若い頃に伊勢丹のポスターで衝撃的なビジュアルでデビューして瞬く間に売れっ子モデルとして活躍した吉川ひなのさん。
日本人の大半が知るだろう吉川ひなのが先月5月に発売したエッセイ本を発売し、そのかつての国民的美少女が想定外の生い立ちで貧乏だった過去を赤裸々に告白して話題となっています。
現在はハワイに生活拠点を持つ彼女のデビューと共に凄まじい売れ子モデルの階段を駆け上がった若い頃や、それに伴って稼いだ巨額マネー。
日本中を夢中にさせた美少女吉川ひなのの家族構成と両親の毒親ぶりや、母親のフィリピン説など改めて吉川ひなのの生い立ちを追ってみようと思います。
吉川ひなのプロフィール
氏名:吉川ひなの
本名:高田愛(たかだあい)
生年月日:1979年12月21日41歳(21年6月時点)
出身地:東京都東久留米市
身長:168㎝
デビュー:1993年
ジャンル:ファッションモデル
吉川ひなの家族構成
今更ながら吉川ひなのさんの家族構成を振り返ってみましょう。
インスタやブログなどで露出があって有名なのは、ひなのさんより9歳年上のボディービルダーやパーソナルトレーナーとして活躍する兄の高田一也さんは有名だと思います。
ひなのさん顔負けの整ったハーフ顔なだけあって過去若い頃にはビジュアル系バンドでヴォーカルとして活動していた時期もあったそうです。
現在は都内で2011年頃からジムを経営しているようです。
一応、絶対とは言い切れないまでも彼女(ひなの)の過去エッセイや色々な雑誌の発信から振り変えると兄と妹(麗)一般人でパティシエの噂がある妹さんは確実なようですが、ブログやSNSでも明らかでは無いモノの、元出身地の地元民の証言によると姉の舞さんを入れて4人兄妹だと言われています。
また、そのパティシエと噂されている妹さんの麗さんと、ひなのさんが双子ではないかと言われているようです。
あの小顔8頭身の超可愛すぎるビジュアルで双子って最強遺伝子ですよね。
ちなみに姉の舞さんも銀座でホステスをしている?していた?と言う類の噂はあるようですが信憑性が高いとは言い切れませんし一般人なので顔や詳しい情報は、それらのレベル以上は無いようです。
と言う事でひなのさんの家族は両親と4人兄妹の6人家族だったのではないかと思われます。
吉川ひなのビジュアルに納得のフィリピンハーフ
小学校6年生で銀座でショッピングしているところをスカウトされ、デビューは衝撃的な可愛さで話題となった伊勢丹のポスターでデビューした吉川ひなのは当時からハーフなの?と思う程の8頭身超絶小顔と言うビジュアル。
当然ハーフ説は濃厚で母親がフィリピン人だとの噂は現在でも濃厚なようです。日本名はカズエさんで現在では無いと思うのですがフィリピンパブで働いていたと言う噂もあります。
ただ吉川ひなの自身のエッセイでの告白によると両親の、どちら側の祖父かは定かではありませんが祖父がネイティブアメリカンとフランス系クォーターなので、ハーフやクォーター系の家系である事は間違いなさそうです。
ひなのさんと一緒になって露出が多い兄の一也さんのビジュアルを見てもハーフやクォーターなのは納得のお顔立ちですね。
ちなみに父親は日本人なのは確実なようです。
吉川ひなのが明かした生い立ち~
現在ハワイを生活拠点として活動しSNSでも、その暮らしぶりを発信して何かと話題のひなのさんが先月5月に最新エッセイを発表しました。
ただそのエッセイで明らかとなったのが想像もしていなかった吉川ひなのの生い立ちが実は貧乏で壮絶な生い立ちを送っていた事が本人の口から明らかとなり話題となっています。
東京都東久留米市は、その地域では富裕層が暮らす地域と言われているらしく、そうした背景と彼女の美少女ぶりが、まるで貧乏とは無関係のように見えていた人は私も含め少なくなかったと思いますが現実は想定外に貧乏だったようです。
12歳でデビューしたひなのさんですが幼少期の写真を見ても、デビュー当時も現在にも繋がる、どの方向から見ても変わらない可愛さとハーフっぽさが印象的な子供ですが、やはりその容姿の特徴から子供時代はイジメに合うこともあったようです。
吉川ひなの生い立ち~貧乏ぶりに絶句
そして発売されたばかりのエッセイ『私が幸せになるまで 豊な人生の見つけ方』で、それまで語る事のなかった壮絶な生い立ちが明らかになります。
その生い立ちは幼少期の同級生らからのイジメに留まらず、実家での暮らしぶりは電気が止まる、借金取りがしょっちゅう家に来る。
支払いができずしょっちゅう電話を止められていた。
借金取りがきても母親に「お母さんは今いないと言いなさい」と言われ母親は納屋に隠れていた。
スーツをい来た大人が「お母さんがいるのは分かっている。お嬢ちゃんが呼んでくれるまでオジサンは帰れない」と言われ学校にイケなくなったこともある。
こうした家庭環境に彼女自身が母親に「こんなのおかしい」と言うと母親は鬼のような顔をして、ひなのさんに、こう言い放ったそうです。
『何にもおかしくない。うちより変な家庭はたくさんあって、うちは凄くまともだ!』
こう言い切って家の事を他人には話してはイケないと言われ続けていたのだそうです…
だからこそ普通じゃないな、と思いつつ、至って普通の家庭だよと家庭や両親の傍若無人ぶりを口に出して世間に口外することはなかったようです。
当たり前ですよね、彼女がデビューした12歳13歳の年齢や活躍していた10代の頃の超思春期時期に親を敵に回すような言い方は、この年齢の子供にはなかなかできないものです。
と、ここまででもかなりの貧困家庭ぶりと両親の異常な感覚が明らかにされていますが驚くのはココからが本格的なのです。
芸能界でデビューして活躍するようになってからの彼女の一家は、それまでの暮らしぶりとは一転全ての生活を娘のひなのさんの収入で賄うようになったのです。
しかも華やかに、です。
吉川ひなの両親は完全毒親の衝撃!
12歳であまりの可愛さから銀座でスカウトされデビューで伊勢丹のポスターを飾り、その完成されたビジュアルで話題となった吉川ひなのさん。
それ以降瞬く間に売れっ子モデルやタレントとしてメディアでも引っ張りだこ状態の売れっ子となり芸能界で活躍します。
ただその時期12歳と子供だった事もあり当然彼女が稼ぐ巨額の報酬は全て親の管理下にありました。
生活ぶりが変わり、自分が着ている洋服より妹がシャネルのTシャツを着ている事があったと言うくらい両親は子供だった、ひなのから見ても明らかに生活ぶりが変貌していったようです。
飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍し2004年にはパリコレでのデビューも果たす程の活躍をしていたひなのさんの収入は相当な高収入だった事は想像にたやすいと思います。
でも子供ながらに芸能界の世界に足を踏み入れた彼女は至って冷静な目で自分の活躍ぶりを達観していたようです。
この生活や活躍がいつまでも続く訳がない…そんな想いから両親には常々こういっていたそうです。
「私は芸能活動をそんなに長くできないと思う、だからお願いだから貯金だけはしておいて欲しい」
こう何度も頼んでいたそうです。
ただ無慈悲にも娘の声は両親には全く届いていなかったようです。
そして幼くも華やかな世界で活躍する彼女に、母親は専業主婦、父親の職業を問われたら「人間国宝の画家と答えるように」と父親は、ひなのさんに言ったと言います。
人間国宝って…どこからそんな途方もない職業が出たのか不思議すぎますが、当時の両親は無職だった可能性が高そうな会話に思えます。
1人暮らしを始めた頃には母親から頼まれ娘(ひなの)の家へと集金に父親が命令され待ち伏せされる程だったとか…
両親はひなのさんが稼いだ巨額の報酬で豪邸を借りるなどして、かなりな額のお金を使い込んでいたようです。
幼い頃から芸能界で活動したひなのが、精神的な負担を感じ仕事量を減らし収入がなくなった頃、両親に「私の貯金を分けて欲しい」と願い出た頃には借りていた豪邸の1ヵ月分にも満たない貯金しか残っていなかったと言います。
ほとんどの収入を使い切る程の生活ぶりに両親や、彼女の一家は娘の収入に寄生する生活ぶりになっていたのです。
吉川ひなの成人式に受けた父親の鬼畜行為
ここまででも相当な毒親っぶりでハチャメチャに娘のお金は親のお金と言わんばかりに好き放題ひなのが稼いだお金を使い込んできた両親。
でも全くこうした行為に悪びれる事なく、常に母親と父親はひなのが暮らす一人暮らしのマンションに夫婦連れだって「お金が欲しい」
「お金を用意して欲しい」と娘相手にお金の無心をしてきたと言います。
驚く事に子供の頃から誕生日さえ祝ってもらった事がなかったと言う、ひなのさん。
そんな彼女でも驚いたのが成人式の日に父親が、いつもの如くお金の無心をしに訪ねてきたことです。
ひなの:「今日私、成人式だったみたい」
父親:全く興味なさそうに「ほんとぉ…」困り顔で「お金をさぁ…」
こう切り出したと言うのです。
流石に、当時、精神的に疲れてしまっていたひなのさんは、なるべく働かないでおこう、と思っていた時期で当然芸能活動をしてない以上収入も以前のようにはありません。
ひなの:「こないだ渡したお金で全部だよ、もう次のお給料入るまで、お金ないよ」
父親:「困っちゃったな…」
まるで、ひなのさんからお金を無心できない事で彼女が悪いかの如く言う父親に本当にお金がないと分かってもらおうと思い彼女はこう切り出します。
ひなの:「この間からこのマイメロディーの貯金箱に500円玉貯金を始めたの、今はもう本当にそのお金しかないよ」
それを聞いた父親は
父親:「そうか…じゃぁ、それいい?」と言い貯金箱を持っていこうとしたので、さすがに感情的になったひなのはワンワン泣いたそうです。
でも父親は何も言わずの貯金箱を持って去って行ったそうです。
想像以上な屑っぷりに絶句でしかありません。
毒親とは今話題で様々なメディアでも取り上げられている問題ですが、まさか天下の吉川ひなのの両親が、あの時代にあれほどまで活躍して輝いていた彼女から、そこまで無慈悲に金を摂取していたと言うのは今知りましたが、あまりにもひどすぎます。
吉川ひなの縁切りした両親の現在は?
そして2015年には生活の拠点をハワイに移住して現在もクラス吉川ひなのさん。
彼女の収入のみを当てにして暮らしていた両親は今はどんな生活ぶりなのでしょう。
エホバの証人と言う宗教にハマっているとの噂もある、ひなのさんとその家族ですが…事実かどうかの確認は取れませんでした。
今のところ母親は既に亡くなっているのでは?とも噂レベルであったり、今回の毒親ぶりをアミングアウトした状態を考えても既に両親共に存命してないのでは?ともSNSなどで話題になっていたようです。
調べに調べたものの、実際これほど有名人の両親にも関わらず、現在どこにどんな暮らしをしている、との情報はほぼありませんでした。
だからこそもしかしたら本当にご両親は既に他界しているかもしれません。
だからこそ今回の初エッセイ「わたしが幸せになるまで 豊な人生の見つけ方」で過去の壮絶過ぎる生い立ちを明かしたのかもしれませんね。
しかし人は見た目だけでは分からない、どんな闇を抱えているかなど誰にも分からないものなのだな、とつくづく思わざる得ない内容でしたね。
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おわりに
誰もが羨む8頭身とも9頭身とも言われたスタイルの良さとルックスの可愛さで日本中を夢中にさせた吉川ひなのの生い立ちは想像以上の貧乏ぶりと毒親ぶりで少女時代の彼女を苦しめていた事が今回のエッセイで明らかとなりました。
結局天は二物を与えぬ、と言う事なのでしょうか、あなたなら誰もが羨む美貌を持つ事を選ぶか平凡でもイイから誕生日を祝い成人式には着物を頑張って購入してくれる親を持つ、当たり前なハズの幸せが当たり前じゃなかった吉川ひなのさんが現在掴んだ幸せの形がどんなに何者にも代えがたい幸せなのかと言う事がエッセイの暴露でも明らかとなりましたね。
現在第三子に恵まれたひなのさんの幸せが今後も永遠に続きますように。陰ながら応援したいと思います。
コメント
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