小池百合子の生い立ち~実家の家族父母が子供の時から1番のルーツ

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小池百合子アイキャッチ

16年に女性初の都知事として驚異的な支持率を
得て女性初の都知事となった小池百合子さん。

去年には女性初の総理大臣候補としての呼び名が
高いほどの支持率を得た彼女のルーツもまた実家の
家族の影響が強かったようっです。

子供時代に受けたであろう両親からの影響や生い立ち
から政治家への道へと導かれた彼女の若い頃も同時に
追ってみようと思います。
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小池百合子の生い立ち~

元祖ニュースキャスターから華麗に政治家へと
転身して政界の渡り鳥と言われながらも女性初の
東京都知事をなった小池百合子さん。

一時の人気ぶりはまさに飛ぶ鳥を落とす勢いでした。。

去年の選挙選での失言さえなければ違った形に
なっていただろう小池都知事の生い立ちはやっぱり
その生い立ちにも関係があったようです。

幼少期を兵庫県芦屋出身の生粋のお嬢様として
小池家に誕生。

当時からお嬢様学校であった地元の甲南女子中学校を
卒業して甲南女子高等学校に通い、部活にもテニスに
ソフトボールにとアクティブにこなす活発な少女だった
そうです。

兄弟は兄二人の末っ子の女の子で三人兄弟でした。

父親の勇二郎氏はエジプトの石油公社から石油を
買いつけ、関西電力などに売る貿易商として世界
を股に活躍した事業家で百合子氏も何不自由なく
暮らす芦屋のお嬢様でした。

そんな戦後の日本において既に世界を舞台に事業家
として活動されていた父親の元彼女は高校卒業後
何とエジプトのカイロに留学することを決意します。

今の時代でもエジプト留学など正直聞いた事が
ありません。

今から50年近く昔にそんな留学を決意して後押し
してくれる両親の存在と家庭環境を考えてもやはり
相当恵まれた家庭環境であったことに違いないでしょう。

小池百合子の父親は政治家を目指す事業家だった

そんな世界を股に活躍する貿易商だった父親勇二郎
さんは小池百合子氏が物心ついた頃から他国を飛び
回っては
『あの国は海底より低いところでも暮らせる国家戦略がある』

『国の基本はエネルギーだ。日本は石油禁輸から戦争や南進に
踏み切った。アラブ産油国とのつながりは重要だ』

と、国際情勢を熱く語る父親だったそうです。

無類の政治好きが高じて結局は若手議員の支援だけに
留まらず自らも政治家になるべく志を持つ事となった
勇二郎氏。

当然国内の政治にも興味があった勇二郎氏は
当時の若かりし石原慎太郎元都知事を支援する
自民党青年部に籍を置き三島由紀夫の持つ
『盾の会』の会員の世話までしていたそうです。

そんな勇二郎氏の選挙を手伝うように言われて一時
小池家の邸宅に住み込みまでして手伝いをしたのが
石原慎太郎元都知事の右腕として辣腕を飼われて
副都知事として活躍した浜渦武生氏だ。

そんな人間関係から当時の石原慎太郎率いる新党
『日本の新しい世代の会』からの推薦を受けて
衆議院議員に立候補、結果はあえなく落選。

この次期勇二郎氏が自身含む政治活動に没頭し過ぎた
事から結局本業の貿易商も傾き、選挙に落選が濃厚に
なると一気に勇二郎氏の元からは潮が引くように人が
離れていったと言われています。

浜渦氏曰く
「選挙選の最終日勇二郎さんと鴻池さんと私の3人だけになった。
3人で尼崎のガード下で焼き肉を食ったのを今も忘れられません」

この選挙落選から成功していた会社も倒産。一家には
債権者が押し寄せ結局当時石原氏の有力後援者だった
人物の協力を得て小池家一家は芦屋の邸宅を追われる
事となった。

当時は街金からも金を借りて手形が回り債権者に追われて
一家は当時地獄を見たそうです。
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小池百合子の母親もまた豪放磊落な女性だった

選挙活動の頃高校生だった小池百合子氏と
元副都知事の浜渦氏は一時ではあったが時を
同じくして小池家で同居生活を送るも高校
卒業後エジプトカイロ大学に入学して留学中
だった小池百合子氏。

その留学を後押ししたのも、政治家を目指し
事業そっちのけで政治の世界にハマっている
夫勇二郎氏を支えたのも母親の恵美子さん
だったそうです。

海外を特にエジプト政府とパイプを持つ石油の
貿易商だった程の父親が『遠すぎる』と反対
したのに対して、母親の恵美子さんは

『良いチョイスだね』と後押ししてくれたそうです。

そして選挙に敗れ会社倒産の憂き目にあった小池家は
何と追われた大阪からエジプトカイロに日本食
レストラン『なにわ』をオープンさせたのです。

次期を同じくしてエジプト留学中の娘を追って
美味しい日本料理店が無い事を理由に無いなら
自分らが経営したらいい~の考えて家族の反対を
押し切ってカイロでの日本料理店を開店されています。

以後日本に帰国した娘を後目に20年カイロでその
飲食店『なにわ』を経営していたというから驚き
ですね~

豪放磊落な母親恵美子さんの存在あってこその
勇二郎氏と娘の百合子氏の今があるのかも
しれません。

小池百合子のルーツは全て家族から受けた影響

このように小池百合子を取り巻く生い立ちを形成
した一番身近な実家の家族の存在は、彼女のエジプト
大学留学に始まってその後ニュースキャスターに、
そしていつしか父親勇二郎が目指した政界へと全て
家族がルーツとして影響を受けています。

忘れもしない都知事就任後の石原慎太郎氏との
壮絶なやり取りは聞いてるこっちも非情に見苦しい
ものがありました。

『年増の厚化粧の女』と言い放った石原慎太郎は
かつてその厚化粧の女の父親が世界を股に貿易商として
活躍していた時散々支援してもらい自分の政治を
後押ししてもらった。

それなのに勇二郎氏の落選で潮目が変わり事業も
倒産して債権者から追われる小池一家をまともに
相手にしなくなったと言います。

そんな小池家を支援したのは石原慎太郎の最有力
支援者だった「ナミレイ」の会長である朝堂院氏
が東京六本木にアパートを借り、エジプトカイロでの
再起として日本食『なにわ』の資金援助もして一家の
支えとなった。

こんな状況を利発で勝気だっただろう小池百合子が
多感な娘時代から『いつか私が見返してやる』と言う
気持ちが根底にはあったはず・・・

そう思うと兄二人を尻目に女で一人で一時的とは
言え女性初の総理大臣か?の直前まで登り詰めた
小池百合子都知事の夢はつかの間だったかもしれません。

ちなみに兄の一人は現在も貿易商として活躍されています。

間違いなくその胸に家族の(父親)の政治への想いと
悔しさとが今もくすぶっていたことが彼女の一番の
起爆剤だったのかな~と思えて仕方ありません。
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おわりに

夢破れて~のレミゼラブルではありませんがあと一歩の所まで上り詰めた小池都知事の今後の展望は都知事としてどこまで因縁の相手でもあった石原慎太郎氏の功績に迫れるか?ルーツを知るとまだまだ最後の一手がありそうな小池百合子都知事の最後の賭けはどこに持っていくのかも目が離せませんね。

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