ホセムヒカ大統領の生い立ちと激動半生にスピーチが名言そのもの

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2010年から5年間南米の小国ウルグアイで
「世界で一番貧しい大統領」として、その
質素な暮らしや生き方で脚光を浴びた
ホセムヒカ元大統領。

2012年の国連持続可能な開発会議
(ブラジル・リオデジャネイロ)での
名スピーチで有名になり、日本でも
そのスピーチが絵本になりベストセラー
となり話題を呼びました。

世界中の人々の心をつかんだ彼の言葉は
今も後世に大きな影響を与えています。

ホセムヒカ元大統領の生い立ちや激動の半生、
名言そのものの有名なスピーチについて紹介します。

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ホセムヒカプロフィール

名前:ホセ・アルベルト・ムヒカ・コルダーノ
出身地:モンテビデオ(ウルグアイの首都)
生年月日:1935年5月20日(85歳)20年10月時点
職歴:ウルグアイ第40代大統領
学歴:モンテビデオ大学
愛読書:「ドン・キホーテ」
趣味:花の栽培
愛称:エル・ぺぺ

ホセムヒカ大統領の生い立ち

ホセムヒカ前大統領は1935年ウルグアイの
首都モンテビデオ郊外に生まれます。

貧困家庭だったため幼少期からパン屋や花屋
などで働き十代から政治活動も始めたそうです。

モンテビデオ大学卒業後は家畜の世話や花売りなど
をして家系を助けます

同時に1960年代初頭、当時の独裁政権に反抗する
非合法の政治組織ツパマロス(ゲリラ組織)にも
加わっています。

政治経済への反発から数々の襲撃や誘拐をする
ゲリラ活動により4度の投獄を経験(うち2回は脱獄)
し開放された後、1994年に下院議員に当選します。

1999年彼が所属する人民参加運動(MPP)が最大
議席を獲得、2010年にはウルグアイ第40代大統領に
選出されています。

2012年「国連持続可能な開発会議」でのスピーチに
世界の注目が集まりますが、2015年大統領を
退任しています。

ホセムヒカ大統領の激動の半生に逮捕歴も

ホセムヒカ元大統領は穏やかで優しそうな風貌とは
違い、貧しかった少年時代は様々な仕事をこなしており、
ある時は日系ウルグアイ人の造園業の手伝いもして
ノウハウを学んだとか。

ホセムヒカ元大統領は日本人や日本文化などにも
詳しいことでも知られています。

そして彼に逮捕歴が4回もあるという激動の半生
があったことには絶句します。

冒頭で紹介したツパマロスでのゲリラ活動で労働組合や
職人組合との政治経済との反発や襲撃の中で誘拐に
携わった事から逮捕。

その後、脱獄もしたというから、若い頃には、それなりの
反逆精神を持って政治活動を行っていたのでしょう。

一市民としては完全に犯罪者になった事もある、と
いう過去も持ち合わせています。

そんなゲリラ組織での活動の中、ムヒカ元大統領は
ゲリラ活動で6発も銃弾を受けていたというのも
驚きます。

軍事政権が終わるまで13年近くも収監された彼が、
その後、一国の大統領になるという大逆転の人生
だったことがわかります。

1960年とウルグアイも隣国も今よりずっと政権が
不安定だった時期とはいえ13年間の収監は、あまりに
長すぎる収監です。

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ホセムヒカの大統領となるまで経歴

1972年から1985年までの13年間にも及ぶ長い
投獄生活はウルグアイの軍事政権の人質として
扱われていました。

当然、軍事政権が終焉した事でムヒカ前大統領は
同じく投獄されていた仲間らと共に左派政治団体を
結成。

1995年ゲリラ仲間らと共に下院議員選挙に出馬し
初当選します。

2005年にはタバレバスケス大統領の元、農牧水産相
として初入閣。

その僅か4年後の2009年の大統領選で前大統領で
国民党のルイスアルバイトとの決選投票に競り勝ち
2010年大統領となりました。

彼が若かりし頃からゲリラ組織「ツパマロス」で
活動していた頃から信念は同じ。

大統領となったムヒカ氏の最初に行った事こそ
大統領の報酬の9割を財団に寄付。

大統領となった後も農場で働き多くのウルグアイ
国民と同じ水準で生活し政治活動の傍ら働き
国民の為に尽くしました。

その他にもムヒカ氏が世界一貧しい大統領と
言われる理由に、このようなエピソードも

・公邸に住む事を否定
・大統領報酬の9割を寄付し月10万円で暮らす
・正装であるスーツにネクタイは無し
・客人は友人宅に泊める
・財産は友人からもらったトラクター車、自宅
・車(ビートル)を1200万円で購入したい(アラブの富豪)
の申し出を断る。理由は友人に貰った大切なプレゼントだから

ホセムヒカのスピーチが感動

2012年国連主催の環境サミットで行った演説で
ホセムヒカ元大統領の名は一躍有名になりました。

「環境危機が問題なのではなく、我々が作り上げた文明モデルが問題だ。我々が振り返るべきは、私たちのライフスタイルなのです。」

「持続可能な社会」

のあり方について人間自身に問いかける
彼の言葉は世界の人々の胸を打ちます。

大量生産・大量消費に夢中になり、効率や利益優先を
求め地球環境を破壊している現代の資本主義を痛烈に
批判したスピーチは日本でも注目されます。

その後、絵本「世界で一番まずしい大統領のスピーチ」

として出版されました。

ホセムヒカ元大統領のキャッチコピー
「世界一貧しい大統領」は、彼の暮らしぶりが
質素で収入の9割は財団に寄付し月10万円生活。

まさにウルグアイ国民水準生活だったことによります。

彼の言葉やふるまいが幸せや人生の本質をついており、
お金や利益ではない「人生という時間」をきちんと
過ごすことという彼の説く観念は普遍的。

国民の幸福度の低い日本に必要なエッセンスが
しっかり含まれており感動を誘っています。

ホセムヒカの名言

ホセムヒカ元大統領の名言はたくさんありますが、
彼の謙虚な姿勢や深く人間社会を見通した言葉で
ちりばめられています。

「人生は短くあっという間です。命より大事なものはありません。しかし必要以上にものを手に入れようと、働きづめに働いたために、早々に命が尽きてしまったら?・・」

「私たちは“発展”するためにこの世に生まれてきたのではありません。この惑星に“幸せ”になろうと思って生まれてきたのです。」

(「世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ」より)

文明が進みかつての貧しい時代を忘れ、贅沢に
ふけることを夢見てあくせくし無理をしても
幸せにはなれないと諭しています。

2015年に大統領を退任後、翌年日本を訪問している
ホセムヒカ元大統領は、広島・原爆資料館で以下の
ように記しています。

「地球上で人間だけが同じ過ちを繰り返す。」

「私たちは過去の過ちから学んだだろうか。」

悲惨な日本の現状も世界ではそれほど大きく
報じられているわけではなく、被爆国という
事実さえもどんどん薄れていきそうな今日の
風潮にも警鐘を鳴らしています。

上院議員を経て政界引退を決めたホセムヒカ
大統領は、

「今の時代、“自由”とは欲望を追究することになってしまった。変わらなければならない。新しい世代にその機会をゆだねたい・・。」

と言葉を残し、世界一貧しい大統領として
引き際までその揺らぎない信念を伝え尊敬
され続けています。

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おわりに

ホセムヒカ元大統領の生い立ちは、極貧家庭に育ちゲリラ活動での逮捕歴があるなど激動の半生だったことに驚きましたが、その有名なスピーチでは「世界で一番貧しい大統領」として豊かすぎる資本主義を痛烈に批判し彼なりの幸福論を展開し、世界中を感動させました。
彼のスピーチや数々の名言はお金のために生きるのではなく、それぞれの幸福のための労働であり人生であるべきという彼の信念が伝わり、これからの困難な時代の指針として長く継承されていくことでしょう。
ホセムヒカ元大統領の人懐こい笑顔と優しい言葉を人生の中に置くだけで、これからの生き方もって変わっていくかもしれませんね。


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