村上世彰の生い立ち~逮捕と現在の総資産に嫁娘息子への華僑的思考

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村回世彰アイキャッチ

「村上ファンド」の代表を努めており現在も
第一線の投資家として活躍する村上世彰。

2006年に「村上ファンド事件」でライブドアの
堀江貴文と共に肩を並べ日本を揺るがしました。

メディアは連日この事件を報道し、村上世彰は
何度もフラッシュが向けられ、世間から完全に
「悪い投資家」のレッテルを貼られました。

有罪判決で罰金や懲役2年という罰を与えられ
「物言う株主」として有名な村上世彰は現在まで
どのように過ごしてきたのでしょうか?

そのルーツとなる生い立ちを調べてみました。

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村上世彰の生い立ち~株キャリアは小学生!?

村上世彰は、1959年に大阪の道頓堀界隈に
生まれています。

父親の村上イサムは台湾生まれの華僑貿易商で
世界を股にかける投資家でした。

村上世彰は、この父から「投資哲学のすべてを学んだ」
と語っており、初めて株を買ったのはなんと小学3年生
の時でした。

父は小遣いの支払いを廃止する代わりに

「大学に入るまでの小遣い」として100万円
村上世彰に渡し、これを元手にしました。

最初はサッポロビールの株を買うことから始めて
経済が成長していた時代で、どんどん株価が
上がっていくのを見て楽しみながら進めて
いたといいます。

普通の小学生では考えられません。

100万円をもらう子はまだいるかもしれませんが
株に使いますか?

現在のようなネット証券もなく、そんな中で
やりくりをして、自身の小遣いを捻出していたの
ですから、この頃から村上世彰は投資家の資質が
あったのでしょう。

「上がり始めてでも買う。下がり始めた時に、下値を追ってでも買う。安い時に買えると思うな、高い時に売れると思うな」

という父の教訓は、今でも村上世彰の
基本となっています。

村上世彰の生い立ち~やっぱり天才?驚愕な経歴

中学校、高校は、中高一貫教育の
灘中学校・高等学校に進学します。

日本一偏差値が高いと言われていて
中学・高校共に79程で、学年の約半数が
東大へ進学する国内有数の進学校です。

高校時代はせんだみつおの弟子になることが
夢で、「せんだの人生には偽りがない」という
文章を文集に残しています。

後にパートナーとなる丸木強とも
ここで出会っています。

この頃、成績が220人中200番まで成績が
下がったことも。

学校に行っても学校行事には参加せず、校内の
割当仕事も参加せず、

「試験や受験が近づいたら、学校に行くよりも家で勉強する方が効率がいい」

「掃除なんかやっている暇があれば、自分だけ先に帰って勉強したい」

と言うほど勉強熱心だったようです。

理系は得意でしたが、文系が苦手な事が理由で
1年間浪人して、1979年に、東京大学法学部に
進みました。

父の所有する東京都港区高輪の高級マンションから
買い与えられたポルシェで通学するという贅沢な
日々を送ります。

1983年に卒業、すぐに投資家になるつもりでしたが
尊敬している父に

「国家というものを勉強するために、官僚になれ」

と勧められ、通商産業省(現在の経済産業省)に
入省します。

この頃は在南アフリカ日本大使館一等書記官として
南アフリカに渡っています。

そこで、日本経済の成長のためにはコーポレート
ガバナンスが大事だと知ります。

コーポレート・ガバナンスとは

「会社は経営者のものではなく、資本を投下している株主のもの」

という考え方のもと、企業経営を監視する
仕組みのことです。

そして、1999年

「コーポレート・ガバナンスのルールを作る立場からプレイヤーになりたい」

と通産省を退官。

この
物言う投資家
「コーポレート・ガバナンスを日本に浸透させるため」
に投資会社である「M&Aコンサルティング」を設立します。

いわゆる「村上ファンド」の誕生です。

日本の企業へ投資を開始し、村上ファンドは
急成長していきます。

手数料だけで1年で100億円、運用で1千億円
儲かると200億円入ったといいます。

大きな資金力で株を大量に購入、積極的に株主
提案を行い企業の向上を計り、株主を軽視する
経営陣を叱るなどし、「物言う株主」として
有名になりました。

村上世彰の逮捕

そんな絶頂期、村上世彰は

「村上ファンド事件」により

逮捕されてしまいます。

若い方や興味がない方は「村上ファンド事件」
をまったく知らないかもしれませんが、

「ニッポン放送株」を巡るインサイダー疑惑
よるものでした。

「村上ファンド事件」とは、2005年の
ニッポン放送の株を、堀江貴文の率いる
「ライブドア」が大量に買い取った際に
起きた事件です。

逮捕
わかりやすく説明すると、元々、村上世彰は
「ニッポン放送株」を狙って買っていました。

有名なフジテレビや、サンケイビルの親会社で
ありつつも、「ニッポン放送」は割安な株価
だったからです。

ニッポン放送の株を買い占め、有名な子会社を
自身の手に入れるためには、村上ファンドの
資金だけでは足りず、村上世彰は他に声を
かけていました。

その相手がライブドアの堀江貴文。

堀江貴文もニッポン放送の株を35%買い
筆頭株主になります。

堀江貴文に勧めておきながら、村上世彰も
さらにニッポン放送株を買っていました。

堀江貴文が買うことを知っていて、株価が
上がるのは目に見えていたわけですから
インサイダー取引となります。

2006年6月、インサイダー取引の疑惑で逮捕され
2011年6月に懲役2年執行猶予3年の有罪判決が
確定しました。

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村上世彰の現在の総資産

逮捕に伴って罰金300万円追徴金約11億4900万円
求刑されていて、もう投資活動はしないのではと
言われていました。

しかし、2013年に表舞台へ復帰してからも個人資産
200億円を手に、本人名義、およびC&I Holdings
南青山不動産といった投資会社名義で株式投資を
再開しています。

2015年6月には、投資先の黒田電気に、自身を含む
4名の社外取締役選任を求める臨時株主総会招集請求を
行うなど「物言う株主」は健在していました。

2016年には、不正会計が発覚した東芝の
下落しきった株を購入。

未だに酷評されていて「サザエさん」のスポンサーも
蹴り落とされてしまい、復活の怪しい東芝の株を
購入しているのです。

他の株主がお葬式ムードな中、村上世彰だけは違いました。

この行く末は今もまだわかりませんが、現在も
投資家として非常にアクティブに活動中です。

2017年には「生涯投資家」という本も
出版しています。

現在はシンガポールに在住しており、ここでも
不動産投資などを行っており、また

「お金に関しての子供への学習」の講師として
日本と両立しています。

これらを考察すると、利回りだけで年収は
数千万円~数億円はあると考えられます。

村上世彰の嫁娘息子への想いは華僑的思考

村上世彰は子供の頃から華僑の貿易商の父により
経済について大きな影響を与えられています。

華僑の人々は、幼い頃からお金に関する教育を
徹底し、家族や仲間を大事にしていました。

そんな華僑的思考は、今の村上世彰にもしっかり
引き継がれています。

「自立して生きていくにはお金は絶対に必要ですし、やりたいことをやるには、余分なお金があったほうがいい。お金を持っていれば、人助けもすることができます。『子どもはお金のことなんて考えなくていい』と考える大人も多いですが、考える習慣をつけさせておけば、お金に関して『しなくてもいい苦労』は減るはずですよ」

と語り、実際に家族で外食した時、合計金額を
それぞれが予想し金額を当てるゲームを
していたそうです。

「自分が頼んだもの以外の値段も把握できるようになり、なぜこの金額なのかを自分なりに考えるようになります。お子さんが勝った場合はプレゼントをあげてくださいね」

とのこと。

村上世彰が東大時代に知り合った、当時
聖心女子大学に通っていた妻にも当初は嫌がっていた
高齢出産で第5子を産んだ際にもご褒美として、渋谷区に
大きな豪邸を建て、プレゼントしています。

村上世彰は、豪邸に上の4人の子どもたちの名前をあて
「ATRA」と名付けるなど子煩悩な一面もあり、こうした
面からも家族思いと言われる華僑の思想が見えてきます。

娘の村上絢には、自身の立ち上げた「新村上ファンド」
とも言える「C&I Holdings」の代表取締役CEOに
27歳という若さで就任させています。

とても優秀な娘さんで顔もお父様の村上世彰氏に
ソックリな事でも話題になりました。

最近では村上財団の代表理事としても活躍中で
父を超える逸材となるかと期待されています。

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おわりに

当時は金の亡者として嫌われていた村上世彰ですが、生い立ちを辿ってみると、日本の企業や国家をコーポレート・ガバナンスを基盤にして立て直すという信念で動いていたというのがよくわかります。
華僑が生んだ本物の資産家だと思います。これからの物言う投資家としての村上世彰さんの益々の活躍にも目が離せませんね。


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