ビヨンセの生い立ち~父親と母親(家族)のサポートが生んだ大スター

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ビヨンセアイキャッチ

1997年にDestin‘s Childとして
デビューしたビヨンセ。

いくつものヒット曲を歌い世界の
スーパーアーティストとしてもジェイZと言う
ラッパーや実業家として活躍する夫のパートナー
としても知られる彼女。

抜群の歌唱力や音楽センスを持ち、それと相まって
美しすぎる美貌をも兼ね備えています。

そんな彼女の才能を最初に見出したのは他でもない
父親と母親の両親だった事は有名です。

どんな子供時代を送り家族総出で娘のビヨンセを
スターダムの世界へと押し上げたのか~彼女の生い立ちと
スターとしての成功には間違いなく必要だった両親の献身愛
と家族の結束を追ってみようと思います。

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ビヨンセの生い立ち~幼少期のスター性~

氏名    ビヨンセ
本名    ビヨンセ・ジゼル・ノウルズ 
生年月日  1981年9月4日(36歳)18年7月現
出身    アメリカテキサス州ヒューストン
愛称    B(ビー)、
身長    170cm。
婚姻後の本名は、「カーター」 (Carter) になっている。
マイケルジャクソンを敬愛。

幼い頃からホイットニーヒューストンや
マイケルジャクソン、スプリームス等の
音楽に慣れ親しんでいました。

R&Bやヒップホップといつも一緒にいる日々でした。

ビヨンセは7歳の頃からダンススクールに通い
レッスンを受けていました。

ビヨンセは他の子ども達とは違う異彩を
放っていたと言われています。

最初にビヨンセの才能に気付いたのは
他でもないビヨンセの父親です。

そしてダンススクールの講師も認める
スター性とエンターティナ―としての
オーラが幼少期からあったと語られています。

そんなスター性を秘めた彼女に講師は
校内のオーディション、つまりタレントショーに
出る様に薦めました。

舞台でのビヨンセはまるで別人の様で
生き生きとしておりダイナミックさもあり
他とは群を抜く素晴らしさでした。

この頃からスター性を放っていました。

7歳にしてスターのような感じでした。

自分でも自分の才能に気付き自信を
持つことができました。

8歳の頃から聖歌隊として教会にも通っていました。

ビヨンセの歌声は素晴らしく小さな子どもが
歌っているようには思えないほど素晴らしいものでした。

ビヨンセはダンスでも歌でも群を抜き異彩を放ち
スターのようなオーラを解き放っており、見る人を
魅了したといわれています。

幼いころからビヨンセはスター性があったのですね。

ビヨンセをショービズ界のスターへと後押しした父と母

両親は娘の潜在能力に気付きビヨンセを
サポートする事にしました。

父親のマシュー・ノウルズは当時れっきとしたサラリーマンと
してゼロックスに努めていたにも関わらず、娘ビヨンセの
スター性を後押しするべく退社を決意します。

そして地元ヒューストンで7人組のガールズ・グループ
「ガールズ・タイム」 を結成させましたた。

ビヨンセは、やティナ・ターナーやマイケル・ジャクソンの
ライブを観てスターを目指ました。、

しかし、ガールズ・タイムはなかなか大きな成果を
得られなかったため、ビヨンセの父・マシュー・ノウルズが
当時の仕事を辞めてマネージメントを全て引き受けることを
決意したのです。

当時ビヨンセの父親はサラリーマンとしてゼロックスに
務める一介の会社員。

それではらを退社して他人任せだったビヨンセ達を
プロデュースするべく売り出しにかかるのです。

父親はビヨンセのマネージメントを、母親はスタイリスト
として・・・・・

両親
ビヨンセは、レッスンに専念するために学校を中退して
レッスンに専念できる環境を用意されました。

学業も疎かにする事のないようにと家庭教師が
ついたそうです。

メジャー・デビューに向けて地道な活動を続け
ビヨンセは父の厳しい指導の元、才能を磨いていきました。

1996年にグループ名をDestiny’s Childに改名。

ビヨンセの母・ティナの提案によるものです。

1997年にコロムビア・レコードよりデビュー
することになります。

Destiny’s Childはビヨンセの父のマネージメント
母親のスタイリストです。

生き馬の目を抜くと言われる程厳しく激しい競争率と
言われるショービス界に全く無縁だったビヨンセの
両親が自らの娘を売り出すべく全てを賭けてチャレンジし
そして成功した。

これはビヨンセの才能もさることながら、両親の
チャレンジも物凄い事である事が良くわかると思います。

ただ家族経営で活動を行っていたので、それが
部のメンバーの反感を買ってしまいます。

そのことが原因となって、メンバーである
ラターヴィアとラトーヤが2000年に脱退するに
至りました。

再結成の噂はありますが現実には至っていません。

ビヨンセは父親と母親の強いタックルを組んだ
大きなサポートによってスターへの道を歩み始めます。

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ビヨンセの文字通りの大スターの年収に驚愕

ビヨンセの年収はどれくらいなのでしょうか?

想像もつきませんね。

ビヨンセの何と130億円

だとか。

音楽業界の女性長者番付で
堂々の首位に輝きました。

一昨年の年収は60億円で、これもまた
びっくりする数字です。

何と1年間で2倍以上。
ジェイZ
そして今やプライベートでもビジネスパートナーと
してもタッグを組んだビヨンセとジェイZの二人の総資産は
1000億円以上と言われているのです。

全く想像を絶する世界です。

ジェイZとの娘のブルー・アイビーが生まれる時には
マンハッタンにある病院のワンフロアを9900万円
貸し切りにした事で話題となりました。

ブルー・アイビーには114万円のスワロフスキー入り
ベビーチェア、230万円のプレイハウス、4600万円の
24金製木馬を買い与えるというびっくりな子育てを
しているのだとか。

1歳の誕生日にはパーティを開きましたが
その費用は1700万円をかけたそうです。

17万円でも一般庶民はびっくりなのに桁違いです。

さすが長者番付1位の大富豪、スーパースターは違いますね。

その時のプレゼント、800万円のバービー人形だったとか。

どんなバービー人形なのでしょう?

ダイアモンドでもちりばめられているのか?

一度見てみたいですね。

今後は故マイケル・ジャクソンが所有していた
「ネバーランド」約90億円も、娘のために
購入を希望しているとか。

稼ぎも想像を絶する金額ですが、その使い方も半端ない。

庶民には信じられない世界ですね。

夫のジェイZの稼ぎも凄いですから、ふたりの
プレゼント合戦が行われているみたいですよ。

そのプレゼントの金額も半端ないです。

ビョンセ両親との決別

ビヨンセは2008年4月4日にラッパーのJay-Zと
極秘結婚しました。

長年の恋人関係を実らせ結婚しました。

友人や親族のみの内輪の結婚式を行い、マスコミなどへの
公表は一切行われませんでした。

母親は結婚をしたことを考えてビヨンセに休業を勧めます。

2008年1月、ビヨンセは母からの助言を受け入れて
活動休止を発表しました。

ビヨンセは音楽活動で多忙でハードな日々を送っていたので
第一子を流産してしまいました。

それはショックな事でした。

子どもの欲しかったビヨンセは落胆してしまいました。

そんなビヨンセを母親は気遣ったと言われています。

父親
約9ヶ月間の休暇を得ますがこの期間に父であり
マネージメントを取り仕切っていた父・マシュー・ノウルズ
からの独立を決意しました

父とのビジネス上での契約を終了し、これ以降は
夫であるジェイZとの共同マネージメントを
行うことにしました。

理由は色々言われましたが、デスチャの他2人メンバー
からマネージャー解任された後の2010年に隠し子が発覚した事。

この後これらの騒動が原因で両親は離婚しています。

一時的にはこのような経緯から父子は冷めた関係になった
とも言われましたが、父親マシューはその後も有能な
実業家としてイギリスのアーティストグループのマネジメント
を継続しています。

父親からの独立を決意した大きな理由は、ビヨンセが
初めての子供の流産を経験したことが大きく影響しており
ビジネスパートナーとしてではなく家族としての父との
繋がりを守るために決意したと言われています。

マシュー自身の口からもこうハッキリマスコミに向かって
発信しています。

『ビジネスはビジネス。家族は家族。私は自分の娘を愛しているし今のビヨンセが成しえてきた事をとても誇りに思っている。彼女の更なる成功を祈っているよ。』

こうクールと言うか流石娘の才能を見出して何の保証も
なかったもかかわらず全身全霊でその身をささげた実業家
らしい言葉でコメントを発表しています。

そしてそれに答えるべくビヨンセもこうコメント。

『ビジネスを更なるものとするために決意したの。マシューノウルズは私の父である事は変わらないし彼への愛は変わってないわ。父が教えてくれた全てに感謝している。父と母がマネージメントしビジネスをしてきてくれたことをずっとそばで見て育ってきた。2人共とても仕事熱心な事業家でこれから私が目指すところにもなっています。』

二人の親子のコメントからはあと腐れの無い信頼と親子の
愛情がしっかり伝わってくるコメントですね。

もはや唯一無二のエンターティターとしての盤石の
人気と実力を金添えてしまったビヨンセは何をしても
巨額のマネーが動きます。

お金が絡んで家族や夫婦間が揉めたり争いの原因に
なる事を利発な彼女は避けたかったのかもしれません。

もちろん、そんなビヨンセの意思を両親も受け入れています。

ビヨンセはジェイZとビジネスを行い両親とは
家族という形だけでありたい。

家族の絆を大切にしました。

娘の才能を信じてやまない両親の存在あってこその
ビヨンセではありますが結果的にはそうすることが
正しい選択だったのでしょう。

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おわりに

ビヨンセは幼少の頃から音楽に親しみ、ダンスの才能歌の才能が開花しました。そして愛する娘ビヨンセのそんな才能をめいいっぱい伸ばすべく努力もリスクも躊躇せず挑んでチャレンジして成功させたビヨンセの両親。
Destiny’s Childでの成功とその後のグループ活動を経てソロ活動へ。どんな形になろうと結局更なる成功者としてショービス界の巨大な存在として唯一無二の存在になっていくビヨンセ。
この華々しい活躍の道筋を作り迷いなく導いた両親の存在があってこその現在のビヨンセである事と、巨大な存在になったからこその両親との決別は厳しい選択のようでも、実に賢い選択だったのではとも言われています。
ショービジネス界の歌姫として今後の活躍に益々目が離せない存在ビヨンセの今後も楽しみですね。

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