田嶋陽子の若い頃の生い立ちが意外?韓国人と言われる理由や真相も 

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田嶋陽子アイキャッチ

日本のフェミストのパイオニアである田嶋陽子さん。

大学教授や女性研究科、一時期にはよくテレビに
出ていてタレントとしてもご活躍されていました。

今回はそんな田嶋さんの生い立ちや韓国人と言われる
理由やフェミニストになった真相をご紹介します。

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田嶋陽子プロフィール

氏名   田嶋陽子(たじま ようこ)
生年月日 1941年4月6日(78歳)19年11月時点
出身地  岡山県浅口群鴨方町
血液型  B型
出身校  津田塾学院大学院
前職   法政大学教授

田嶋陽子の生い立ち

1941年に岡山県で生まれ、父親が戦争を召集された為
各地を転々としていましたが、終戦後に静岡県沼津市で
親が酒屋を開業します。

田嶋さんの母親は戦後すぐに脊髄カリエス
(頸椎が結核菌におかされ首が痛んだり、動きが低下する病気)
にかかりました。

当時は医療の発達が無かった事から不治の病と
捉える人が多く、田嶋陽子さんの母親も長くは
生きられないと思ったようです。

そんな自身の身を案じて母親は、一人娘の
田嶋さんが早く自立できるように非常に厳しく
しつけをしました。

「勉強しろ」「手に職をつけろ」「女らしくしろ」
とよく言われ、出来なければ二尺物差しで
叩かれたそうです。

その子育てぶりを田嶋さん本人は
「母親にイジメられて育った」と評しています。

その当時の価値観として「女の幸せは唯一結婚すること」
という観念があったので、体が大きく生まれた
田嶋さんのご両親は慌てたそうです。

田嶋さん曰く当時を振り返って実の両親の事を
こう評しています。

父親はハンサムで、母親も小さい顔で、かわいかった
らしく、母親から

「お前のような顔はうちの家系にいない」
と言われたそうです。

ちょっとこの言葉は酷いですね…

イジメられて育ったと感じるのも無理がないのかも
しれません。

小学生の頃は、からだが大きく成績が良かったので、
わざと1年遅れて入学したことを疑われいじめられた
事もあったようです。

中学時代は、ご自身が「ルネサンス」と呼ぶほど
人生の中で活躍した時期らしく、作文・書道・絵画で
書道をもらったり、スポーツも得意だったようです。

また、この頃の将来の夢は、寝たきりの母親を
治すため医者になりたかったみたいです。

高校時代は、図書館にこもり社会主義文学や
自然主義文学の本を読みふけりました。

また、親から「浪人するなら大学は行かせられない」
と言われ医者への道は諦めたようで、津田塾大学学
芸学部に入学
します。

その後、同大学の大学院に進学し文学研究科
英文学専攻修士課程修了、イギリスのベル語学学校
ケンブリッジ校に留学します。

この留学時には、ベルギーの伯爵と交際していたようで、
大学院時代は男性にとてもモテたとご自身で語っています。

田嶋陽子の若い頃は意外?

・おませな子供のせいで女学校に入学する
羽目になった少女時代

将来の夢が医者だったこともあり、高校は進学校に
行きたかった田嶋さんでしたが、進路を決めるころに
私の好きな男の子への思いを綴った日記が父に見つかり、
激怒した両親は彼女が大切にしたためていた日記を
1枚1枚破って火鉢で燃やさせられました。

加えて当時の世相からか心配した父親は

「こんなに色気づいた娘を男女共学の学校には進学させれない」

と学校の先生に相談し、強制的に進学校ではない
女学校に進学させられたそうです。

高校に入学してからも、通学途中で男と接触
しないように、親に見張りをつけられていた
そうです。

時代背景もあるのでしょうが、この両親の思い込みの
激しさが、ある種の当時から優秀だった田嶋陽子さんの
才能の目を潰した一面もあるのかもしれませんね。

少し早熟だったにしても、日記に好きな男性の事を
したためたくらいの事で進学校に楽々入れる学力が
ある娘を女学校に入学させるだなんて…

彼女がフェミニストになるのも頷けるエピソード
かもしれません。

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田嶋陽子が韓国人と言われる理由

田嶋さんは、かねてから従軍慰安婦問題について
強制連行はあったという主張を続けています。

また、フェミニストととして、韓国で「反日」
デモに参加した元従軍慰安婦という老女らと
一緒に「慰安婦法案」の成立を目指す活動を
しています。

さらに幼少期に韓国にいたことがあったようなので、
もしかすると在日韓国人なのでは?

という噂が流れたようです。

しかし両親は日本人の為、純粋な日本人のようです。

田嶋陽子のフェミニストになった真相

女性の権利や幸せについて持論を述べた本を
多数出版している田嶋さん。

田嶋さんがフェミニストになったのは、人生の
中の積み上げられてきて不満と戦ってきた積み重ね
のようです。

幼少期からの両親からの厳しいしつけに始まり、
小学生の時には秀でていたことでいじめられ、
中学時代には尊敬していた先生から

「女なんてメンス(月経)が来たら終わりだよ」
と言われます。

これらの経験を通して、

「結局女は何者かになってはダメで、限りなく小さくなくちゃいけない」

と感じたようです。

そういった親や教師の言葉に疑問を持ちながら
過ごしていた高校時代に、社会運動家の神近市子
さんや日本女性で初めて国連代表になった藤田たき
さんの本に出会います。

「女らしくしなさい」と言われ続け育てられた
子供の頃から人生理不尽だと感じていたらしく、
女性が社会に出ていくのには女性蔑視の社会で
あると本との出会いではっきりと感じたようです。

こういった人生の積み重ねからフェミニストに
なったようです。

こうして、改めて田嶋陽子さんの生い立ちを追うと
彼女がフェミニストになったのは至極自然な流れ
だったのかもしれませんね…

自分が田嶋さんの立場だったら?と考えたら
元々優秀な女性だっただけに尚更、反骨心
からフェミニズムが強くなるのは自然なのかも
しれません。

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おわりに

誕生した時代や両親は誰もが選んでこの世に生を受けられる訳ではありません、あれほど強烈なキャラクターとして日本を代表するフェミニストとして活躍し歯にもも着せず発言するキャラクターで活躍してきた田嶋さんですが、ある種の日本女性の象徴の一つなのかもしれません。益々お元気で、まだまだこれからも活躍しそうな田嶋さんに注目したいですね。


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