桂歌丸の生い立ち~祖母の遊郭育ちの男の妻の支えと子供は何人?

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桂歌丸アイキャッチ

18年7月2日に死去された落語家の
桂歌丸さん。

最後まで現役落語家として舞台に立ち続けた
桂歌丸の生い立ちを改めて追ってみよう~

歌丸さんを最後まで支えた妻の支えと子供さんは
何人見えるのか?生い立ちやプライベートまで
調べてみました。

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桂歌丸の生い立ち~父の死後祖母と共に~

落語界の重鎮として最後まで舞台に立って落語家
としてある事にこだわりを持ち続けた桂歌丸さん。

病気療養中でも欠かさず舞台にたってきた歌丸さんの
様態が急変して18年7月2日にとうとう帰らぬ人と
なりました。

そんな桂歌丸さんは神奈川県横浜市に誕生されていますが
幼い頃に父親が他界。

病名は結核だったそうです。

まだ若かった歌丸さんの実母は姑と折り合いが悪かった
事もあり幼い歌丸さんを置いて家を出る事に。

歌丸さんはこうして、実の両親ではない祖母と共に
育てられる事となりました。

本名は椎名巌さん。
祖母の名は椎名タネさんだったそうです。

この育ての親であるタネさん地元でもかなり
有名な女性だったらしく当時の神奈川県横浜市の
永真遊郭と言う当時で言う所の赤線を経営する人物で
地元でも知られた存在だったとか・・・

この地域の永真遊郭界隈でタネさんは名物的な女性
だったそうで真金町の三大ばばあと呼ばれた程の人物。

恐らく相当なやり手だったのでしょうね。

そんな祖母タネに遊郭という特異な環境で育てられた
歌丸さん。

でもそんな祖母タネさんも若い頃の無理が祟ったのか
歌丸さん16歳の時に亡くなられてしまいます。

桂歌丸の妻は恐妻家?

わずか16歳で、唯一の肉親を亡くすことに
なってしまった歌丸さんは寂しかったのか20歳で
現在の奥様富士子さんと結婚します。

ただこの富士子さんは、この時代にしては少し
珍しい姉さん女房の4歳年上の顔見知りだったとか。

当時既に既に落語の世界で修行中の身だった歌丸さん
は彼の師匠であった5代目今輔さんに勧められた縁談が
あったそうです。

まだ芽の出ていない下っ端落語家が師匠の縁談を蹴って
でも昔からの馴染みで知っていた4歳年上の富士子さんを
嫁として選んだと言う事は相当惚れていた相手だったのでは?

今となっては確かめようもありませんが、男女の好いた晴れた
はいつの時代も原理原則は不変の原理です。

そう考えたらやはり、そうとう奥様の富士子さんの
事が大好きだったのではないでしょうか。

そんな歌丸さんの愛情にこたえるべくその後の落語家
としての人生を長らく芽が出なかった歌丸さんを影に
日向に支えた富士子さん。

最後まで舞台に立つことを望み、闘病生活も支え続けた
奥様の役割は想像を絶する苦労の連続だったでしょう。

40歳で40㎏が最高体重と言われる程華奢だった
歌丸さんを芸の世界とプライベートで支えた奥様の
功績も又大きい存在だったのは間違いありません。

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桂歌丸の子供は何人?

そしてそんな愛妻富士子さんとの間のお子様は
娘さんが一人見えるそうです。

娘さんもご結婚が早く20歳で結婚されて既に
お孫さんも、もしかしたら、ひ孫まで居たりして・・・

まだまだ81歳と現在の日本の長寿化を考えたら決して
長生きとは言えない生涯でしたが、それでも落語家人生を
まっとうされた人生だったのかもしれませんね。

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おわりに

また一人日本を代表する落語家の桂歌丸さんがこの世を去ってしまわれましたが、彼の心意気と落語への想いは弟子に受け継がれてしっかり継承されていくのでしょうね。ご冥福をお祈りしつつ安らかにお眠りください。

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