藤井美穂の生い立ち三重県から渡米までと旦那との結婚後大ブレイク

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藤井美穂アイキャッチ

女優・コメディアン・新ジャンルのプラスサイズ
モデルとして世界を相手に活躍中の藤井美穂さん。

そのポジティブな姿勢に共感する人は多く、モ
デルの傍らハリウッドで国際派女優を目指し
奮闘しています。

プラスサイズモデルとしてインスタグラムで
インフルエンサーとしてもの活動も行い、Twitter
フォロワー数2.5万人と大変好調で彼女が渡米わずか
5年で勝ち取った栄光に隠れた生い立ちが気になります。

藤井美穂さんが出身地の三重県から渡米するまでの
生い立ちや、旦那さんとの結婚後の大ブレイクなどに
ついてお伝えします。

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藤井美穂プロフィール

名前:藤井美穂(ふじいみほ)
生年月日:不明(26歳)20年7月時点
出身地:三重県鈴鹿市
身長:163㎝
体重:80kg
出身大学:桐朋学園芸術短期大学
職業:モデル・女優・コメディアン

藤井美穂の米国での活躍がカッコイイ

生い立ち

欧米やヨーロッパでも痩せすぎたモデルが問題に
上がるなど美従来の美の基準も世界的にダイバー
シティー化している現在ここ数年話題となっている
のが藤井美穂さんです。

日本発信のタレントとしては今や世界でもその
魅力を認められる存在として渡辺直美さんも
そうした存在の1人ですよね。

藤井美穂さんのの80kgという体重も従来なら
あり得ない姿を生かした「プラスサイズモデル」
としての米国での活躍が顕著で、その前向きな
生き方や独特の考え方もとてもカッコイイと評判です。

彼女を有名にした「プラスサイズモデル」とは、
通常より大きなサイズを着るモデルのことで、まだ
日本ではなじみが薄いのですが、有名雑誌やブランドが
この新ジャンルに注目したことで、彼女にも多く仕事が
舞い込みました。

英語も話せず、日本でのモデルなどの経験なしで
来た美穂さんは、アメリカにある「ボディポジティブ」
という考え方でその体形から来る自信の無さから救われ、
この精神を日本にも広めたいと思ったそうです。

美穂さんの現在の活動のにはこの考え方がいつも
根本にあるようです。

どんな体形や肌の色、髪質でもそれは自分らしく
美しいものだと受け入れること。

人は生まれながらにして美しいと考えること、
考え方を変えることで体との付き合い方を見直し、
日々の生活を楽しむことを人々に広め注目を
浴びています。

今や日本を代表し、世界で幅広く活躍するプラス
サイズモデルとして堂々の姿を見せる美穂さんの
ボディポジティブな生き方そのものに熱い視線が
注がれています。

藤井美穂の生い立ち~イジメと三重県から渡米まで

今や全ての物事が多様化される現代の中で痩せている
モデルが当たり前とされた時代はとうに過ぎ去り今や
プライスレスモデルと言うカテゴリーが確立されています。

その代表的なモデルとして欧米を中心に活躍している
藤井美穂さんは何と三重県鈴鹿市に誕生。

小学校では地元の郡山小学校に入学し小学4年生で
演劇部に所属。

既にそのころの彼女は体重40㎏だったらしく当時の
身長が分かりませんが恐らく現在の163㎝からしても
同級生と比べて少しポッチャリ気味だったのかも
しれません。

そうした体形の変化に母親も気が付いて体形を
コントロールするべく色々な制限を設けられた
そうですが逆に彼女は両親に隠れて真夜中の
クッキングと題して色々なモノを隠れて食べる
ようになります。

当然そうした行為と比例して体重は成長期も
手伝い確実にプラスへと増量します。

今の彼女からは想像もつかないのですが彼女は
藤井美穂さんは13歳から不登校気味となります。

それは女性なら誰もが気にする体重が増えたことで
クラスメートや家族からも指摘されたりイジメを受ける
ことも多く当時は外見コンプレックスの塊だったそうです。

藤井美穂さんは、小学校4年で入部した演劇部の経験
が影響してか子供の頃から舞台女優を夢見ており、13歳の
頃から四日市の劇団東海芸術アカデミーに所属しています。

その後受験して桐朋学園芸術短期大学に進学しますが
この大学は芸能人の卒業生も多い事で知られる演技の
登竜門のような大学だったようです。

当然、そうした女優志望のスマートな女性の中で
最高80キロ余りと太っている自分に対する嘲笑や、
自己否定感は否めず、当時の彼女はそうした風潮に
かなり悩んだようです。

そんな彼女を当時は誰も認めようとせず同級生の
演技仲間にも、そうした体形をディスられていた
そうです。

ただ、そんな中でも彼女の背中を強く推してくれた
のが演劇の先生で、その先生は悩む彼女を尻目に
敢えて人並みに足を揃える当たり前の努力をしろと
勧めず、当時から彼女の個性を見抜いて彼女の背中を
押します。

『世界に行け!』

この先生の一言で彼女の気持ちは切り替わります。

すぐさま美穂さんは短大卒業後、渡米しハリウッド
女優を志しますが、様々なバックグラウンドを持つ
多人種のロサンゼルスに移り、

初めて「人として認めてもらった」
ことに気が付いたそうです。

日本を飛び出したことで、自分が

「女性は痩せていなければ美しくない」

という日本の狭い価値観の呪いにかかっていた
ことに気づき、自信を取り戻していったのです。

そして彼女は1年間英語習得のため語学学校に通い
、ロサンゼルスの演劇学校に通い学びながら数々の
オーディションに挑戦し映画やドラマの役をつかみます。

コメディアンのショーに出演したりするなど
自力で夢をつかんでいったのでした。

当時は今程プライスレスモデルの知名度もなかった
時代に演劇の先生の「世界に行け」の一声で渡米を
決意した藤井美穂さん。

かなりアグレッシブな行動力を持ち合わせていた
事がこの生い立ちからも分かりますね。

だって誰もが認めた才能を認められて渡米したのと
違い何も無い所から何かを掴むために世界を目指し
たんです。

三重県の鈴鹿市の出身のうら若き乙女が…

これだけでも凄い事だなと素人的には思って
しまいますがいかがですか。

かなり圧倒的な女性だなってイメージしか沸きません。

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藤井美穂は旦那と結婚後大ブレイク

現在26歳とまだ若い藤井美穂さんですが既に
既婚者としてパートナーが見えるそうです。

その結婚相手や旦那と結婚後大ブレイクしたと
言われるようですが、どんな方なのでしょうか。

藤井さんの旦那さんはアメリカの黒人男性で、コーヒー
ショップの店員だった彼がお客として店に通う彼女に
毎回コーヒーを無料で入れてくれたことがきっかけで交際
がスタートします。

アメリカに渡る前に美穂さんの両親は

「黒人とだけは付き合わないでくれ。」

言ったそうですが、彼女自身はお構い無しで渡米後は
様々な人種の男性と交際していたそうで、人種に対して
も良心が想うような偏見はなかったようです。

今やSNSでの発信力も凄まじいか美穂さんは2019年の
9月のTwitterで、こう発言しています。

「たまたま一番好きになった人が黒人だっただけ」

と言われていますが、現在もアメリカで根深い問題と
して取り上げられている黒人への差別は続いており、
警察にマークされたりといったことも多いのだそうです。

ですが、彼女のそんなことを障害とも思わない冷静
さと人を見る目に大きく驚かされます。

藤井さんは自由の地ロサンゼルスで恋愛もし、固まった
伝統や価値観からの脱却を果たすことができたことで
さらに人として成長し、たくさんの人に支持されるように
なったのは必然かもしれませんね。

だからこそ現代のダイバーシティー的多様化した
今とマッチして沢山の人に受け入れられる存在と
なっているのでしょう。

実際に堂々としたセクシーな衣装や水着を纏った
彼女を目にするとセクシーで魅力的な女性そのもの
にしか見えません。

もはやモデル=平均体重より極端に痩せたモデル
ではなく等身大の人となりや生き様までが、全身に
みなぎっているからこそ人々の憧れの対象となる
のでしょう。

26歳とまだまだ若くアグレッシブで魅力的な
藤井さんの今後の欧米でのブレイクに目が
離せそうにありませんね。

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おわりに

藤井美穂さんはアメリカに来て、日本での容姿優先の考えを捨て、誰かと比べて細くないととか、色白でないとと思うことをやめたといいます。美の基準を広げていきたいという希望を語り、体形や容姿のコンプレックスに悩む人達を強く勇気づけてくれます。
元々持っていた体形コンプレックスを渡米で克服し、黒人男性の旦那さんと結婚し、プラスサイズモデルとして成功した美穂さんのの生き方に共感している人々は多く、人の持つありのままの美の素晴らしさを大事に生きようとする姿勢は高く評価されています。
彼女を見て社会にある様々な偏見や、どうしようもない価値観に自分も振り回されて生きていないだろうかと改めて考えさせられます。


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