでは家格が違うから解消します』

これどうでしょう?

凄くないですか?

つまりは妹が皇室に嫁いだ事で一介の資産家、正田家
とは訳が違うんだと聞こえる程、家格を縦にして婚約を
キッパリと破棄しているのです。

そしてその後、新たな結婚相手として現在の妻にと
めとった相手が、濱口雄幸元首相の孫である淑氏と
結婚されています。

次男の修さんで現在の日清製粉の社長は大原総一郎の
次女でクラレ社長の娘素子さんとご結婚。

妹の恵美子さんはエンジニアリング家である安西家
へと嫁がれています。

この美智子様意外の3人のご姉弟のご結婚相手と
なられた相手のご実家は、当時では正田家を持っても
美智子様が皇太子妃となった実家と言う事実が無ければ
先ず結婚相手にされない家柄だったと言われています。

本当の一般時には、意味不明ですが皇室しかり
実業家や資産家と言われる家柄同士の壮絶な目には
見えないけど、確実に存在する家柄や家格と言う高い
壁が存在したと言うリアル過ぎる実話に、いささか
恐怖を覚えます。

それで調べてみると婚約が正式に発表される前に
箱根のホテルで家族会議があったことが分かりました。

ここではかなり激しい意見の隔たりがあり、会議後の
家族はかなり憔悴しきっている様子だったようです。

結果的には美智子様の話を聞いた母親が味方になった
ことで話がまとまったという情報もあります。

ということは美智子様以外最初は皆反対だった
可能性が高いですね!

会議で何を話したのか詳しいことは分かりませんが
恐らく相手が皇太子ということで最終的に自分の
気持ちを強く訴えた美智子様に軍配が上がったと
いうことですかね。

そして正式に結婚ということになると正田家と天皇家との
繋がりは強固なものになります。

具体的な反対理由は出ていませんが、時が経つにつれ
家族の態度も軟化していったのだと思います。

当時は結婚や交際に家族が関わってくるのは
多い時代でした。

今から思えば考えられないですが、こうしたなかを
美智子様は歩まれたわけです。

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美智子様の民間から皇族へは正田家の企み?

あの時代には考えられなかった民間から始めて皇族に
嫁いだなった美智子様ですが、前述したように当初は
家族の猛反対を受けました。

家と家の結び付きを重要視する正田家とはいえ、流石に
皇族ともなると様々な仕来たりやしがらみがあり嫁がせる
のを躊躇したのでしょうか!?

にも関わらず最終的に何故承諾したのかは
分かっていません。

一説には、テニスコートでの出会いで恋愛結婚だった
と言うのは嘘で、正田家の前途した目論見で、長女
美智子様を皇室へと嫁がせた~とも噂もある程・・・

正田英三郎は政治家や経済界の大物との関係も
強かったと言われていますが、やはり、そこは
資産家と言え、一民間人に過ぎなかった正田家の
家格を一段どころか二段も三段も格上げさせたのは
長女美智子様の皇室へのご成婚だった。

その事実は紛れもない事実だったのかもしれません。

おわりに

華麗なる一族に誕生した美智子様ですが、あれほどの家柄に生まれて当時のあの美貌からしても、皇室で無くてもどんな家にでも喜んで嫁ぐ事が出来ただろうことは想像に容易い稀有な人物だと思います。皇太子に見初められたが故に想像を絶する苦労をして皇室で皇后まで勤め上げられた美智子様。それでも皇室にもご実家である正田家にも多大なる影響を与えて繁栄させた女性皇后として素晴らしい人物である事は間違いありません。今後は激務からようやく解放されたので、元元今上天皇とお二人仲良く健康でいてもらいたいと心より願うばかりですね。


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