政治家の生い立ち

アントニオ猪木の生い立ち~北朝鮮の女との逢瀬が楽しみな今?

アントニオ猪木アイキャッチー. 政治家の生い立ち

燃える闘魂元気ですか~で政治家でもある
アントニオ猪木(73)。

日本プロレスラーの全盛期時代を作ったと
言われる彼の生い立ちは本当に波乱万丈です。

時代背景も大いに関係あるだろう彼の壮絶な
過去と現在政治家として北朝鮮の女との噂を
調査しよう。




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アントニオ猪木の生い立ち~兄弟は10人兄弟

元プロレスラーで現在政治家としても活躍する
アントニオ猪木(73)。

1943年2月20日に神奈川県横浜市に誕生した猪木氏
は10人兄弟の9番目として猪木寛至(かんじ)
して誕生。

第二次世界大戦終了をほどなくして迎える戦後の混沌
とした時代に父の佐次郎と母文子は家業を石炭問屋
生業にする商売を行っていた。

だが戦争で長男は死亡。父が猪木5歳で病死すると
一気に時代の流れは石炭から石油に変換機となり
猪木家の石炭問屋は傾いて行く。

アントニオ猪木ブラジルでの苦労

そんな中3男の勧めで国が推した政策でもあった
南米の地ブラジルへの移民で猪木家は希望を持って
決意する。

意を決してのブラジル移民はとてもとても語り
尽くせない苦労を味わったという。

政府のスローガンを信じて渡った異国の地で
猪木一家はじめ多くの日本人が奴隷同然の扱い
を平然と受け、当時の移民費用を理由に理不尽で
非人間的な扱いを受けた。

その扱いはまさに過酷そのもので朝の5時から夜の
5時まで強制的にコーヒー農園での強制労働を強いられた。

逃げ出す者には射殺までされたというのだから
今では考えられない負の歴史と言って間違いない
だろう。

アントニオ猪木力道山にスカウトされて

そんな強制労働が1年半続いたあるとき興行でブラジル
に訪れた当時日本でも大人気だったプロレスラーの
力道山にサンパウロでスカウトされる。

それがきっかけとなりまた日本に帰国する猪木氏。
生い立ち
出典:http://blog.goo.ne.jp/goo1234makito/m/201102

だが荒くれ者で有名だった力道山の虐待や今で言う
かわいがりは相当な悪質なモノだったという。

灰皿で殴られる罵倒されるなど日常茶飯事。

時には走行中の車から突き落とされるなど
その行為は常軌をいした行為で知られるが
それもこれもあのブラジル時代の苦労と力道山
の付き人時代の苦労があったから、その後の人生
での苦労を苦労とは思わなくなったと語っている。




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アントニオ猪木の北朝鮮の女との今

その彼の育ての親力道山との縁があった北朝鮮
と今では友好的な関係で一人度々訪問することでも
知られる猪木氏。

北朝鮮女
出典:http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/52967767.html

だが本当の理由は女だという噂もある・・・

北朝鮮出身の力道山の娘に会うために訪問したのが
きっかけだったとか、その後は日本人拉致問題の解決
に向けての訪問だとか、様々言われる猪木氏。

色んな憶測が言われる中猪木氏からしたら、間違った
報道などがあっても、拉致問題への自分の役割が糸口
になってくれたら少々何言われてもOKのスタンスの様子。

でも何でか北朝鮮での手厚い接待を受ける為など
良からぬ噂も多々あるようで、それがいわゆる
女性からの手厚い接待。

あの喜び組なる接待の事なのかイマイチ良く分からない
がとにかく我流で今だにアグレッシブルな猪木氏。

動機はどうあれやはり拉致問題への糸口など
真剣に彼なりに考えても行動だと私は信じている。

そこに多少のおまけで女性からの手厚い接待が
あったとしてどうして猪木氏を責められよう・・・汗

おわりに

波乱万丈な猪木氏の一生は今後もまだまだ何かやってくれそうという意味では続編があるそうな気配。
今後もアントニオ猪木氏の燃える闘魂人生から目が離せない。




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