パブロピカソの生涯~希代の女たらしの女性観はケチでクズだった

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ピカソアイキャッチ

世界中の誰もが知る有名な天才芸術家パブロピカソ。

彼の天性の芸術的才能を開花させていったのは
驚くことにたくさんの女性遍歴であったことが
明かされています。

パブロピカソは人生で二度の結婚以外にも、多数の
女性を愛人に持ち子供までいたという驚愕の私生活が
あり希代の女たらしだったことは大変有名です。

パブロピカソについて希代の女たらしの噂や、彼の
女性観はケチでクズそのものだったという評判に
ついてまとめてみました。

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パブロピカソプロフィール

本名: パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・
デ・パウラ・ホアン・ネポムセーノ・マリーア・デ・ロス
・レメディオス・クリスピン・クリスピアーノ・デ・ラ
・サンディシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソ
生年月日: 1881年10月25日(91歳)
出生地: スペイン マラガ
身長:163㎝
死亡日: 1973年4月8日, フランス ムージャン
職業:画家・彫刻家・版画家・陶芸家・舞台デザイナー・詩人・劇作家
代表作:「ゲルニカ」「アヴィニョンの娘たち」「泣く女」など

ピカソの本名が、これほど長いのはピカソの名に
聖人や縁者の名前を並べたから本名が長いのだ
そうです。

ちょっと、ここまで長いとどうなのかな、と思う
ものの、美術講師だった父親の芸術家らしからぬ
命名だったのかもしれません。

パブロピカソについて~画家として

パブロピカソは成年期以降の大半をフランスで
過ごしたスペインの芸術家です。

彼の活動は絵画にとどまらず多岐にわたり、20世紀
最大の芸術家として有名です。

生涯におよそ1万3500点の油絵と素描、10万点の版画、
3万4000点の挿絵、300点の彫刻と陶器を制作し、最も
多作な美術家であると『ギネスブック』に記されています。

パブロピカソは幼少期より絵の才能を発揮し、11歳で
ラ・コルーニャの美術学校へ特別に入学し、14歳で
画家としての活動を開始します。

1904年、フランス・パリに移住しポール・セザンヌ、
トゥールーズ=ロートレックなど多くの画家から芸術
様式を吸収し、作風を次々と変化させたくさんの作品を
生み出し晩年まで創作意欲を絶やすことなく芸術に
身を捧げました。

パブロピカソは希代の女たらしの女性遍歴

パブロピカソは実は稀代の女性たらしと、いわれるほど
多くの女性遍歴があったことでも有名です。

ピカソの残した女性画が数多く残っていますが、その
絵画モデルたちと親しい関係になったといわれており、
名前を挙げるとずらり。

💛フェルナンデ・オリヴィエ
ピカソの最初の恋人。ピカソ23歳・オリヴィエ18歳。
💛マイセル・アンベール
通称エヴァ。ピカソ31歳・マイセル27歳。
💛💛オルガ・コクローヴァ
ピカソの最初の妻。息子が一人。ピカソ36歳・オルガ26歳。
💛マリー・テレーズ・マルテル
娘が一人あり。ピカソ46歳・マリー17歳。
💛ドラ・マール
ピカソ55歳・ドラ29歳。「泣く女」のモデル。
💛フランソワーズ・ジロー
ピカソ61歳、フランソワーズ21歳。子供(男女)が2人あり。
💛💛ジャクリーヌ・ロック
ピカソの2人目の妻。ピカソ79歳・ジャクリーヌ27歳。

これだけで7人の女性と関係があるというすごい
女性遍歴ですが、生涯に結婚は2回だけでした。

ピカソにとってモデルとなる若く美しい女性は
自身の創作インスピレーションそのもので、飽きると
あっさりと捨てるものでしかなかったようです。

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パブロピカソの女性観はケチでクズそのもの

パブロピカソの女性観は彼のそれぞれの作品の
作風に現れており、交際女性との関係が良好だと
魅力的に描き、関係が悪化すると恐ろしい怪物の
ように描いたそうです。

交際女性が変われば作風もガラッと捨て変える
ことができ、恋した女性をもたちまち変えることが
できる男のクズ的な印象は意外ですね。

また世界を魅了した大物が芸術を生み出すのに
女性なしではいられないとでもいった何ともケチな
発想もいかがなものでしょう。

ピカソは最初の結婚相手オルガとは4年ほどで疎遠な
関係になり、オルガは愛人マリーの妊娠を知りピカソと
別居し南仏に渡りましたが彼と離婚はしませんでした。

ピカソがオルガと離婚しなかったのはフランス法律に
法った財産分与の問題があったとも言われますが一説
にはピカソが財産分与をしたくなかった為、離婚を否定した
と言うのが濃厚な理由だと言われいます。

その為、オルガが居ながらピカソは別居状態で
次々と新しく若い恋人と関係を結びます。

結果ピカソはオルガが亡くなるまで、別居夫婦の
形を貫き通します。

後にオルガは自殺し、息子は薬物中毒で死亡

オルガ亡き後2度目の結婚相手45歳差のジャクリーヌが
ピカソが91歳で亡くなるまで一緒にいたのです
が結局彼女も59歳でピストル自殺。

一人(フランソワーズ)を除いて他の愛人たち
全員が自殺
という悲劇的な最期を迎えています。

若い女性であれ恋をすると積極的に口説き倒し
飽きたら、次の女性と渡り歩いたピカソは一旦
別れを迎えると驚くほど態度が豹変したと言います。

しかも、男性がいつの時代も若い女性に惹かれるのは
常ですがピカソの場合親子を遥かに超える年齢差が
ありながら、コレと思えば躊躇せず口説くのです。

そして飽きたら捨てる。捨てるまでの関係も、かなり
ドメスティックバイオレンスの連日でピカソと居て
精神を病んだ女性は多かったのではと推測。

それでも女性を切らさなかったのは、それほどピカソ
と言う男性にほかならぬ魅力があったのでしょうが…

そうした関係は若い頃に限定せず、ピカソの晩年まで
続いたというから驚きます。

ピカソは91歳で、その生涯を閉じますが、その死の
2年前に友人写真家のブラッサイにこういったそうです。

「90歳になったので、セックスとタバコは止めることにしたよ。だがなかなか思い切れなくてね」

このセリフ…

と、言う事は恐らく、かなりかなり晩年まで女性との
性的な関係を止めることはなかった、と考えて間違い
ありません。

さすが孫レベルの女を口説いて愛人関係を結べる
訳ですね。

とはいえ彼の横暴なふるまいで多くの女性が
苦しんでいた事実にも驚きを隠せません。

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パブロピカソを捨てた最後の女の仕打ちもセコイ

数あるピカソの女性遍歴の中で唯一ピカソを
捨てた女性が、フランソワーズ・ジローでした。

ピカソ61歳で当時ソルボンヌを出て画家を目指して
いたフランソワーズ21歳の女性でした。

レストランで知り合った2人ですが40歳の年齢差など
ピカソには何ら問題では無かったのです。

ここが凄い所ですが、これほど年齢差がある
女性に対してもピカソは容赦がないのです。

フランソワーズとの間にも2人の子供を持ち
それでも、あまりに酷い扱いに辟易とした
フランソワーズは、それまでの女性とは違い
別れを選びます。

彼女は次から次へと女性を作品に投影しては、
すぐまた新しい刺激を求めて女性を変えるピカソに
耐えかね、2人の子供と一緒に彼の元を去り画家
リュック・シモンと再婚します。

ピカソは
「どんな女だってわしような男のから去っていきはしない。ここを出るという事は、今度は砂漠で生きるようなものだ。」

と言葉を残し彼女にだけは未練が、、ずいぶん
あったようです。

ピカソは最初の妻オルガの死後、フランソワーズに
再婚を持ちかけ嫉妬心を見せたと言われます。

離婚すれば2人の子供を自分の相続人にすると嘘を
つくセコいやり方で彼女を翻弄。

ところが彼は結局またジャクリーヌと結婚して
いまいます。

こちらのジャクリーヌもフランソワーズに負けず
劣らすでピカソ72歳の時、ジャクリーヌ27歳!

その差45歳の年齢差ですがピカソからの猛烈な
アタックによって陶器工房で働いていた彼女は
ピカソとの交際を承諾します。

そして、そのまま最後の妻とするべくジャクリーヌ
とピカソは結婚。

その後ジャクリーヌとの結婚で裏切られた思いの
フランソワーズは「LIFE with PICASSO」
(「ピカソとの生涯」)というピカソとの生活を
綴った暴露本を出版するという反撃に出ます。

不倫と虐待的扱いを受け彼の元を去ったことが
著書であらわになりピカソは訴訟を起こします。

3審ともフランソワーズが勝訴。

ピカソを捨てただけあってフランソワーズも
負けてはいません。

ただ、この後もフランソワーズとの蜜月を画家を
目指す彼女が自分の知名度や才能目当てに近づいて
来たなど悪評を言い続けたピカソ。

本来の評判ではピカソがフランソワーズと知り合い
時を過ごした時代の作風は間違いなくフランソワーズ
から影響を受け、それまでより新しくさらに評価
される作品でした。

ピカソが言うようにピカソの才能や知名度欲しさに
フランソワーズが近寄ったというよりは作品を見ると
それはまるで逆で才能ある若い女性画家の作風から
強いインスピレーションを受けて作品に残したピカソ。

画商や美術商の間では一目瞭然だったその事実を
ピカソ本人が認めなかったと言います。

結局ピカソと別れ苦労したのはフランソワーズで
画家としての確かな才能がありながら、その才能を
認められるまでにかなりの年月を経て苦労をしたようです。

割りを食うのはいつも女性で、ピカソは若い女から
才能も若さも生きる活力に変えて吸い取っていたのかも
しれません。

その後フランソワーズは後に医者と再婚し、カリフォルニア
在住で戦後アートの一端を担う芸術家として活躍します。

それにしてもピカソ恐るべきクズっぷりに驚かされます。

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おわりに

世界的天才芸術家パブロピカソは若い時からその才能を発揮し、生涯をかけ様々なジャンルで多くの作品を残していますが、実は希代の女たらしでたくさんの女性と関係を持ち、結婚も2回して子供もいたことなどがわかっています。
ピカソは女性遍歴を創作インスピレーションの源としており、彼と出会った女性たちは彼のわがままな振る舞いに翻弄され自殺し不幸な人生を歩んでいます。大物芸術家とうたわれながら女性関係においては男のクズ、ケチな精神がぬぐえません。
ピカソを捨てた最後の女フランソワーズには唯一未練があり彼女にセコいやり方を講じ、結局訴訟で敗れたわけですが、生涯女性との関係を捨てられなかった孤高の天才だったといえます。


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