畑正憲の生い立ち~医師一家で嫁とは同級生の伝説は生き方そのもの

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畑正憲アイキャッチ

2022年4月で87歳となった「ムツゴロウ」の愛称で親しまれる畑正憲さん。彼の現在の暮らしぶりや、70歳を過ぎて背負った借金の完済秘話や現在の生活を語ったインタビューなどが公開されその破天荒な人生が反響を呼びました。

ムツゴロウさんの生い立ちは医師一家で、嫁とは同級生だったことや、数々の破天荒伝説が話題になっています。

畑正憲の生い立ち、医師一家で嫁とは同級生、彼にまつわる伝説についてお伝えします。

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畑正憲プロフィール

名前:畑正憲(はたまさのり)
愛称:ムツゴロウさん
出身地:福岡県福岡市→満州→大分県日田市
生年月日:1935年4月17日(87歳)22年6月時点
職業:小説家・エッセイスト・動物研究科・プロ雀士・ナチュラリスト
出身高校:大分県立日田高等学校
出身大学:東京大学入学 理科Ⅱ類理学部動物学科→東京大学院理学系研究科修士課程
職歴:学習研究社(現・学研ホールディングス)映像部門

畑正憲の経歴

畑正憲さんはムツゴロウさんの愛称として親しまれ、北海道にある「ムツゴロウ動物王国」の創設者で、年数回の特別テレビ番組「ムツゴロウとゆかいな仲間たち」(1980〜2001年頃)に出演していたことでも知られています。

畑正憲さんは、1967年に作家デビューもし、エッセイやノンフィクション小説などを数多く手がける小説家・エッセイスト画家としても精力的に活動されています。

○1935年 福岡市に生まれる。医師の父、助産婦の母とともに旧・満州へ開拓団として移住。戦後は大分の日田で多感な青春時代を過ごす。
○1954年 東京大学入学。理学部生物学科を経て生物系大学院に進む。
○1960年 学研映画局に入社。記録映画制作に従事。
○1968年「われら動物みな兄弟」で第16回エッセイストクラブ賞受賞。退社後、本格的に著作活動を開始。(エッセイストデビュー)
○1971年 動物との共棲を目指し、北海道厚岸郡の無人島に熊や馬を連れて移住。翌年、浜中町で「ムツゴロウの動物王国」を建国する。
様々な動物を溺愛する姿がフジテレビ系の人気番組「ムツゴロウとゆかいな仲間たち」で紹介され全国の人気を得る。
○1977年 第25回菊池寛賞を受賞。著書は『畑正憲作品集』『ムツゴロウの青春記』『ムツゴロウの動物交際術』など多数。
○1986年 映画「子猫物語」を監督
○2004年 「東京ムツゴロウ動物王国」オープン・画集『ムツゴロウとゆかいな動物たち』
○2007年 「東京ムツゴロウ王国」閉園・北海道へ戻る
○2011年 第1回日本動物学会教育賞受賞
○2020年6月 YouTube「ムツゴロウの656」開設
80代となった今も、40年前に移住した北海道中標津のログハウスで、夫婦仲良く暮らしています。

畑正憲の生い立ち~満州に医師一家として

1935年昭和10年、畑正憲さんは、五人兄弟の三男として福岡市柳町にて生まれています。

畑さんは戦時中に医師だった父に連れられ開拓団として満州国に移住、幼年時代を満蒙開拓団の村で送っています。

畑さんの兄弟は、一番上と一番下が戦争で亡くなったそうです。太平洋戦争の最中、兄の受験に同行し帰国、中学高校時代を父の郷里の大分県日田市で過ごしました。

父親が医者だったため、畑さんはその後高校から大学に進むにあたり、父から医学部医学科への進学を望まれていたといいます。

畑正憲の生い立ち~天才?東大へ

畑正憲さんは、大分県立日田高校から東京大学の理学部Ⅱ類へ入っています。中学時代から同級生だった奥様(純子)さんによると最終的には当時の東大にストレートで合格するレベルなので図抜けて図抜けた存在で頭も良かったとか。

父親に限らず医師の家系として誕生した畑家なので、当然のように父親は医者になれとうるさかったそうですが、畑さんは医者になる気はまったくなかったとか。

高校も地元進学校である、大分県立日田高等学校を卒業後、東大理学部に現役合格、当時は東大の理科Ⅱ類から医学部に行くこともできたので、それで親を説得したといいます。

ところが畑さんは、父に無断で理学部動物学科に入り、大学院ではアメーバの研究に没頭していました。

卒業後は教育用の科学映画の作成などに関わった後に、動物関連のエッセイなどで作家としてデビューし、他方面で活躍されています。

畑さんはその後、動物との共棲を目指して北海道に移住し、「ムツゴロウの動物王国」を作り、動物番組に登場して有名になりました。

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畑正憲と嫁とは同級生

畑正憲さんの嫁は純子さんといい、畑正憲さんが大分県にいた学生(中高)時代に知り合った女性で、中学2年生のときに交際を始めた同級生だったそうです。

日田高校卒業後、東京大学に進学したムツゴロウさんと遠距離恋愛になった純子さんでしたが、その後純子さんも上京、池袋の3畳のアパートで一緒に暮し、23歳の時結婚したそうです。

畑正憲さんと嫁の純子さんとの間には、一人娘が生まれていて、明日美(あさみ)さんというお名前です。

娘の明日美さんは、ムツゴロウ動物王国のスタッフである津山剛さんと結婚し、子供をもうけています。

中2から80代の今まで長く一緒に破天荒な人生を歩んできた畑さんと嫁の純子さん、仲もよく振り返れば大変なことも多かったはずですが共に助け合ってきたことが感じられます。

思い立ったら吉日のような破天荒な転身を経て自身が有名になった「ムツゴロウ王国」などにも果敢にチャレンジした畑正憲氏でしたが若い頃から何をすると言いだしても嫁の純子さんは決して反対をする事はなかったのだとか。

端から見たら、到底考えられないような生活も強いられた純子さんですが、夫である畑氏から離れようと考えた事もなかったと言います。

この辺りは余程の相思相愛だったのでしょうね。

畑正憲の伝説の数々がヤバい

畑正憲さんの天才ぶりや動物愛ゆえの伝説の数々が今も語り継がれています。

人気番組「ムツゴロウ動物王国」では、畑さんが世界中の野生の犬・猫などを体当たりでリポートする場面が多くありましたが、番組の収録中、ライオンと戯れていた畑さんが、柵越しに指を噛まれて右手中指第一関節を失ってしまうという衝撃的な場面も放送されました。

収録を終えて畑さんはライオンに「お前、許すから来いよ」と語りかけ、きれいな傷跡を見せながら「きれいでしょ? ツルツルでしょ? 免疫力あるんですね」と感慨深げに語っていたとか。

他にも、ムツゴロウさんの伝説エピソードは多彩です。

・中学のときに、一度だけ読んだエドガー・アラン・ポーの小説『黒猫』を英文で丸暗記
・大学時代は、有機化学の原書(ドイツ語)を一晩で暗記。
・一度見た風景を記憶できる
・麻雀(九段)昭和麻雀十傑の一人にも選ばれ、相手の捨て牌などもすべて記憶している凄い暗記力
・囲碁アマチュア五段
・50歳頃から絵も描き始め、年に1回のペースで個展を開催
・ミミズを生のまま丸のみした
・牛の尿を「おおいしそうですね~」といいその場で飲み干した
・ライオンの食べ残した生肉(シマウマ)をその場で食べる
・ライオンに首を噛まれた時その衝撃で歯が飛び抜けるも自分で接着剤で引っ付ける
・高校時代のポーの「黒猫」を原文まんまで暗記する
・計算は天才レベル
・土筆(つくし)の胞子を集めそれで綿菓子を作った事もある
・集中力がハンパではなく麻雀を10日間不眠不休で打ち続けた事もある
・ムツゴロウ王国の建築費用は麻雀の収入から捻出
・テレビでアメリカに生息する巨大ナメクジをまるごと食べた事がある
・収録の際には「私が死んでもそのままカメラを回してくれ」と伝えていた

畑正憲は麻雀はプロレベル

畑正憲さんは、昭和麻雀十傑の一人、そのプロレベルの腕前に注目が集まっています。

畑さんは麻雀では、日本プロ麻雀連盟の相談役を務め、最高位の九段と認定されているから凄いですね。

畑正憲さんは、プロ麻雀連盟への入団テストの際に九段の雀士に圧勝したため、九段の中で誰が一番強いのかを決めるために”十段位戦”の創設を促し、実際にそのタイトル戦では3回ほど優勝しています。

畑さんは、麻雀でも天才伝説が残っており、
・入団テストを実施した時、九段の人間に圧勝し九段に昇段
・ムツゴロウ王国では誰かがぶっ倒れるまで麻雀を打ち、10日間不眠不休で麻雀を打ち続けた

など、とにかく集中力の凄さと腕前は一流のようです。

畑正憲の3億円借金問題の訳

畑正憲さんの3億円借金問題が報じられたことがあり話題になりました。

畑さんが北海道で開園した「ムツゴロウ動物王国」は2004年に東京に進出しますが、すぐに経営難となり、2006年10月に運営会社グローカル21が破綻、2007年11月25日には閉園、再び北海道へと戻ることに。

その際に従業員への給料未払い問題で、労働基準法違反の疑いで書類送検。また負債として3億円の借金をムツゴロウさんは個人で背負うことになりました。

3億円の借金は、東京に移った「ムツゴロウ動物王国」の運営破綻のためだったのですね。

畑さんは3億円の借金を背負うことになったことについては、「恨んでもお金が返ってくるわけではないですからね」と語り、約8年間かけて執筆と講演活動などで自身で3億円の借金を返済しています。

2021年11月の文春オンラインに、ムツゴロウさんがこれまでの人生や現状などについて語ったインタビュー記事が掲載されましたが、現在、ムツゴロウさんは北海道の中標津にあるログハウスで、嫁の順子さんと馬の世話をするスタッフと3人で暮らしているといいます。

大変な目にあったはずですが、自分の力で乗り切る畑さんは立派ですね。

一緒に暮らしている動物は、犬1匹(ルナ)と猫1匹(マヤ)だけとのこと。

インタビューでは「今は年を取ってね、自分の手で飼えるだけ。1頭と1匹で精一杯です。あとはすぐ近くの(ムツ)牧場に数頭の馬がいますが、自分が生きていくだけでやっとです。」と語っています。

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おわりに

育ちは医師の一家に誕生し血筋もさることながらまさにこの時代の天才だっただろう畑正憲氏ですが若い頃から老齢と言われる現在になっても尚知的な好奇心が衰える事はなく執筆活動に絵を描いたりと精力的な生活を送っている様子です。
損得関係無しに破天荒に人生を生きてきた傍らには、想定外の中学からの同級生と言う奥様純子さんの存在も大きな心の支えだったのかもしれませんね。今後このような人はそうは居ないだろう稀有な人物であるムツゴロウさんの益々のご健康をお祈りしたいと思います。


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