お笑い芸人の生い立ち

吉村崇の生い立ち~ケチな父親と母親の離婚理由とドライな決断に涙

吉村崇アイキャッチ お笑い芸人の生い立ち

破天荒キャラでありながらイケメンで人気お笑い芸人のノブシコブシの吉村崇(40歳)。

北海道出身で知られる、彼の生い立ちには母との別れ、祖母との別れと悲しいエピソードがありました。

またその父親にはドケチエピソードがあるようです。

お笑い芸人として破天荒な顔とはまた別の吉村崇の一面を生い立ちから調べてみました。

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吉村崇の生い立ち~母との別れ

 

吉村崇は1980年に北海道札幌市で生まれます。

彼が6歳の頃に両親が離婚し、母親は幼い吉村さんを置いて出て行ったといいます。

両親の離婚の原因は、どうやら母親が働いていた喫茶店の常連の男性と男女関係を持ってしまったのだとか。

それを知った父親が取り返しに行ったそうですが相手男性に、ボコボコに返り討ちにされた事を当時まだ6歳ながら鮮明に覚えていると語ります。

その後は優しい祖母と父親との3人暮らしがスタートしたようです。

そんな母親の居ない父子家庭でしたが小学生の時には好きな女の子の部屋に忍び込んで警察に通報までされたという破天荒な経験まであるようで、現在の吉村氏を彷彿とさせるエピソードだなと思ったりもしますが…

中学高校時代はバスケ部に所属して、その後、北海道札幌手稲高校を卒業しています。

吉村崇の生い立ち~父と祖母との暮らしと別れ

 

高校時代に見たお笑い番組の影響で芸人を目指す事になり、上京する時に軽い気持ちで優しかった祖母に対し

「俺はばあちゃんが嫌いだから東京に行くんだ」 

と言ってしまったのだとか。

その1か月後に祖母が急死してしまったため芸人を辞めることが出来なくなったと語っています。

若気の至りで、恐らくは軽いジョークのつもりだったのかもしれませんが、言われたおばあさんにはショックだったでしょうね…。

もちろんそのせいで亡くなったとは言えませんが本人の心にも少なからずそういう思いが残ってしまっているようです。

結構な売れっ子芸人になってからテレビ番組のロケで、母親を探しに故郷の北海道へ向かう機会があり、そこで初めて父親と腹を割った男同士の話が出来たようです。

 
吉村の心の中では「自分が離婚の切っ掛けかもしれない」「母親から愛されている自信がない」という思いがあったようですが、それは誤解だったようです。

父親は吉村を手放したくなかったそうです。

 
また母親も息子である吉村をずっと思い続け、離婚後も吉村が何時現れても良いように、同じ場所で喫茶店を営んでいたようです。

しかしそんな母親の喫茶店も時を経て、2010年には閉店してしまい、その後の消息がつかめませんでした。

この後、2006年の吉村のブログに母親が登場していることがネット上で話題になりました。これに関して吉村はブログで、「写真は2000年ごろに撮影したもの。2006年には会えていない」と説明しています。

番組内の説明によると、6歳の時に両親が離婚しますが、その6年後の12歳当時、吉村は母親が営む喫茶店を訪れ、父親との復縁を懇願したが断られたといいます。

母親を嫌いな息子や子供なんて普通はいません。この自らの懇願を母に却下された当時の状況を吉村さんはこう話しています。

「一生分の涙が出た」

ただ、断られた事で彼の中でも何かが吹っ切れたのでしょう、それ以来、母親に会いに行くのを止めたそうですが19歳の時に母親と再会しています。

それは育ての親であった祖母の死を伝えるためだったとのこと。

「自分には生みの親と育ての親がいる。その一人が亡くなってしまった。ばあさんの死を、こんなに苦労した人が死んだってことを味わってほしかった」

と、語っていました。

結局ロケでは母親の行方はつかめませんでしたがその後は会って話せたのでしょうか気になりますね。

まだなのだとしたら、いつか話せる時が来ると良いなと思いますね。

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吉村崇の父親のドケチエピソード

とは言え、知られざる幼い頃の母との別れ、復縁して欲しいと多感な時期に頼んで断られ絶望を味わった吉村氏はメディアで見る破天荒な彼の姿とはギャップのある過去でもあります。

結構な暗い過去を持ちながら、そうした陰を感じさせないお笑い芸人として、活躍した要素はどこにあったのでしょう。

それは意外にも寝取られ状態で離婚するしかなかった吉村さんの父親の影響かもしれません。

あるテレビ番組で「ドケチ父ちゃん」がテーマのコーナーがあり、そこで自身の父親も「ドケチ父ちゃん」であったことを話しています。
父親
お笑い界でもイケメンと言われる吉村さんですが顔はお父さん似ではないみたいなので、きっとお母さんが吉村さん似で美人だったのかもしれません。(笑)

大人になった吉村は、ある日父親と飲みに出かける機会があったそうです。

そこへ父親の同僚二人も合流して、4人で飲んでいたのだとか。

その時に同僚の一人が

「君のお父さんは、会計の時に絶対寝るんだ」

と明かされたそうです。

毎回寝てしまう為に「タヌキ寝入りの吉村」と呼ばれていたそうです。

その話を聞いた吉村は「そういえばケチなところって…」様々なエピソードを思い出したと語っています。

「電池が長持ちすると言い、テレビのリモコンを冷蔵庫に入れたりする」
 

などのケチエピソードを暴露して他の出演者を驚かせていました。

破天荒が売りの吉村さんとは真逆のお父さんの堅実さと、妙にセコイ性格こそが反面教師となって今の吉村さんの豪快な破天荒キャラとなる影響を受けたのかもしれませんね。(違う?)

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おわりに

今やすっかり人気お笑い芸人の吉村崇さんの意外にも悲しい過去は幼少期の母親との別れにあったようです。
芸人としてはまるでその気配を見せない吉村さんですが、6歳の男の子にとってお母さんは世界で1番大切な存在と言っても過言では無い存在を失ったということ。男の人は潜在的に誰もがマザコンだと言われる程なので如何に当時の幼い吉村さんが悲しく辛い目にあったのかが分かる生い立ちを背景に持っているんだなと見方が少し変わるレベルです。
イケメンで面白い破天荒キャラは彼がリアルな悲しみや暗さを見せない為の一番の処世術だったのかもと思いつつ、いつかはまた母親と再会出来たらいいなと思いつつ吉村さん自身の最愛の人がどんな女性を選ぶのかにも興味が沸いたりしますね。
今後の活躍にも期待しつつ、人は誰もが口に出せない悲しい過去があるのかも、と改めて感じた生い立ちでした。それほど子供にとっての両親の存在は絶対的な存在だと思うから。


コメント

  1. ライター より:

    誤字脱字と改行が気持ち悪いね

    • yui1205 より:

      コメントありがとうございます。
      おっしゃる通り恥ずかしい限りです。
      只今修正しました、今後は一層気を付けます。
      今後とも宜しくお願いします。

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